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おまけ:再会と真実
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珠貴と透は高校の頃からの同級生らしい。シグラには”高校”というものは分からなかったが、それが学び舎であることは珠貴が教えてくれた。当時から特別仲が良いわけではなかったという。それでも二人には不思議な縁でもあったのか、卒業後もコンビニやらスーパーやらで顔を合わせる機会が多かったから、そのうちなんとなく話し込むようになり今では相談し合う仲になった。
珠貴にとっての相談事はいつもシグラのことだった。そして透の相談事は、いつも拓真のことだったようだ。
シグラは無事珠貴と両思いになり、本当の恋人になることができた。そして拓真からも透とうまくいったと報告を受けたから、シグラは今幸せの絶頂である。
とある昼過ぎの買い物帰り。シグラはやけに上機嫌に透の家に向かっていた。
「……それで? シグラはなんで今日も透のところに行くの……?」
シグラはもう透の家には住んでいない。しかし漫画の手伝いはまだ続けている。手伝いと言ってもモデルになることなのだが、それでも自立することを考えればお金のために働くことはやめられないのだ。珠貴にはもう何度も行かないでくれと言われた。なんでも珠貴が心配になるからとのことで、そのたびにシグラはもう子どもではないのだからと説き伏せている。
とはいえ今日は、また別の用事があって透の家に向かっていた。
「タマキは来なくても良かったのに。なんだっけ……ノミカイ? があるんでしょ?」
「そんなの断るに決まってるだろ。シグラがほかの男の家に行くのに」
「男って……トオルさんには恋人がいるんだよ」
「分かってるよ。でも面白くない。……今日が広瀬くんの誕生日パーティーっていうのも分かってるけど、それでもやっぱり面白くない」
珠貴は透の家に着くまでずっと渋い顔をしていた。
もう見慣れた大きな平屋の引き戸を開けると、砂を噛んだけたたましい音が響く。シグラは透に声をかけることもなく靴を脱いだ。
――こういった態度も、珠貴には面白くない。
以前ここで暮らしていたから慣れた様子なのは分かるのだが、まるでここが自分の家であるかのように振る舞われるのはどうにも受け入れられなかった。そもそも珠貴が透のところに行くのを引き留めたいのだって、透がシグラの実体がある姿を最初に見て、そして珠貴より先にその感触を知ったからである。透に恋人が居ても関係がない。モデルの仕事のためだからいやらしく触られたわけではないということも言い訳にはならない。珠貴も自分が狭量であることは自覚している。それでもシグラに対する感情はどうにもならなかった。
二人が廊下を歩いていると、リビングから笑い声が聞こえた。まだ拓真は帰ってきていないはずである。彼は透の画策で、短期で取材旅行に行っているのだ。
「すごいよきみ! とっても綺麗だ!」
「ありがとうございます! いんらん法師先生にそんなふうに言ってもらえて嬉しいです……!」
「次の主役はきみに決まりだね!」
「ええ! やったー!」
シグラと珠貴は、聞き慣れない声に目を見合わせた。しかしそれも一瞬だ。シグラは思わず足を早める。拓真の居ない間に透が誰かを連れ込んでいるのなら、それはシグラが叱ってやらなければならない。そんなことをする男ではないと信じたいが、現に誰かが家に居るのだから透を問い詰めるよりほかはない。
「トオルさん!」
リビングの戸を開けた。勇み足でやってきたシグラに、室内に居た二人が同時に振り返る。
透はスケッチブックを持っていた。そしてその正面には、少しだけはだけた格好でポーズをとる、シグラも知っている彼が居た。
「……あ、なたは……」
「あれ? シグラ? なんでシグラがここに居るの?」
間違いない。たった一度だけ、真っ白な世界で出会った彼である。肩ほどまでの髪は黒から金にグラデーションをしていて、顔はきゅっと小さく、特別整っているわけでもない容姿であるのになぜか目が離せない。彼が浮いていたのは不思議な空間で会ったからだと思っていたのだが、今も浮いているために彼の性質なのだろうか。
いや、今はそうではなく。思わず分析を始めた思考に気付き、シグラは一度頭を振った。
「やあシグラくん、おかえり。見てくれ、僕のファンだという子が突然現れてね。どうやらこの世界ではないところから来たらしいんだ」
