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16.ダンジョン生存訓練①
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ツェローシュクのダンジョンは非常に広大であり、未だ最下層にたどり着いた冒険者はいない。
ダンジョン攻略の難点は、下層にいくほど魔物が強くなる点、だけではない。
最も厄介で、屈強な冒険者の足すら止めてしまうもの。
それは、ダンジョンの構造そのものだった。
まず、当然ながら下層に行くほど、地上との物理的な距離が長くなる。
日帰りである程度の利益を見込めるのは精々第九階層までであり、それより下層を攻略するには、ダンジョン内でキャンプを張る必要があった。
食料など、普段の攻略では必要のない荷物を持ち込む必要があるため、どうしても移動速度が落ちてしまい、それにともなって攻略のスピードも遅くなる。
それに、魔物はこちらの休憩を待ってはくれない。
いつ襲ってくるかという緊張感の中で、どれだけ身体を休ませることができるかが重要であった。
そして、ダンジョン内の環境も問題だった。
ダンジョン内の環境は、階層によってまったく異なる姿を冒険者に見せてくる。
森林、湖、洞窟、砂漠、雪山など。
それぞれの環境に適した準備をする必要があり、それによってまた荷物が増える。
深く潜れば潜るほど増える荷物と移動距離。
だんだん強くなる魔物の群れ。
日を追うごとに蓄積する疲れ。
ダンジョン攻略は、ただ強ければできるようなものではないのだ。
◇
「ダンジョン生存訓練講習、か」
冒険者ギルドの一角に貼られているチラシを見ながらシンは言った。
「ダンジョン内で仲間とはぐれてしまった時に、救援が来るまで一人で生き残る術を身につけることを目的とする、ね」
「エリーゼは泊まりがけでダンジョンに潜ったことある?」
「まだないわ。
シンは?」
「俺も無いな」
エリーゼと出会った街にあったダンジョンは、ツェローシュクと比べるととても小さなものだった。
各階層もそれほど広くなく、また、最下層も第十五階層だったので、その気になれば一日で踏破できるような場所だったのだ。
そのため、これまで泊まりがけでダンジョン攻略をした経験はなかった。
「講習を受けるのはダンジョン攻略に必須じゃないけど、一度くらいは受けといたほうがいいのかもな」
「そうね。
ダンジョンでは何が起こるかわからない。
ベテラン冒険者ですら簡単に命を落とす場所なんて言われるくらいだし」
あまり考えたくはないが、攻略中にエリーゼとはぐれてしまうこともあるかもしれない。
そのときに、生き残るだけの知識や技術を身につけることは大切だろう。
シンのためにも、エリーゼのためにも。
「受講料はちょっと高いが、まあ、必要経費だと割りきるか」
内容を見るに、ダンジョン内での実地訓練を含んでいるようだ。
対処不能なほど下層に潜るとは思わないが、それでも命の危険があるダンジョンへ講師に足を運んでもらうのだ。
多少値が張るのは仕方ないことなのだろう。
シンが受付に講習を受ける旨を伝え料金を払うと、講習の日程を伝えられた。
しかしそれは、エリーゼとは違う日時だった。
どうやら、一人で生存できるようになるため、講習も講師とマンツーマンで行われるらしい。
それは値が張るわけだ。
こうして、シンとエリーゼは「ダンジョン生存訓練講習」に臨むことになった。
◇
講習当日。
エリーゼがギルドにある応接室の一つに入ると、そこには既に一人の男がいた。
「やあ、君がエリーゼだね。
僕はリュート。
元冒険者で、今はここのギルドで職員をやっているんだ。
よろしくね」
若草色の髪を後ろで一つに纏め、柔和な顔の横にはエルフ特有の笹穂耳がついている。
歳はエリーゼよりずっと上だろうが、若い肉体のまま長い時を生きるエルフの年齢を推測するのは、同族であっても難しい。
全体的に線は細いが、決して筋肉がないわけではないだろう。
冒険者として必要な、最低限に身体を絞っているのだ。
