花火使い

えんがわ

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四の球 河蛍の球

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 今日も静かな川辺で、河蛍はリリィィィィ、リリリィィィ、と鳴いて、眩しく儚い黄金色の光を発する。その光はちかちかと淡く夜の闇に明滅する。

 河蛍は他に誰も居ない清流の源泉を住処とする。人は様々なものが集う家々を住処とする。二つは交わり合わない。
 しかし人は河蛍のその光を求めた。初めは手探りで次いで大規模に遠慮なく、河蛍は人によって乱獲され、その光を奪われた。
 現在、河蛍が残っている水域は僅か。それも人の持つ気配、動き、心の高揚を感じとると光るのを止め、彼方へと消えてしまう。そのような河蛍だからこそ、人を極度に嫌っているからこそ、命を奪われずに泉を淡く照らし続けているのかもしれない。

 そのようなガイドブックでお馴染みの説明を、森のレンジャーは繰り返す。
「どうか、特別な観察台で蛍を遠くから見つめる。あなたもそれに留めてください」
 男は顔を紅潮させて
「いやー、間近で見てこそ、風流でしょー」
 それでもレンジャーは
「近づくのは禁止しているのです。僅かな蛍たちの安息の地。その故郷を荒らして、万が一のことが起きたら、どう責任を取るのですか!」
 男はぶっきらぼうに
「うん、ちゃんと大丈夫な秘策はあるんだよ。我二秘策アリ! 全ては計算されてる! ってね」
 レンジャーはため息を吐く。男は奇妙な臨戦態勢を取っていた。その姿から、貴重なる水源に何かが起こるのは明らかだ。
 しかし彼にそれを引き止める術はない。レイシャンの名のある実業家、東方のギルドの長、永遠の少女を保護する富豪の残した護衛団。男はそれらの後ろ盾を構えて、この山脈の、ブルター水源へと赴こうとしているのだ。一介の森のレンジャー、そのレンジャーの中でも第八部署のサブリーダーでしかない彼に、止めるどころかそれを弱める力すらない。それでも男の心変わりを期待して説得を試みたのだが。
「どうだい? この秘策? 河蛍もこのルートには気づくまい」
「ええ、わかりました。お気をつけて。
 しかし蛍達に少しでも危害を与えた場合、死よりも厳しい厳罰が待っていることをお忘れなく」
 レンジャーはそう言い終えると、蛍の淡い光が点になって泳ぐ川の方へと目を移した。そして、すまない、と口元を静かに動かした。

 男は水着の短パン一丁だった。青と黒のストライプ。それに不似合いな鋼鉄のロングブーツを履いていた。妙な取り合わせだった。加えて、長い長いシュノーケル。
「行くぞ、ニンジャ作戦! ミズグモの術!」
 などと、でっかい独り言を言って河へと飛び込んだ。
 重いブーツで男の身体は、とんと水底まで沈む。細長いシュノーケルを口にくわえ息を整えて。
 さっ、体力勝負だ。登りきってやる、上流の水源まで!
 男は重いブーツをゆっくりと運びながら、鈍歩で、しかし確実に水源へと歩んで行った。
 どの地上ルートで行っても、鋭いセンサーを持つ河蛍には気づかれる。
 上空では、尚更だ。下降している姿は丸見えで、レンジャー達によって兵器とも成りうる飛行機器、グライダーも気球も禁止されている。
 ふぅと、シュノーケルから大きく息を吸い、水中を歩くという負荷の高い運動を続けた太ももを労わる。

 二時間が過ぎていた。だが、男の足取りは一定のままだ。水源まであと三分の一登れば、たどり着く。
 しかし、妙なもんだな。水上から光が溢れて見えてもいいのに。蛍ちゃん、ご機嫌斜め? いや、たまたま水源に集まる日なんだろう。纏め採りが出来るかもな。
 馬鹿と言っても良いほどに、楽観的な男だった。

 だが、その男にも汗が吹き出ていた。その汗も河の水に流される。
 水源まであと僅か。一つの坂を超えるだけだ。だが、その坂が厄介だった。まるで崖のように二トゥールほど切り立っている。
 こちとらロッククライミングは心得ててね。魅せてやるぜ! 俺の花火魂!
 まずは崖全体を詳察する。手で掴められるでっぱりを探し、ルートを決める。多少強引だが、行ける、と男は判断した。男は右手で苔むした岩の出っ張りを掴んだ。次いで左手。足を窪みにかけて、腕の筋肉を休める。このバランス取りが難しい。よじ登る腕が限界を告げればおしまいだが、身体を支える足こそが限界になる場合も考えられる。何せ男の足は水中を沈むために重いブーツを履いているのだから。

 おいっちに! おいっちに!
 崖の半分まで来た。だが、腕の痺れは激しいものになっている。急がねば。
 おいっちに! おいっちに!
 加速する。何処か吹っ切れたかのように絶妙に体が軽い。アドレナリンがどんどんと出て、苦しさよりも笑ってしまうような快感が脳を支配する。
 おいっちに! おいっちに!
 崖は更に急斜面になる。
 そこを男は全速力でよじ登る。
 肩で息をしながら。

 水源に辿り着いた。

 蛍たちが集まる筈の、泉のような水源。しかし水底から水面へと目を凝らしても、光は映らなかった。
 時期が悪いか……お休みどきか……それとも、こちらの行動は蛍に筒抜けで、心の声は水の固まりを飛び越え警戒されている、なんてのも有り得るが……
 いやいや、そうじゃない。きっとそうじゃない! 今に光るさ。そうさ、待つんだ。待つだけでいい。ミッションは、ほぼコンプリートだ、ほぼ、ほぼぼぼ
 男の中で、区切り、とでも言おうか、戦闘から待機へと移行するスイッチのようなものが押された。アドレナリンが切れ、張り詰めていた緊張が切れ、急に上半身が重くなる。水がのしかかる。背をしっかと張っているのが辛い。骨がきしむようだ。自然、男は中腰になる。足も支えきれない。片膝をつく。シュノーケルが水中に沈んだ。水が喉へ入ってくる。げほっ、げほっとむせ込んで、シュノーケルは口から離れる。水は肺に入ったかのように体内で暴れだす。息を。しかし鉄のロングブーツがそれを拒む。男は夢中でそれを外す。外れた。上昇する。浮かぶ。男は背中を水面に付け、空を見上げる。背泳ぎのようにぷかぷかとしながら。
 幾つかの黒い虫が辺りを飛んでいるのが見えた。それらは全く光ってない。その黒もどんどんとくすんで行く。視界が、意識が消えかかっている。
 強行軍で水中を歩き続けたこと、水源の前での崖登り、そして失敗。様々な徒労がうねり、男の意思を削いでいった。ぼうっと月のない空と、黒いシルエットとなった木々を見つめる。背中の水が冷たく、それがかろうじて意識を繋げる。

 ダメか。
 もう……

 リリィィィィ、リリリィィィ。

 気づくと光がちかちかと明滅し、空にそれらの曲線が生まれていた。一つ一つの光は川下の蛍の五倍の大きさはあり、その数は数え切れない程だ。

 なるほどね、もう危害を加えるパワーは全然残ってないし、欲望も捕らえる気力もどっか行っちまったからなあ。

 男はメンドウクサソウに二つ球を取り出した。
 球が光を吸い、蛍の光のように淡く、そう、淡いながらも鮮やかで確かな光を宿した。
「我二秘策アリ。どーだ、計算通り」

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【WARNING―希少生物保護条例につき、等級付け禁止― ファイアフライ】
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