「いや……はい。えっと……」
「ふぅん。シグラ、誰? 知り合い?」
シグラに追いついた珠貴が、やけに冷ややかな声を出す。
「あ。シグラ、もしかしてその人が前に言ってた恋人?」
ふわふわと浮かんでいた彼が、リビングの入り口で突っ立っている二人に近づいた。
「初めましてー。元シグラです」
「初めまして、紺野珠貴です。……元シグラって何?」
「んー。シグラって別の世界から転移してきたでしょ? その時実体がなかったと思うんだけど、実体がなかった間は僕がその体の中に入ってたっていうか……」
「え! 待ってその話詳しく聞かせて!」
「はい! いんらん法師先生のためでしたらいくらでも!」
彼の腕の中にはすでにサイン本がいくつも抱きしめられていた。彼は本当に透の漫画が好きなのだろう。シグラと珠貴にはもう興味もないのか、彼はすぐに透の元に戻りシグラとの経緯を話している。
珠貴が静かにシグラを見下ろす。その目は、透とは別の意味合いで説明を求めているようだった。
「あー……僕最初霊体だったと思うんだけどね、体だけは元の世界に残されてて、なぜかあの人の魂が僕の体に入ってたんだよね。それだけ」
「なんで返してくれたの?」
「それは分からないけど……恋人と触れ合えないのは寂しいでしょって言って、返してくれた。たぶんあの体が、あの人の本体なんだと思う」
「本当にそれだけ?」
「それだけだよ」
それだけと言う割には、シグラが彼を見つめる瞳はずいぶん優しい。体を共有したからだろうか。何か別の、けれど深い情でも生まれたのかもしれない。
「ならいいよ」
「じゃあ僕はご飯の準備するから、タマキは座ってて。トオルさんも話してないで、早く準備しますよ」
「はっ! そうだ、そうだった。すまないねえきみ、僕はこれから可愛い恋人の誕生日パーティーの準備をしないといけなくて」
「そうなんですね! 応援してます!」
「ふふ、ありがとう」
彼はキラキラと目を輝かせて、キッチンに向かう透を見送る。
珠貴も手伝うと言ったのだが、今日の料理は二人でしたいと言われて大人しくリビングに戻った。先ほどまで透が座っていたソファに腰掛ける。正面には面識のない彼がいた。
「……シグラとうまくやってる?」
先ほどとは打って変わって落ち着いた声音だ。それに思わず視線を上げると、どこか探るような瞳の彼がじっと珠貴を見つめていた。
「……そうですね。それなりに」
「それなら良かった。……もう死にたいなんて思わせないであげてね」
「……死にたい?」
「シグラから聞いてない?」
「さあ。前の世界の話は、シグラがあまりしたがらなくて」
別の世界から来たから、まったく仕様が違うこの世界が分からない。シグラは最初にそう言っていた。そのため珠貴には「前の世界は仕様が違う」という情報しかなく、気になって聞いてみてもいつも話をそらされる。
気にならないわけがない。今でこそよく笑うようになったが、最初の頃はシグラには笑顔なんてものはなかった。だから珠貴も放っておけず、ひとまず繋ぎ止めておくためにシグラと恋人になったのだ。
「なんていうかまあ、シグラは大変だったんだよ。僕はこれまで力で何事も制してきたからシグラみたいな悩みは分からないし、だからこそシグラの体に入ってもやっていけたんだろうけど……うーん。とにかくあれだね、幸せにしてね」
「そのつもりですよ」
「あ。そろそろ戻んないと。……いやー、実は僕子どもが三人居るんだけどね、生まれてからは僕への監視の目がさらにきつくなっちゃって、ちょっと外出するのも大変でさあ……もうあれだよ。毎回脱出ゲームみたいな感覚」
「全然意味が分かりませんが」
「そうだ、忘れてた。僕シグラに謝りたいことあったんだけど……」
彼は一度キッチンに居るシグラに目を向けたが、シグラは透と楽しそうにパーティー料理を作っている。手つきの危ない透に冷や冷やとしているようだが、それでもシグラは笑っていた。
「……ん、待てよ? シグラというより、恋人に謝ったほうが良いのかな?」
「俺に?」
「うん。僕がシグラの体に入ってるとき、男の人とたくさんエッチしちゃってさあ。だからたぶんシグラもエッチのときは気持ち良すぎちゃうと思うんだけど、それは別に浮気したわけじゃないから……あれ? やっぱりシグラに謝るべき?」
うーんと首を傾げる彼を前に、珠貴は思わず動きを止めた。
