24 / 25
24話 水無月玲士の告白
しおりを挟む
ベンチに訪れると水無月くんの姿はなく、私はとりあえずリュックを端っこに置き、座って待った。
「来るかな……」
ワンチャン来ない可能性もある。けれど、日向ちゃんの話を信じて大丈夫だと結論付け、リュックから歴史の教科書を取り出して、テスト範囲を眺めた。
「星乃さん」
三ページほど流し読みしていると、後ろから声がかかる。
「水無月くん、来てくれたんだね」
私は教科書を閉じてリュックに無造作にねじ込み勢いよく立つ。そして、少し離れた位置にいる水無月くんに向き合う。
「来てくれなかったらどうしようかと思ったよー」
「悪い、少し待たせて」
「ううん、私も今さっき着いたばっかりだから」
半分定型的なコミュニケーションを済ませて、余計な話を入れる間もなく本題に入る。
「それで何だけどさ。私謝りたいことがあるんだ」
喉はとても滑らかで、摩擦を起こすことなくスルスルと声になる。
「多分、この花で見たと思うんだけど。ずっと君の秘密を覗いていたんだ。それも、意図的に色々な秘密を見れるように提案して。本当にごめんなさい」
頭を深く下げて逃げていた謝罪をした。何を言われても良いように、奥歯を噛みしめて。
「ち、違うんだ! 本当に謝るべきなのは俺の方なんだ。だから顔を上げて欲しい」
「水無月くん?」
見上げると、水無月くんは痛みを堪えるように顔を歪ませていた。
「前にもごめんって」
「ああ。だって本当に悪いのは俺なんだから」
気を遣っているという感じではなかった。
「どういうこと?」
「……実は知っていたんだ。その、秘密を見られているの」
「……へ?」
何を言われているのか分からなかった。
「う、嘘でしょ?」
私達が積み上げていた思い出が、その一言で大きく揺れ動いて、崩れ落ちそうになる。
「先輩から世話を引き継いだ時にすでに聞いていたんだ。そして俺は水をやり続けた。あわよくばその秘密を星乃さんに見てもらえたらって」
私が予想していた状況と真反対で、どう会話を広げるのか先が見通しづらくなってしまった。
「そ、そうだったんだね……」
「ああ。何とかこっちから来てもらうよう誘導するとか、他にも星乃さんの友達から伝えてもらうみたいなことがあればいいなとも思ってた。まぁ、自分から動く勇気は無かったんだけどな」
水無月くんは肩を竦めて自嘲気味に笑った。
「でも偶然日向に見られて、そのおかげで繋がりを持てた」
確かに日向ちゃんがいなければ、一生誰かわからなかったかもしれない。そしてその行動に繋がった理由は私にあって。ぐるっと回る縁に、神秘的なものを感じた。
「しかも、星乃さんが色々な秘密を見ようと提案もしてくれて。正直興味を持ってくれたようで嬉しかったんだ」
私が彼を都合よく動かしているようで、実は私の方が動かされていたみたいだ。
「星乃さんと関われる日々はすごく楽しかったが、だんだんとズルして得ている日常な気がして、本物じゃないとも思えてきた。しかも関わったことで、変な噂が出て、迷惑もかけてしまった」
「それは、水無月くんのせいじゃ」
「直接的ではないにしろ要因ではあるだろ? それだけじゃなく、それがエスカレートするのも怖かった……日向と同じようになるんじゃないかって」
彼は悔恨するように目を瞑る。声は少し震えていて、手のひらも強く握りしめられていた。
「あのいじめってそういう理由だったんだね」
色々と噂を耳にしていたんだけど、はっきりとしたことは知らなかった。
「そんな中で星乃さんの秘密を見てしまった。それで、もう関わっちゃいけないんだって思ったんだ」
「それでごめんって」
「ああ。本当にごめん」
私よりも背の高い水無月くんなのだけど今は小さく見えた。
「あのさ」
少し明るい調子で声をかける。
「ずっと気になっていたんだけど、私を好きなった理由って何?」
「え、えっと……」
水無月くんはたじろいで、頬もほんのり赤くなっていた。
「ね、教えてよ」
私はぐいっと一歩近づいて、アグレッシブに答えを促した。
「そ、それは……周りの目を気にせずに、日向を助けた姿がカッコよくて。そこから、意識するように」
水無月くんは、みるみる顔を赤くする。私も平気なふりをしようとするけど、真っ向から理由を言われて、なんだか暑くなってきた。