魔力の多いエルフの冒険者なら魔法主体で戦うことも多いため、無駄な筋肉はむしろ移動の邪魔になることもある。
隙のない立ち姿一つ見るだけでも、このリュートという男が講師として信頼できると、エリーゼは思った。
「エリーゼです。
よろしくお願いします」
「取りあえず座って。
飲み物は紅茶でいいかい?」
「ありがとうございます」
応接用のソファーに腰かけ、紅茶に口をつけるエリーゼを、リュートが微笑ましそうに見てくる。
エルフは珍しい種族ではないが、ヒトに比べると圧倒的にその数は少ない。
エリーゼも冒険者になってから同族と会話をするのは、数えるほどしかなかった。
リュートからしたら、故郷の子供を見ているような気分なのかもしれないが、エリーゼからしたらそうにこにこ見られると、些か居心地が悪かった。
「それで、講習は?」
「ああ、ごめんごめん。
そうだったね。
それじゃあ、ダンジョン生存訓練講習を始めようか。
と、その前に。
エリーゼは頭で覚えるのと、身体で覚えるの、どっちが得意かな?」
「それはまあ……、身体です」
そもそも冒険者なんてある種の野蛮な職業を生業としている者なら、その大多数は後者だろう。
そしてエリーゼもその例外ではなった。
「そうか。
なら、早速だけどダンジョンに行こう」
「えっ!
いきなりですか?」
エリーゼも今日からダンジョンに潜るつもりであり、装備も整えてきている。
だが、それは座学による講習を受けた後だと思っていた。
「僕自身、実地で教えるほうが好きだしね。
正直、最終的にダンジョンで生き残るだけの術を身につけることができれば、その過程はどうでもいいと思ってる」
あっけらかんといい放つリュート。
講習の集合場所がダンジョンではなく、ギルドの応接室であったことから考えても、普通は実地の前に座学をやっているのだろう。
講師としてそれでいいのかとは思うが、こうしてギルドから講師を任されているのだ。
このいい加減な態度でも、それなりの信頼と実績はあるのだろう。
それに、エリーゼとしても、じっと座って座学を受けるより、身体を動かすほうが好ましい。
エリーゼは紅茶の残りを一気に飲み干すと、早速ダンジョンへと向かった。
ダンジョン攻略の難点は、下層にいくほど魔物が強くなる点、だけではない。
最も厄介で、屈強な冒険者の足すら止めてしまうもの。
それは、ダンジョンの構造そのものだった。
まず、当然ながら下層に行くほど、地上との物理的な距離が長くなる。
日帰りである程度の利益を見込めるのは精々第九階層までであり、それより下層を攻略するには、ダンジョン内でキャンプを張る必要があった。
食料など、普段の攻略では必要のない荷物を持ち込む必要があるため、どうしても移動速度が落ちてしまい、それにともなって攻略のスピードも遅くなる。
それに、魔物はこちらの休憩を待ってはくれない。
いつ襲ってくるかという緊張感の中で、どれだけ身体を休ませることができるかが重要であった。
そして、ダンジョン内の環境も問題だった。
ダンジョン内の環境は、階層によってまったく異なる姿を冒険者に見せてくる。
森林、湖、洞窟、砂漠、雪山など。
それぞれの環境に適した準備をする必要があり、それによってまた荷物が増える。
深く潜れば潜るほど増える荷物と移動距離。
だんだん強くなる魔物の群れ。
日を追うごとに蓄積する疲れ。
ダンジョン攻略は、ただ強ければできるようなものではないのだ。
◇
「ダンジョン生存訓練講習、か」
冒険者ギルドの一角に貼られているチラシを見ながらシンは言った。
「ダンジョン内で仲間とはぐれてしまった時に、救援が来るまで一人で生き残る術を身につけることを目的とする、ね」
「エリーゼは泊まりがけでダンジョンに潜ったことある?」
「まだないわ。
シンは?」
「俺も無いな」
エリーゼと出会った街にあったダンジョンは、ツェローシュクと比べるととても小さなものだった。
各階層もそれほど広くなく、また、最下層も第十五階層だったので、その気になれば一日で踏破できるような場所だったのだ。
そのため、これまで泊まりがけでダンジョン攻略をした経験はなかった。
