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放たれる
しおりを挟む染め付け士は妻と娘を連れて、レイシャンの街をふらふらと見物する。不意に観光客の老人と肩がぶつかりそうになる。そうした訪問者の数も多く、地元民も夜を待ちかねぬように活気強かった。染め付け士もまた半ば観光を兼ねているのだが、その目は仕事の成果を見守る職人のそれだった。染め付け士は彼が男と染め上げた花火を観に来たのだった。奥から屋台の呼び子の声が聞こえる。
「ブルーベリー、レイシャン名産ブルーベリーは如何ですかー? 如何ー?」
妻は物珍し気に
「ブルーベリー? 一体、何なの?」
染め付け士は肩をすくめ、
「うーむ」
とボヤいた。
「キューリ、如何っすかー、看板メニューでございますよ」
塩揉みしたきゅうりを丸ごと一本、割り箸でチョコバナナのように挿して、売られている。全く都会の考えていることはわからんもんだ、と染め付け士は談笑しながら、しかし興奮を内に秘め、会場の河川敷へと向かった。
「鰻だよー、鰻、ウナギ、うなぎだよー」
気球士は、川原で寝っ転がっていた。
周りからは好奇で訝しげな目が集まる。気球士はそんな周囲の嘲笑を笑い返す。
俺だって、知ってんだよ。花火ってのは座ってみるのがベストなんだろ? 立って観るには、待ち時間のジレがしんどいし、ミヤビじゃない。寝るなんて一見楽に見えるが、花火を観るには角度が悪い。首を中途半端にねじ上げなければ、その全容を拝めることは出来ないってね。
だが! なに! 今回のこいつは特別さ! 高く高く空へと飛ぶんだ!
永遠の少女はシュラーの真夜中の交響曲第三番を弾き終えた。室内に通してもらった門番が、拍手をする。拍手をしながらも心此処に在らずな、ぼんやりとした顔持ちだった。
少女は
「さぞや、行きたかったんでしょうねえ? わざわざ休暇まで取って、花火を見に」
門番は珍しく声を崩して
「あの、それは、お嬢様の勇姿がどの様に空を彩るのか、監察とご報告に」
少女は笑顔を崩さずに
「言い訳はケッコウ。えと、こちらが、ごめんなさいね。何よりね、あなたに抜けがけなんてされちゃうと、わたし嫉妬で、どうにか為っちゃいそうだったのよ。うん、ほんの少しだけどね、久しぶりに泣いちゃいそう……んっ、じゃ、次! 交響曲四番よ!」
アラン老は、新米花火使いとして青春を過ごしたレイシャンを懐かしげに眺め、孫に色々と解説をしながら、街を散歩していた。
「おー、ブルーベリーか。やはりな、目にイイからのう。ありゃザル一杯も食わされた時もあったわい。より美しい花火を見ようと、ならばそれを映す眼をより良くしようと、そんな発想じゃな。
おっ、キュウリか! 買っていこうかの、ノアちゃん。キュウリはな、水分が多くて味付けされた塩も濃い。塩分と水分がお日様に打たれて、バタン! と言うのを防いでくれるんじゃ。
なに、何で、ウナギが焼かれてるかって? そりゃ屋台だからのう、ウナギの武器の煙攻撃が存分に発揮される。それとな、お母さんには内緒だが、花火を観て興奮した恋人が夜に」
老人の長話は止みそうになかった。
「夜だな……」
レンジャーは、河蛍へと向かって、ぼそりと零した。
「何時も通りの夜だ……」
「右に三歩、前に六歩」
「おうっ」
「うん、こころもち手前に半歩」
風詠みは笑う。
「うん、そこ。その位置が風のベスト……いよいよね」
男は両足を広げ、銃口を空に向け、
「おう、やっとだ」
ゆっくりとカウントダウンされていく。
【五連式火銃】
Release!
【ブループラネット】
【ライジングスター】
【パッシングモメント】
【ファイアフライ】
【花匠】
「ばあちゃん、みんな、みんなの想いを光にするよ」
男は火銃の引き鉄に手をかけて
「さあ! いざ!」
ピアノの調和音と共に、光が天へと放たれる。
光は細い線となり、高く高く登っていく。その線の周りを蛍の明滅する輝きが囲む。
「はっしゃー!」
「おお!」
「おっ! おおお!」
「わっ! すごっ!」
「おいおい、どこまで」
「高いっ!」
「わああああああ」
「もう、行けるとこまで、行っちまえ!」
「こっ、これって本気?」
「おおおおお!」
火薬が炸裂し、何層もの、それでいて澄んだ音色を響かせる。
朱、藍、紫、黄の花々が夜空に咲いた。
光の花束。
.♪.:♪・。.*:.♪.:。.♪*:..♭*♪。.♪.:♪・。.*:.♪.:。.♪*:..♭*♪。
:.゜。 ゜・。゜゜. .゜。・。゜ :.゜。 ゜・。゜゜. .゜。・。゜ :.゜。 ゜・。゜゜. .゜。・。゜ :.゜。 ゜・。゜゜. .゜。・。゜
それは鮮やかに輝き、やがてちかちかと明滅し、最後に一際強い粒子となり空へと溶けていった。
全ては終わり、辺りは再び闇へと包まれた。
だが、人々はそこに豊かな光の余韻を映していた。
感嘆と拍手の後、忘れ物をしたかのように今更ながらの「たまやー」「かぎやー」の散発的な掛け声が響く。
他の多くは火薬の匂いを味わうかのような心地よさに浸る。
その夜、笑い声が途絶えることはなかった。わたあめ片手の男の子も。手を繋ぎながら空を見つめていた二人も。久しぶりに屋根上へと登った老人も。同じ心だった。死者すらもそれは同じだと、そう思わせてくれる花火だった。
男はその夜を見守り終えると、少し照れくさそうに笑った。
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