「あれ、水無月くんも見てたんだね」
「ああ。俺は情けないことに、怖くて日向を助けられなかった。だから、救ってくれた星乃さんには感謝している」
「……」
赤くなっていたのが急転直下青くなった。
「あの日から、星乃さんのようになろうとした。でも結局、今もクールキャラを気取ってるくせして中身は変れなくて。自分の気持ちすら言葉にできず、心を覗き見して知ってもらいたいなんて願って、それに甘えてさ」
「私も同じだよ。私だって強くなんかない。だって、水無月くんと一緒で、覗き見ようとしたし」
もしあの一件でそう思われていたなら、それは勘違いだ。私はふるふると頭を横に振った。
「それに、あの日以来一歩を踏み出す勇気なんてなくなってた」
「そう……なのか?」
「うん、だからさ一緒に踏み出そう」
今日はもう三回目になる。私から一緒に進もうと言葉で心の手を伸ばす。
「私はね一つきっかけを日向ちゃんにもらった。だから、次は私から」
「踏み出すって……」
「というか、もう踏み出しているのかも。だって私達花を使わず思いを伝えられてるから」
そうなると、これは日向ちゃんのおかげだ。最初から彼女によって、私達の関係が形作られている。
「だからこれを継続してさ、同時に色々とチャレンジしてみようよ。私も頑張るから」
「そう、だな」
硬かった表情が柔和な微笑みになる。
「うんうん! こっからスタートしよう」
きっかけも過程も歪だったのかもしれない。でも出会えたことが重要でまた修正していけばいい。私は心からそう思った。
「いつか。またいつか、その時が来たら俺からその気持を言葉で伝えるよ。だからこれから、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互いに頭を深々と下げた。その、仰々しさに思わず顔を上げて見合わせて、笑った。
それは憑き物が落ちたまっさらな笑顔で。これからの先を明るく照らしてくれたようだった。
「ふふっ。あのさ、玲士君って呼んでいいかな
「ああ。なら俺も……勇花さんって」
「うん!」
ふと柔らかな風が吹く。花の甘い香りが私達の鼻腔を突き抜けて、そのまま消えていった。
「来るかな……」
ワンチャン来ない可能性もある。けれど、日向ちゃんの話を信じて大丈夫だと結論付け、リュックから歴史の教科書を取り出して、テスト範囲を眺めた。
「星乃さん」
三ページほど流し読みしていると、後ろから声がかかる。
「水無月くん、来てくれたんだね」
私は教科書を閉じてリュックに無造作にねじ込み勢いよく立つ。そして、少し離れた位置にいる水無月くんに向き合う。
「来てくれなかったらどうしようかと思ったよー」
「悪い、少し待たせて」
「ううん、私も今さっき着いたばっかりだから」
半分定型的なコミュニケーションを済ませて、余計な話を入れる間もなく本題に入る。
「それで何だけどさ。私謝りたいことがあるんだ」
喉はとても滑らかで、摩擦を起こすことなくスルスルと声になる。
「多分、この花で見たと思うんだけど。ずっと君の秘密を覗いていたんだ。それも、意図的に色々な秘密を見れるように提案して。本当にごめんなさい」
頭を深く下げて逃げていた謝罪をした。何を言われても良いように、奥歯を噛みしめて。
「ち、違うんだ! 本当に謝るべきなのは俺の方なんだ。だから顔を上げて欲しい」
「水無月くん?」
見上げると、水無月くんは痛みを堪えるように顔を歪ませていた。
「前にもごめんって」
「ああ。だって本当に悪いのは俺なんだから」
気を遣っているという感じではなかった。
「どういうこと?」
「……実は知っていたんだ。その、秘密を見られているの」
「……へ?」
何を言われているのか分からなかった。
「う、嘘でしょ?」
私達が積み上げていた思い出が、その一言で大きく揺れ動いて、崩れ落ちそうになる。
「先輩から世話を引き継いだ時にすでに聞いていたんだ。そして俺は水をやり続けた。あわよくばその秘密を星乃さんに見てもらえたらって」
私が予想していた状況と真反対で、どう会話を広げるのか先が見通しづらくなってしまった。
「そ、そうだったんだね……」
「ああ。何とかこっちから来てもらうよう誘導するとか、他にも星乃さんの友達から伝えてもらうみたいなことがあればいいなとも思ってた。まぁ、自分から動く勇気は無かったんだけどな」
