ロストソードの使い手

しぐれのりゅうじ

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ロストソードの使い手編

七十八話 思い出される過去

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 目的地の道すがら、僕の左手を掴むコノは、流れる景色にある目新しいものに子供のような驚きの混じった笑顔を見せて、気になったものをそれが何かを尋ねてきた。

「あれは何です?」 
「マギアのリサイクルショップよ。売ったり中古品を買ったりできるわ」
「マギア……何だかかっこいいです。じゃあじゃあ、あの大きな建物は?」
「イシリス図書館ね。色々な本を借りれるのよ」
「あの中に本が……凄いです。どのくらいあるんでしょう」

 その疑問に関してはほとんどモモ先輩が答えていた。なにせ、僕もこの街のビギナーなので詳しくはない。僕が結構な割合で答えるのに困ったから、自然とモモ先輩が返答するようになった。

「大量にあるわよ。本の森ってくらいには」
「ほ、本の森……夢のような場所ですね……!」

 初めこそ面倒くさそうだったけど、コノ素直で可愛らしいリアクションのおかげか、モモ先輩も機嫌良く教えるように。さっきまで火花を散らしていたけど、今はほんわかとした空気に満たされていた。
 その雰囲気が壊れることなく、歩き続けていれば『マリア』が見えてくる。まだそこまでの日数を住んでいた訳じゃないけど、帰るべき場所に来たような安心感があった。
 店の扉を開けると、ウッド内装で落ち着きのある店内にマギアが置かれた棚、そしてカウンターにいる白衣姿のアヤメさん。久しぶりの光景だ。

「おかえりー優羽くん!」
「あ……えと……た、ただいま……です」

 くしゃっと笑うアヤメさんは手を振ってそう出迎えてくれる。家に帰ってきたような感じに、何だか気恥ずかしさがあった。

「わぁ、何だか凄そうなのがいっぱい……!」
「あまり触らないほうがいいわよ。その中には、爆発したり中身が凄い速度で飛んできたりするから」
「ひっ……お、恐ろしいですね」

 コノを怖がらせようと、わざと脅かすような口調でそう注意する。目論見通りの反応を見せて、モモ先輩はしめしめと微笑んだ。しかし次の瞬間には余裕な顔は失われる。

「なっ……!」

 怯えた勢いで僕の腕に抱きついてきた。そこで彼女の体温、そして膨らみが強く押し付けられる。モモ先輩はショックと嫉妬が綯い交ぜになった表情に。

「ニヒヒっ、愛しの彼が戻ってきたら女の子を連れているなんて。ドロドロだねぇ」
「ま、負けないからっ!」
「ご、誤解です。そういう関係性じゃあ」
「いやいや、誤魔化さなくて大丈夫。なんならもっと複雑になってくれたら、私としては最高なんだけど」

 外側にいるアヤメさんは、傍観者のように僕の状況を楽しんでいる。

「本当に違くて……ね、コノ?」
「ユウワさんは、コノの勇者様です。でも、いつかはその先にいきたいなって思ってます!」
「しまった。こうなるってわかってたのに……」
「いやー、どんどん女の子を好きにしちゃうなんて、罪な男だねー」
「ぼ、僕はそういうタイプの人間じゃあ……なくて……あぁ」

 どうすればわかってもらえるんだ。でも、状況証拠は揃っていて、否定しきれない。この世界に来て色々あるけど、一番この状態が何より本当に信じられなかった。

「いやー流石にからかい過ぎたね、ごめんごめん」

 この時間は終わりとパンと軽く手のひらを叩く。綺麗な音が響いて、アヤメさんを見ると大人びた真面目な顔つきに。

「実は、神様から君たちは聞いててね。ユウワくん、よくコノハちゃんとホノカちゃんの未練を解決したね。凄いよ」
「あ、ありがとうございます」
「神様となんて、やっぱりお話に聞いていた通りだったんだ……物語のよう……」

 コノは尊敬の眼差しをアヤメさんに送り、それに気づいた彼女は、自慢するように胸を張った。それに同期してぐいっと大きな膨らみが強調されて、僕は視線をモモ先輩に逃げた。

「ねぇ、今あたしを見たのはどうしてなのかしら?」
「す、すみません」

 ジト目でそう指摘されてしまう。流石に失礼だっただろうか。

「……もしかして控えめの方が好きなの?」
「ええと……なんと言うか……」
「それなら、存分に見てもいいわよ?」

 駄目だ。変な方向に勘違いされてしまった。僕を好きになってくれてからのこの対応が未だに慣れない。

「そ、そんな事よりも! アヤメさん、アオはどうですか?」

 僕がそう尋ねると変な空気が一変して、一瞬で張り詰めたようなピリつきが現れる。

「君にの目で確認してきて。それにミズアも早く君の帰りを待っているだろうし」
「わ、わかりました」
「その間に、コノハちゃんと色々とお話するから、一旦預からせてね」
「コノ、離れて大丈夫?」
「もう大丈夫です。お話、してきますね!」

 僕の手を離してアヤメさんの元へおずおずと向かった。それを横目にモモ先輩と共に二階へ上がっていく。

「そういえば林原さんはいないんですか?」
「多分、少し出かけているのかも。ちょっとしたら戻ってくるわよ」

 そう会話をするも緊張も心臓の拍動も加速していく。林原さんのドア、そしてモモ先輩のドアを横切り、アオがいる部屋の前に。向こうは音がしなくて人の気配を感じなかった。

「……」

 ノックしようと手を浮かすも、その先が動かせなかった。現実を目の当たりにするのが恐ろしくて。

「あたしがやるわ」
「……っ」
「ミズちゃん、ユーぽんが戻ってきたわよ」

 モモ先輩は慎重に言葉を口にしてそうアオに伝える。すると、何かが動いたような物音がしてそこにアオがいるのだと確信。

「その、無事に帰ってきたよ。心配させてごめん、アオ」
「帰って……来たんだ」
「う、うん」

 ドアの側にまで来てくれたのか、アオの気配と声がはっきりとする。でも、明らかに弱っていて、この世界に来た時の彼女とはまるで違っていた。

「あの開けてくれないかな。アオが苦しんでるって聞いて、心配で」
「ごめん、ごめんね。心配させて……私のせいで」
「……アオ」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 息が、思考が乱される。全身から血の気が引いて目の前が真っ暗になっていく。怯え、苦痛、悔恨、悲哀、アオの声音はその成分で作られていて、それが僕の鼓膜をかきむしる。

「葵……」

 ドアの向こうにいるのはミズアじゃない。それは自ら命を絶つ前の速水葵だった。僕が余計なおせっかいをして、苦しんでいた彼女そのもので。あの最悪の日々記憶のトリガーが押されて、心臓が貫かれる。

「また、私のせいで……ユウを怖い思いをさせた。ごめんなさい」
「ち、違う……あれは僕が勝手に動いたからで……」
「ううん、守るって言ったのに。守れなかった、私が悪いんだ……」
「いや、アオは……悪くない」

 どうして、アオがこんなに罪悪感に苛まれているのかわからない。あれは完全に僕に非があって、苦しむ必要なんてないのに。

「ねぇ、出てきてくれないかな? だって、僕は無事だし、アオが気に病む事はもうないでしょ?」
「……ごめんね」
「へ? あ、アオ?」

 その謝罪の言葉を最後に魔法陣で鍵かけられた部屋の奥へも行ってしまう。僕は必死に呼びかけるも、それに反応することはなくて、また気配が消えてしまった。
「そんな」
「ユーぽん……」

 無力感と理解不能な壁に突き飛ばされて、膝から崩れ落ちた。
 前と同じだ。また繰り返してしまうのだろうか。あの経験をして、異世界で力をつけても大切な人を救えないのか。

「そんなの嫌だ」

 でも、どうすればいい。きっと、また話しかければ彼女を傷つけてしまう。何をすれば。

「ユーぽん、あたしも手伝うから一緒に考えるわよ」
「モモ先輩……」
「ミズちゃんを元気にさせたいのはあたしも同じ。一人で抱え込まないで」
「……ありがとうございます」

 冷え切った手にモモ先輩の優しい温もりが添えられる。そして、掴まれて力強く引っ張り上げられた。

「とりあえず、今は色々考える事もあって疲れただろうから。一旦部屋で休みなさい。話はそれからよ。これは絶対だからね」
「は、はい」

 急ぎたい、そんなの気持ちもお見通しなのかそう念を押される。

「それと、悩み過ぎないでね。頭がごちゃごちゃしたらあたしを頼る事。ミズちゃんもそうだけど、あたしはユーぽんの苦しむ姿も見たくないの。わかった?」

 有無を言わさぬモモ先輩に、僕は頷くしかできなかった。けど、その強引さに何だか息がしやすくなって、目の前が照らされる。頼っていいんだって、思えた。
 そしてモモ先輩と別れて、一番奥にある僕の部屋の前に。再び心の中でただいまと言って、扉を開いた。
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