「講習を受けるのはダンジョン攻略に必須じゃないけど、一度くらいは受けといたほうがいいのかもな」
「そうね。
ダンジョンでは何が起こるかわからない。
ベテラン冒険者ですら簡単に命を落とす場所なんて言われるくらいだし」
あまり考えたくはないが、攻略中にエリーゼとはぐれてしまうこともあるかもしれない。
そのときに、生き残るだけの知識や技術を身につけることは大切だろう。
シンのためにも、エリーゼのためにも。
「受講料はちょっと高いが、まあ、必要経費だと割りきるか」
内容を見るに、ダンジョン内での実地訓練を含んでいるようだ。
対処不能なほど下層に潜るとは思わないが、それでも命の危険があるダンジョンへ講師に足を運んでもらうのだ。
多少値が張るのは仕方ないことなのだろう。
シンが受付に講習を受ける旨を伝え料金を払うと、講習の日程を伝えられた。
しかしそれは、エリーゼとは違う日時だった。
どうやら、一人で生存できるようになるため、講習も講師とマンツーマンで行われるらしい。
それは値が張るわけだ。
こうして、シンとエリーゼは「ダンジョン生存訓練講習」に臨むことになった。
◇
講習当日。
エリーゼがギルドにある応接室の一つに入ると、そこには既に一人の男がいた。
「やあ、君がエリーゼだね。
僕はリュート。
元冒険者で、今はここのギルドで職員をやっているんだ。
よろしくね」
若草色の髪を後ろで一つに纏め、柔和な顔の横にはエルフ特有の笹穂耳がついている。
歳はエリーゼよりずっと上だろうが、若い肉体のまま長い時を生きるエルフの年齢を推測するのは、同族であっても難しい。
全体的に線は細いが、決して筋肉がないわけではないだろう。
冒険者として必要な、最低限に身体を絞っているのだ。
魔力の多いエルフの冒険者なら魔法主体で戦うことも多いため、無駄な筋肉はむしろ移動の邪魔になることもある。
隙のない立ち姿一つ見るだけでも、このリュートという男が講師として信頼できると、エリーゼは思った。
「エリーゼです。
よろしくお願いします」
「取りあえず座って。
飲み物は紅茶でいいかい?」
「ありがとうございます」
応接用のソファーに腰かけ、紅茶に口をつけるエリーゼを、リュートが微笑ましそうに見てくる。
エルフは珍しい種族ではないが、ヒトに比べると圧倒的にその数は少ない。
エリーゼも冒険者になってから同族と会話をするのは、数えるほどしかなかった。
リュートからしたら、故郷の子供を見ているような気分なのかもしれないが、エリーゼからしたらそうにこにこ見られると、些か居心地が悪かった。
「それで、講習は?」
「ああ、ごめんごめん。
そうだったね。
それじゃあ、ダンジョン生存訓練講習を始めようか。
と、その前に。
エリーゼは頭で覚えるのと、身体で覚えるの、どっちが得意かな?」
「それはまあ……、身体です」
そもそも冒険者なんてある種の野蛮な職業を生業としている者なら、その大多数は後者だろう。
そしてエリーゼもその例外ではなった。
「そうか。
なら、早速だけどダンジョンに行こう」
「えっ!
いきなりですか?」
エリーゼも今日からダンジョンに潜るつもりであり、装備も整えてきている。
だが、それは座学による講習を受けた後だと思っていた。
「僕自身、実地で教えるほうが好きだしね。
正直、最終的にダンジョンで生き残るだけの術を身につけることができれば、その過程はどうでもいいと思ってる」
あっけらかんといい放つリュート。
講習の集合場所がダンジョンではなく、ギルドの応接室であったことから考えても、普通は実地の前に座学をやっているのだろう。
講師としてそれでいいのかとは思うが、こうしてギルドから講師を任されているのだ。
このいい加減な態度でも、それなりの信頼と実績はあるのだろう。
それに、エリーゼとしても、じっと座って座学を受けるより、身体を動かすほうが好ましい。
エリーゼは紅茶の残りを一気に飲み干すと、早速ダンジョンへと向かった。
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