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4.笑った顔がすきだな

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 ピエドラは良くも悪くも平凡な子供だった。
 王族として一流の教育を施されているため、同年代の子供と比べれば十分にしっかりしているが、特出した才能があるわけではない。
 それどころか、私からしたら夢見がちな分、同年代の子供より幼いという印象さえあった。
 王族という特殊な環境に産まれただけの子供。
 それがピエドラだ。

「見て、エスメラルダ! 庭園に新しい花が増えたんだ」

 キラキラとした笑顔を振り撒くピエドラの後をついていく。
 一度顔合わせをしてからは、こうしてピエドラと二人の時間を過ごすことも多くなった。

 無邪気なピエドラと一緒にいると、婚約者というよりも、幼子の面倒を見ている気分になる。
 まあ、ピエドラの振る舞いは年相応であり、私だって回りから見たら幼子に違いないのだが。

「この花のみつはねぇ、すごく甘いんだよ」

 ピエドラは折角お抱えの庭師が手入れした花を一輪手折ると、そのまま口へと運んだ。
 チラリと見ると、少し離れたところで控えているメイドが、頭を抱えているのが見える。
 慌てた様子がないことから察するに、ピエドラのこの行動は、これが初めてというわけではないのだろう。

「綺麗に咲いていたのに、折ってしまって良かったのですか?」

 態々私が注意することではないのかもしれない。
 だが、二人が出会った思い出の庭園で、「きれい」を自ら摘むという行為に少しばかり眉をひそめた。

「だいじょうぶだよ。
 今つんだ花はね、庭師がつむ予定だったのを残しておいてもらったんだ。
 エスメラルダにもみつを吸ってもらいたくて」

 確かに良く見ると、花の咲いている位置が悪く見映えが悪い。
 それに花も少し萎れている。
 さすがに育ちがいいというべきか、勝手に庭園の花を摘むようなことはしないらしい。

「ほら、エスメラルダも吸ってみて」

 ピエドラが差し出した花を受けとる。
 公爵令嬢としては、些かはしたない行為のような気もするが、期待するような目でピエドラに見られては、吸わないというわけにもいかないだろう。

 私は花を口へと運ぶと、ツウッと優しく吸い上げた。

「っ! ……本当に甘いですね」

「でしょ!」

 砂糖菓子とは違う、爽やかで、濃厚な甘味が口の中に広がる。
 確かにこれは、誰かに勧めたくなる味かもしれない。

 私はもう一度蜜を吸った。
 うん、美味しい。

 ふと、ピエドラがニコニコしながらこちらを見ていることに気がつく。
 いつの間にか夢中になって蜜を吸っていた姿を見られたことが気恥ずかしく、私は慌てて花を口から離した。

「やっぱり、ぼくはエスメラルダの笑った顔がすきだな」

 ピエドラの突然の言葉に、私は顔がカッと熱くなるのを感じた。

 客観的に見て、私は容姿に恵まれている。
 大人たちからも容姿を讃える言葉を幾度も聞いてきた。
 賛辞など、とうに慣れたはずなのに。
 今さら笑顔を褒められたくらいで、いったいどうしてしまったのだろう。

「で、殿下、あちらも綺麗に咲いていますよ。ほら、行きましょう」

 どうにもピエドラの顔を見ることができない私は、スタスタと歩き出した。
 後ろでニコニコしているだろうピエドラを思うと、まるで私の方が子供の扱いされているようで、少し悔しかった。
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