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五の球 染め付け士の球
しおりを挟む球の芯の芯から、まるで星屑を入れたランタンのように、きらきらと光がリズムを刻む。色彩は黄金を更にクリスタルで濾過したゴールドだ。
男はそれを手に取り、加える色を思い浮かべながら、それでも決断することが出来ず、布にくるんで収め、身体を長方形のベッドに横たえた。そうした日々が一週間は続いていた。
俺ってさ、染め付けの技術はあるんだけど、絵心が皆無なんだよね。これだけ最上級の絵の具を貰って、何を描きゃいいのさ。あー、やっぱ専門家に頼むか……
旅でもするか。
男は山合の田舎道を歩いていた。寝巻きのような普段着の地元民に混じって、日傘を広げロングドレスなどを纏っている観光客が目に付く。その道の両脇には、色とりどりの花々が咲いている。今は丁度、バラのシーズンで、赤や白やピンク、そしてその名の通りのローズピングが咲き誇っている。男のホームグラウンドのレイシャンが花火によって華の都と呼ばれているのなら、ここウルムは文字通り草花の花によって花咲く村と呼ばれていた。
その一つの花に娘が水遣りをしている。
母はそれを腕組みしながら見つめ
「あら、朝顔には水をやらなくてもいいのよ、たしか」
娘はきょとんとした顔で
「なんでー」
「朝露と霧から水分を補給するからよ」
「どうやってホキュウするのー、ねー、なんでー」
「何ででしょう」
「なんでー」
「ハハハ、ひみつ」
母は誤魔化し誤魔化し、笑い続ける。
男はそれに割って入って
「ありゃ、葉っぱから、吸ってるんだよ」
「ものしりー」
母は勢いよく、首を縦に振る。
「そっ、そうよ!」
「いいのか? 知ったかぶりで適当に言ったこと、真にうけちまって」
母は笑顔をひきつらせて
「はは、ぶんなぐりたい」
「いや、まー、すまない。こちらの旦那に用があってな」
藍染の羽織を着た染め付け士が、球を睨んでいた。
「河蛍の球か……」
男は正座しつつ、注釈を加える。
「綺麗だろ? 花火の光り方を司る球を作る際の、ラッキーなオマケというか何というか……
だが、綺麗すぎて、うん、他の色とそれに見合う絵が浮かばないんだ」
染め付け士は瞳を閉じて、花火を描く。
「金と銀と虹だな、蛍の黄金は不死鳥に使える。フェニックスだ。密細工の純銀でそれをふち取り、そこに天の川の虹を添える」
染め付け士の自信ある声に反して、男は未だ思い悩んだ様子で
「うーん……」
「何か?」
「なんだかなー、違うんだよな」
「何だ! お前も腕がたつのだから、わかるだろう。これを超える色合いはどこにも無い。金、銀、虹! 花火の頂点だ」
それでも男は曇りを晴らさず
「なんかさー、頂点って言っても流行にのってるだけだし。そもそも細かい銀細工は玄人が喜んでも、何も知らない子供はそうは思わないよ。
こう言うの、通ぶった『わ・た・し』カッコイイだしさ。それに蛍の光はさ、淡いものなんだよ。不死鳥の力強さには似合わない。そんなのは俺でも自力でやれるし。まー、何だけどさ、何だろう、花だからこその花火だからね、もっと」
男のつらつらとした反論に染め付け士は怒りを顕にし、怒鳴った。
「出てけ!」
男が日の光を眩しげに見上げ、ふらふらと屋敷を出ると、そこには娘がいた。
「お兄ちゃん、やっちゃったねー」
「あちゃー、怒らせちゃったよ」
娘は何故か自慢をしているような調子で
「パパ、メッタにああなんないんだよ。口ではイセイいいこと言ってるけど、ずっと花火のことばっか考えて、寝るのも起きるのもわすれて、うじうじうじうじ、ぶつぶつぶつぶつ」
「へー」
妻が目立たぬように小走りで追いかけ
「お客さん、数晩、この村に泊まってくといいよ。ウチの旦那はこんな時、やる人だから」
突然の夕立雨が紫陽花を叩いている。
染め付け士は傘もささず、考えを巡らせながら村を散歩していた。彼を良く知る人物は、「また、ハマッチャッタカ」と生暖かい目で見守ることだろう。染め付け士は、考え事をする為の特別に長い散歩コース、一周に一時間半は費やす散歩コースを、悩みながら回り続けるのだった。
「花火、花火、花」
天気雨が止んだ。降るのが突然なのならば、止むのも突然だった。雨は植物の葉に、花に、水のコーディングを施し、気まぐれな強い西日は、それをキラキラと照らし、ペンキの塗りたてのように色を輝かせる。
丁度、そんな夕顔が蕾を綻ばせようとしていた。男は何とは無しにそれを見つめる。
「夏だなあ」
と、ぼつり。
夕顔の奥には、向日葵が背比べをしていた。
染め付け士の胸に閃きが走った。
花、花、花。
いけるかもしれない。
花火使いの男は、染め付け士の客間に呼び寄せられていた。
「さて」
染め付け士は静かに、しかし、初めて捕まえたクワガタムシを自慢するかのように語り始めた。
「お宅の言う通り、花にしようと思う。黄色のヒマワリとタンポポ。青と赤の紫陽花。藍と朱の朝顔と夕顔だ。
蛍の高貴な夏の光は太陽の花を豊かに染めるだろう。
他は朱、藍、どちらを使おうか迷ったが、どちらも使うことにした。青のあじさい、赤のあじさい、紫のあじさい、朱色の夕顔、藍色の朝顔、それらを色の混ぜ具合で調整する」
男は興奮しながらも慎重に尋ねる。
「出来るかな? それって描き分けれる?」
「花には一つとして同じ色は眠っていない。そして、それを引き出す俺を信じてくれ」
即答だった。その鬼気迫る表情に、男は久しぶりにぞくりとした。
「ありがてえ。俺も出来るだけ協力する。技術面は任せてくれ。存分に、最高の球を仕上げよう」
GET!
【2級 花匠】
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