婚約破棄された悪役令嬢は百合ルートを開拓するようです

黒うさぎ

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25.悪役令嬢に髭は生えていないようです

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 アレスティア子爵。
 その名を聞いて人々が思い浮かべるのは、公明正大な人物像だろう。

 子爵家は貴族ではあるが、貴族の中での爵位が高いわけではない。
 大抵の貴族であれば、自分より上位の爵位をもつ貴族に逆らうことはしない。
 それは貴族社会の基盤であり、貴族たちの処世術でもあるからだ。

 だが、アレスティア子爵は、己の信に背くことがあれば、たとえ相手が上位貴族であっても食らいつく。
 孤児院の運営について、候爵家ともめた話は有名だ。
 孤児院への資金援助を渋る侯爵家に対して、「民なくして、なにが貴族か!」と叱責し、そのまま孤児院の運営権を奪い取ってしまったのである。

 激怒した侯爵家やそれに近しい貴族たちは、アレスティア子爵の無礼な振る舞いを非難した。
 いくら正しいことであっても、権力の前では白も黒になる。
 交易の妨害など、日々繰り返されるいやがらせ。
 アレスティア子爵は抵抗したが、あまりに権力に差がありすぎた。

 次第に領地運営も苦しくなっていったアレスティア子爵だが、それでも屈せずに私財を投じてまで領民の生活を守った。
 民のために己の身を犠牲にする、あまりに貴族離れしたその思考や姿は、領民の胸を打った。

 そして、領民の他にも心を動かされた者がいた。
 ユリウス・ボルグ国王、その人だ。

 民のために信を通す姿に、真の貴族を見出したボルグ国王は、アレスティア子爵を称賛した。

 貴族の最上位である国王が認めた行い。
 それはすなわち、王国内における善であり、背くことのできない掟だ。

 国王という後ろ盾をえたアレスティア子爵にいやがらせを行うということは、国に逆らうのと同義である。
 権力と地位を何よりも重要視する貴族が、国王の意に背いてまでいやがらせを続けることはなかった。

 こうして、アレスティア子爵は、公明正大な人物として、人々に知れ渡ることとなったのである。

 アレスティア子爵は孤児院を運営するにあたって、金銭的な援助だけでなく、ときに自ら孤児院に赴いて子供たちの様子をみていた。
 そしてある日、孤児のうちの一人に、魔法の才能があることに気が付いた。

 その人物こそ、「マジラプ」の主人公であるメリアである。

 貴重な才能が埋もれてしまうことを嘆いたアレスティア子爵は、その場でメリアを養子にすることを決意。
 かくして、メリアは貴族の仲間入りを果たした。



 アレスティア子爵の屋敷を訪れたアリシアが抱いた印象は、「簡素」だった。

 当然ながら、建物のつくりはしっかりしているし、平民の住居に比べれば十分な大きさもある。
 だが、貴族の屋敷にありがちな意匠をこらした細工や、高価な装飾品などはほとんど見受けられず、見栄えを損なわない最低限のものが置かれているだけだった。

 父であるローデンブルク公爵も、あまり貴族の見栄に金を使うほうではなかったが、ここまで極まってはいなかった。
 爵位の違いはあるものの、アレスティア子爵のこれは、いっそのこと異常といえるだろう。

 一時期、他貴族のいやがらせで苦しかったことがあるようだが、それも数年以上前の話だ。
 今でも金に困っているという話は聞かない。

 ということはつまり、この簡素な屋敷はアレスティア子爵の意向ということだろう。
 侯爵に食いつく度胸といい、孤児院を手厚く支援する器の大きさといい、質素な屋敷といい、様々な貴族を見てきたアリシアからしたら、本当に貴族なのか疑わしいほどだ。

「何もない屋敷じゃろう」

 隠していたつもりだったのだが、顔に出ていたのだろうか。
 だとしたら、恥ずかしい。

 向かいの席に座る男の言葉に、頬が熱くなる。

「アレスティア子爵様は、領民思いの方だと伺っております。
 このお屋敷もそんな子爵様の御心が表れていらっしゃるのですね」

「ほほっ、ありがとう。
 じゃが、そんな大層なもんじゃあない。
 儂はどうにも、ものの価値というものが分らんくてのぉ。
 とくに美術やら工芸といったものはからっきしじゃ。
 じゃから、へんなものを置いて笑われるくらいなら、いっそのことなにも置かんでもええかの、と思ってな」

 そう言って目の前の男、アレスティア子爵は笑った。
 笑みをたたえるその表情は、いかにも好々爺といった風貌で、とても侯爵にかみつくような性格には見えない。

 年齢のせいか髪は薄いものの、その分立派に伸ばしている白髭が印象的である。
 今回子爵家を訪れた理由でもあるが、アレスティア子爵はドライヤー愛好家の一人なのである。
 それも使用法が独特で、髪ではなく、自慢である白髭の手入れのために使用しているらしい。
 髭など生えていないアリシアには考えつかなかった使用法ではあるが、実際に艶のある白髭を見るに、どうやら効果はあるようだ。