水無月くんは肩を竦めて自嘲気味に笑った。
「でも偶然日向に見られて、そのおかげで繋がりを持てた」
確かに日向ちゃんがいなければ、一生誰かわからなかったかもしれない。そしてその行動に繋がった理由は私にあって。ぐるっと回る縁に、神秘的なものを感じた。
「しかも、星乃さんが色々な秘密を見ようと提案もしてくれて。正直興味を持ってくれたようで嬉しかったんだ」
私が彼を都合よく動かしているようで、実は私の方が動かされていたみたいだ。
「星乃さんと関われる日々はすごく楽しかったが、だんだんとズルして得ている日常な気がして、本物じゃないとも思えてきた。しかも関わったことで、変な噂が出て、迷惑もかけてしまった」
「それは、水無月くんのせいじゃ」
「直接的ではないにしろ要因ではあるだろ? それだけじゃなく、それがエスカレートするのも怖かった……日向と同じようになるんじゃないかって」
彼は悔恨するように目を瞑る。声は少し震えていて、手のひらも強く握りしめられていた。
「あのいじめってそういう理由だったんだね」
色々と噂を耳にしていたんだけど、はっきりとしたことは知らなかった。
「そんな中で星乃さんの秘密を見てしまった。それで、もう関わっちゃいけないんだって思ったんだ」
「それでごめんって」
「ああ。本当にごめん」
私よりも背の高い水無月くんなのだけど今は小さく見えた。
「あのさ」
少し明るい調子で声をかける。
「ずっと気になっていたんだけど、私を好きなった理由って何?」
「え、えっと……」
水無月くんはたじろいで、頬もほんのり赤くなっていた。
「ね、教えてよ」
私はぐいっと一歩近づいて、アグレッシブに答えを促した。
「そ、それは……周りの目を気にせずに、日向を助けた姿がカッコよくて。そこから、意識するように」
水無月くんは、みるみる顔を赤くする。私も平気なふりをしようとするけど、真っ向から理由を言われて、なんだか暑くなってきた。
「あれ、水無月くんも見てたんだね」
「ああ。俺は情けないことに、怖くて日向を助けられなかった。だから、救ってくれた星乃さんには感謝している」
「……」
赤くなっていたのが急転直下青くなった。
「あの日から、星乃さんのようになろうとした。でも結局、今もクールキャラを気取ってるくせして中身は変れなくて。自分の気持ちすら言葉にできず、心を覗き見して知ってもらいたいなんて願って、それに甘えてさ」
「私も同じだよ。私だって強くなんかない。だって、水無月くんと一緒で、覗き見ようとしたし」
もしあの一件でそう思われていたなら、それは勘違いだ。私はふるふると頭を横に振った。
「それに、あの日以来一歩を踏み出す勇気なんてなくなってた」
「そう……なのか?」
「うん、だからさ一緒に踏み出そう」
今日はもう三回目になる。私から一緒に進もうと言葉で心の手を伸ばす。
「私はね一つきっかけを日向ちゃんにもらった。だから、次は私から」
「踏み出すって……」
「というか、もう踏み出しているのかも。だって私達花を使わず思いを伝えられてるから」
そうなると、これは日向ちゃんのおかげだ。最初から彼女によって、私達の関係が形作られている。
「だからこれを継続してさ、同時に色々とチャレンジしてみようよ。私も頑張るから」
「そう、だな」
硬かった表情が柔和な微笑みになる。
「うんうん! こっからスタートしよう」
きっかけも過程も歪だったのかもしれない。でも出会えたことが重要でまた修正していけばいい。私は心からそう思った。
「いつか。またいつか、その時が来たら俺からその気持を言葉で伝えるよ。だからこれから、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互いに頭を深々と下げた。その、仰々しさに思わず顔を上げて見合わせて、笑った。
それは憑き物が落ちたまっさらな笑顔で。これからの先を明るく照らしてくれたようだった。
「ふふっ。あのさ、玲士君って呼んでいいかな
「ああ。なら俺も……勇花さんって」
「うん!」
ふと柔らかな風が吹く。花の甘い香りが私達の鼻腔を突き抜けて、そのまま消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる