大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ

文字の大きさ
5 / 12

5.彼を尾行しましょう

しおりを挟む

 私は人混みに隠れながら彼らを尾行していた。

 きっと彼のことだ。
 とっくに私の存在には気がついていることだろう。
 それでも幼女の父親を演じるために、あえて接触してくるようなことはなかった。
 そんな彼の優しさに、少しの寂しさは感じるものの、それ以上の誇らしさが私の中で溢れていた。

(やっぱり彼は素敵だわ!)

 幼き頃と変わらない彼の優しい一面に、思わず顔がにやけてしまう。
 すれ違う人々から変なものを見るような視線を向けられるが、そんなものは些細なことだった。

 しばらく後をつけていると、金物店にたどり着いた。

「このお店は危ないからね。
 お父さんは新しい包丁を買ってくるから、エミはここでお母さんと一緒に待っててね」

「はーい!」

 手を上げ元気良く返事をする幼女。
 彼はその頭を優しく撫でると、一人店内へと入っていった。

 一緒に来て外で待たせているということは、今日の目的地はここだけというわけではないのだろう。

「包丁、か」

 彼も料理をするのだろうか。
 彼の手料理が食べられるのなら、いくらだって払うのだが。

 それにしても、あの幼女はエミというのか。
 いずれ退場してもらう予定だが、彼との会話の中で幼女の話にならないとも限らない。
 名前くらいは覚えておいてもいいだろう。

 金物店の前で二人仲良くおしゃべりをしている母娘。
 その表情には本当の父親を失った悲しみの影など微塵も見られない。
 大切なものを失う悲しみはそう簡単に癒えるものではないだろう。
 それをそんな事実元々なかったかのように見えるほど、完璧に癒してしまう。
 彼の最上の優しさを前に、私はただただ敬服するしかない。

 物陰に隠れながら、幸せそうな母娘を見ていたその時だった。

「きゃあっ!」

 二人の前を通りすぎようとした一人の男が、母親の持っていたバッグを奪って逃げたのだ。
 白昼堂々と行われたひったくり。
 辺りは騒然とし、通行人は走り去る男へと視線を向ける。
 母親は慌てて男を追いかけようと駆け出したが、娘と一緒にいたことを思い出したのかすぐに足を止め店の方を振り返った。

 しかし、つい先程までそこにいたはずの娘の姿はどこにもなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)

みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです 顔文字があるけどウザかったらすみません

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

行ってらっしゃい旦那様、たくさんの幸せをもらった私は今度はあなたの幸せを願います

木蓮
恋愛
サティアは夫ルースと家族として穏やかに愛を育んでいたが彼は事故にあい行方不明になる。半年後帰って来たルースはすべての記憶を失っていた。 サティアは新しい記憶を得て変わったルースに愛する家族がいることを知り、愛しい夫との大切な思い出を抱えて彼を送り出す。 記憶を失くしたことで生きる道が変わった夫婦の別れと旅立ちのお話。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

処理中です...