 アリシアは背筋を伸ばすと口を開いた。

「改めまして、本日はこのような機会を設けていただきありがとうございます。
 グストン商会のアリシアでございます」

 アリシアは優雅に一礼する。

「ああ、もちろん知っておるよ。
 直接話すのは初めてじゃったかのう。
 お嬢ちゃんのことは、パーティーで何度か見かけたことがある。
 その年で随分と立派な立ち居振る舞いをするもんじゃから、よく印象に残っておるよ」

「ありがとうございます」

「それだけじゃあない。
 メリアからもいつもお嬢ちゃんの話は聞いているよ」

「メリア様からですか?」

 メリアがアリシアのことを養父であるアレスティア子爵に話している。
 まさか、悪しきように言われているとは思わないが、いったいどんなことを話しているのだろうか。

「今日はアリシア様とお茶会をしただとか、今日はアリシア様の手作りパイを食べただとか、それは楽しそうに話してくれるよ。
 お嬢ちゃんの話をするあの子はいつも幸せそうじゃ。
 ……あの子は根っからの貴族じゃあない。
 魔法の才能があったから学園に通わせることにしたんじゃが、なじめずに苦労しているのではないかと心配しておったんじゃよ。
 もし、つらいようなら学園をやめさせてもよかった。
 魔法の才能があるからといって、必ず魔法使いにならなくてはならない道理もないしのう。
 じゃから、あの子の口からお嬢ちゃんの話を聞いたときは嬉しかった。
 あの子と仲良くしてくれてありがとう」

 そういってアレスティア子爵は頭を下げた。

「そんな子爵様、どうかお顔をお上げください!
 メリア様に仲良くしていただいているのは私のほうです。
 お礼をいっていただくようなことはなにも……」

「それでもじゃ。
 子供のいない儂にとってあの子は、メリアは未来なのじゃ。
 あの子とは血のつながりこそないが、儂は実の子のように思っておる。
 そんなあの子に笑顔をくれたのじゃ。
 礼くらいさせてくれ」

「……はあ、その、こちらこそありがとうございます」

 アリシアとしては、メリアと結ばれるためなら、どんなことでもする所存なので、こちらから感謝するならともかく、感謝されるというのはどうにも面はゆい。

「それはそうと、お嬢ちゃんも元気そうでよかった。
 メリアから話は聞いておったが、それでもこうして自分の目で元気な姿を見ることができてほっとしたわい。
 こんな立派なお嬢ちゃんを婚約破棄するどころか、公爵家を追放させるとはのう……。
いったいレイネス殿下は何をお考えなのか」

 あなたの娘さんのことを考えているんですよ、と心の中でつぶやく。
 主人公と攻略キャラ。
 そこには確かな因果が存在する。

 この世界がゲームではないと理解したアリシアではあるが、それでも何らかのみえない力が働いているのでは、と考えてしまうことがある。

 レイネスのメリアに対する思い。
 果たしてこれは、レイネス自身のものなのか。
 それとも、この世界に強制された感情なのか。

 レイネスはこのボルグ王国の王子だ。
 国民の未来を導く存在なのである。
 だからこそ、自由に婚約者を決める権利など、レイネスにはない。
 そのことは、幼少のころから未来の王としての教育を施されてきたレイネスが、最もよく理解しているはずだ。
 レイネスの婚約者は、未来の女王となる存在。
 それは、王を支え、王とともに国を治めるということ。
 国民のことを真に思うのならば、レイネス個人の感情に流されて決めていい相手ではない。

 レイネスが未来の王として教育されてきたように、未来の王妃も幼少のころから厳しい教育を施されてきた。
 それがアリシアだ。
 もし、レイネスから婚約破棄を言い渡されなければ、いくらメリアへの愛に目覚めたとはいえ、おそらくアリシアはここまで自由な振る舞いをすることなどできなかったであろう。
 それはアリシアの、アリシアとして生きてきた部分が許さないはずだ。
 本来のアリシアは、貴族として、レイネスの婚約者として、そして未来の王妃として生きてきた。
 その生き様は決して揺るぐことはなく、たとえメリアへの愛に目覚めたとしても、国民のことを思い、精々友達になることで妥協してしまっていたことだろう。

 そう思うと、婚約破棄をしてくれたレイネスには感謝したいくらいだ。
 たとえそれがレイネス本人の意思であろうと、はたまた世界に強制されたできごとであろうと。
 レイネスのおかげでアリシアは己の運命から解き放たれ、自由になることができた。

 アリシアにとってレイネスという存在は、メリアを介した恋敵ではあるが、決して憎むべき相手ではない。
 むしろ、メリアの魅力を理解しあえる同士であるとすら思っている。
 アリシアとメリアが結ばれた暁には、ぜひともメリアについて語りあいたいものだ。

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