なるほど、だからあんなにも開発されていたのかとようやく理解する。シグラは頑なに「珠貴とが初めてだ」と言い張っていた。けれど正直信じられなくて、今までずっと信じきれなかった。
まさかこんな形で真実が明らかになるとは。
(それをなんで俺に言うんだこの人……)
普通ならば気を遣って言えないことだろう。最悪、シグラと珠貴の仲が壊れかねない。珠貴にはまったく理解ができないのだが、重婚を済ませている彼にとって……いや、それ以前に性に奔放であった彼にとって、今の発言の何がいけないことなのかも分からないのかもしれない。
ひとまずマイペースに言葉を残すと、彼はあっさりと空間を開く。珠貴には信じられない光景だった。何もないただの空間が引き裂かれ、彼は「じゃあまたね」と爽やかに中に入っていく。その手にはやはり透の漫画が大量に抱きしめられていた。
珠貴がようやく口を開いたとき、その空間は閉じられた。吐き出した息は言葉をなさず、珠貴一人だけが取り残される。
「……あれ? あの人は?」
二人に味見をと、小さな皿に少しばかりの料理を乗せたシグラがやってきた。しかし彼はおらず、シグラはきょろりとあたりを見渡す。
「……帰ったよ。忙しいんだってさ」
「……そっか」
彼と同様、シグラも優しい瞳をしていた。
珠貴では分かり得ない絆があるのだろう。悔しい気持ちを持て余しながら、珠貴はシグラから小皿を奪う。
「シグラを幸せにしてやってねって言われた」
「ええ、何それ。なんか恥ずかしい」
「あと、シグラの体が開発されてるのは自分が男とエッチしてたからだって」
「あ! やっぱり! おかしいと思ったんだよ!」
「それってシグラの意思じゃないし、浮気とも思わないけど……俺はやっぱり腹が立つから、今日はめいっぱい楽しんで、明日からは俺にシグラの時間をちょうだい」
「……時間をもらってどうするの……?」
嫌な予感がする。そう思いながらもおそるおそる確認すれば、珠貴がいつものように優しく微笑む。
「ずっと突っ込んどく。俺以外じゃ満足できないくらい気持ち良くなってもらって、お風呂に入るときも、トイレに行くときも、ご飯を食べてるときもずっと挿れっぱなしにすんの。いいでしょ?」
「……よ、よくないよ」
「だから今日だけは楽しんでね。次、いつ外に出られるか分かんないから」
冗談にもならない珠貴の言葉に、シグラは思わず引きつった笑みを浮かべた。
ちなみに。
朝方「いんらん法師先生に会いたい! サインが欲しい!」と言って以来消えていた彼は、彼の帰りを待ち構えていた夫たち全員に戻った途端に抱き潰されたのだが、これはシグラも知らない話である。
珠貴にとっての相談事はいつもシグラのことだった。そして透の相談事は、いつも拓真のことだったようだ。
シグラは無事珠貴と両思いになり、本当の恋人になることができた。そして拓真からも透とうまくいったと報告を受けたから、シグラは今幸せの絶頂である。
とある昼過ぎの買い物帰り。シグラはやけに上機嫌に透の家に向かっていた。
「……それで? シグラはなんで今日も透のところに行くの……?」
シグラはもう透の家には住んでいない。しかし漫画の手伝いはまだ続けている。手伝いと言ってもモデルになることなのだが、それでも自立することを考えればお金のために働くことはやめられないのだ。珠貴にはもう何度も行かないでくれと言われた。なんでも珠貴が心配になるからとのことで、そのたびにシグラはもう子どもではないのだからと説き伏せている。
とはいえ今日は、また別の用事があって透の家に向かっていた。
「タマキは来なくても良かったのに。なんだっけ……ノミカイ? があるんでしょ?」
「そんなの断るに決まってるだろ。シグラがほかの男の家に行くのに」
「男って……トオルさんには恋人がいるんだよ」
「分かってるよ。でも面白くない。……今日が広瀬くんの誕生日パーティーっていうのも分かってるけど、それでもやっぱり面白くない」
珠貴は透の家に着くまでずっと渋い顔をしていた。
もう見慣れた大きな平屋の引き戸を開けると、砂を噛んだけたたましい音が響く。シグラは透に声をかけることもなく靴を脱いだ。
――こういった態度も、珠貴には面白くない。
以前ここで暮らしていたから慣れた様子なのは分かるのだが、まるでここが自分の家であるかのように振る舞われるのはどうにも受け入れられなかった。そもそも珠貴が透のところに行くのを引き留めたいのだって、透がシグラの実体がある姿を最初に見て、そして珠貴より先にその感触を知ったからである。透に恋人が居ても関係がない。モデルの仕事のためだからいやらしく触られたわけではないということも言い訳にはならない。珠貴も自分が狭量であることは自覚している。それでもシグラに対する感情はどうにもならなかった。
二人が廊下を歩いていると、リビングから笑い声が聞こえた。まだ拓真は帰ってきていないはずである。彼は透の画策で、短期で取材旅行に行っているのだ。
「すごいよきみ! とっても綺麗だ!」
「ありがとうございます! いんらん法師先生にそんなふうに言ってもらえて嬉しいです……!」
「次の主役はきみに決まりだね!」
「ええ! やったー!」
シグラと珠貴は、聞き慣れない声に目を見合わせた。しかしそれも一瞬だ。シグラは思わず足を早める。拓真の居ない間に透が誰かを連れ込んでいるのなら、それはシグラが叱ってやらなければならない。そんなことをする男ではないと信じたいが、現に誰かが家に居るのだから透を問い詰めるよりほかはない。
「トオルさん!」
リビングの戸を開けた。勇み足でやってきたシグラに、室内に居た二人が同時に振り返る。
透はスケッチブックを持っていた。そしてその正面には、少しだけはだけた格好でポーズをとる、シグラも知っている彼が居た。
「……あ、なたは……」
「あれ? シグラ? なんでシグラがここに居るの?」
間違いない。たった一度だけ、真っ白な世界で出会った彼である。肩ほどまでの髪は黒から金にグラデーションをしていて、顔はきゅっと小さく、特別整っているわけでもない容姿であるのになぜか目が離せない。彼が浮いていたのは不思議な空間で会ったからだと思っていたのだが、今も浮いているために彼の性質なのだろうか。
いや、今はそうではなく。思わず分析を始めた思考に気付き、シグラは一度頭を振った。
「やあシグラくん、おかえり。見てくれ、僕のファンだという子が突然現れてね。どうやらこの世界ではないところから来たらしいんだ」
「いや……はい。えっと……」
「ふぅん。シグラ、誰? 知り合い?」
シグラに追いついた珠貴が、やけに冷ややかな声を出す。
「あ。シグラ、もしかしてその人が前に言ってた恋人?」
ふわふわと浮かんでいた彼が、リビングの入り口で突っ立っている二人に近づいた。
「初めましてー。元シグラです」
「初めまして、紺野珠貴です。……元シグラって何?」
「んー。シグラって別の世界から転移してきたでしょ? その時実体がなかったと思うんだけど、実体がなかった間は僕がその体の中に入ってたっていうか……」
「え! 待ってその話詳しく聞かせて!」
「はい! いんらん法師先生のためでしたらいくらでも!」
彼の腕の中にはすでにサイン本がいくつも抱きしめられていた。彼は本当に透の漫画が好きなのだろう。シグラと珠貴にはもう興味もないのか、彼はすぐに透の元に戻りシグラとの経緯を話している。
珠貴が静かにシグラを見下ろす。その目は、透とは別の意味合いで説明を求めているようだった。
「あー……僕最初霊体だったと思うんだけどね、体だけは元の世界に残されてて、なぜかあの人の魂が僕の体に入ってたんだよね。それだけ」
「なんで返してくれたの?」
「それは分からないけど……恋人と触れ合えないのは寂しいでしょって言って、返してくれた。たぶんあの体が、あの人の本体なんだと思う」
「本当にそれだけ?」
「それだけだよ」
それだけと言う割には、シグラが彼を見つめる瞳はずいぶん優しい。体を共有したからだろうか。何か別の、けれど深い情でも生まれたのかもしれない。
「ならいいよ」
「じゃあ僕はご飯の準備するから、タマキは座ってて。トオルさんも話してないで、早く準備しますよ」
「はっ! そうだ、そうだった。すまないねえきみ、僕はこれから可愛い恋人の誕生日パーティーの準備をしないといけなくて」
「そうなんですね! 応援してます!」
「ふふ、ありがとう」
彼はキラキラと目を輝かせて、キッチンに向かう透を見送る。
珠貴も手伝うと言ったのだが、今日の料理は二人でしたいと言われて大人しくリビングに戻った。先ほどまで透が座っていたソファに腰掛ける。正面には面識のない彼がいた。
「……シグラとうまくやってる?」
先ほどとは打って変わって落ち着いた声音だ。それに思わず視線を上げると、どこか探るような瞳の彼がじっと珠貴を見つめていた。
「……そうですね。それなりに」
「それなら良かった。……もう死にたいなんて思わせないであげてね」
「……死にたい?」
「シグラから聞いてない?」
「さあ。前の世界の話は、シグラがあまりしたがらなくて」
別の世界から来たから、まったく仕様が違うこの世界が分からない。シグラは最初にそう言っていた。そのため珠貴には「前の世界は仕様が違う」という情報しかなく、気になって聞いてみてもいつも話をそらされる。
気にならないわけがない。今でこそよく笑うようになったが、最初の頃はシグラには笑顔なんてものはなかった。だから珠貴も放っておけず、ひとまず繋ぎ止めておくためにシグラと恋人になったのだ。
「なんていうかまあ、シグラは大変だったんだよ。僕はこれまで力で何事も制してきたからシグラみたいな悩みは分からないし、だからこそシグラの体に入ってもやっていけたんだろうけど……うーん。とにかくあれだね、幸せにしてね」
「そのつもりですよ」
「あ。そろそろ戻んないと。……いやー、実は僕子どもが三人居るんだけどね、生まれてからは僕への監視の目がさらにきつくなっちゃって、ちょっと外出するのも大変でさあ……もうあれだよ。毎回脱出ゲームみたいな感覚」
「全然意味が分かりませんが」
「そうだ、忘れてた。僕シグラに謝りたいことあったんだけど……」
彼は一度キッチンに居るシグラに目を向けたが、シグラは透と楽しそうにパーティー料理を作っている。手つきの危ない透に冷や冷やとしているようだが、それでもシグラは笑っていた。
「……ん、待てよ? シグラというより、恋人に謝ったほうが良いのかな?」
「俺に?」
「うん。僕がシグラの体に入ってるとき、男の人とたくさんエッチしちゃってさあ。だからたぶんシグラもエッチのときは気持ち良すぎちゃうと思うんだけど、それは別に浮気したわけじゃないから……あれ? やっぱりシグラに謝るべき?」
うーんと首を傾げる彼を前に、珠貴は思わず動きを止めた。
なるほど、だからあんなにも開発されていたのかとようやく理解する。シグラは頑なに「珠貴とが初めてだ」と言い張っていた。けれど正直信じられなくて、今までずっと信じきれなかった。
まさかこんな形で真実が明らかになるとは。
(それをなんで俺に言うんだこの人……)
普通ならば気を遣って言えないことだろう。最悪、シグラと珠貴の仲が壊れかねない。珠貴にはまったく理解ができないのだが、重婚を済ませている彼にとって……いや、それ以前に性に奔放であった彼にとって、今の発言の何がいけないことなのかも分からないのかもしれない。
ひとまずマイペースに言葉を残すと、彼はあっさりと空間を開く。珠貴には信じられない光景だった。何もないただの空間が引き裂かれ、彼は「じゃあまたね」と爽やかに中に入っていく。その手にはやはり透の漫画が大量に抱きしめられていた。
珠貴がようやく口を開いたとき、その空間は閉じられた。吐き出した息は言葉をなさず、珠貴一人だけが取り残される。
「……あれ? あの人は?」
二人に味見をと、小さな皿に少しばかりの料理を乗せたシグラがやってきた。しかし彼はおらず、シグラはきょろりとあたりを見渡す。
「……帰ったよ。忙しいんだってさ」
「……そっか」
彼と同様、シグラも優しい瞳をしていた。
珠貴では分かり得ない絆があるのだろう。悔しい気持ちを持て余しながら、珠貴はシグラから小皿を奪う。
「シグラを幸せにしてやってねって言われた」
「ええ、何それ。なんか恥ずかしい」
「あと、シグラの体が開発されてるのは自分が男とエッチしてたからだって」
「あ! やっぱり! おかしいと思ったんだよ!」
「それってシグラの意思じゃないし、浮気とも思わないけど……俺はやっぱり腹が立つから、今日はめいっぱい楽しんで、明日からは俺にシグラの時間をちょうだい」
「……時間をもらってどうするの……?」
嫌な予感がする。そう思いながらもおそるおそる確認すれば、珠貴がいつものように優しく微笑む。
「ずっと突っ込んどく。俺以外じゃ満足できないくらい気持ち良くなってもらって、お風呂に入るときも、トイレに行くときも、ご飯を食べてるときもずっと挿れっぱなしにすんの。いいでしょ?」
「……よ、よくないよ」
「だから今日だけは楽しんでね。次、いつ外に出られるか分かんないから」
冗談にもならない珠貴の言葉に、シグラは思わず引きつった笑みを浮かべた。
ちなみに。
朝方「いんらん法師先生に会いたい! サインが欲しい!」と言って以来消えていた彼は、彼の帰りを待ち構えていた夫たち全員に戻った途端に抱き潰されたのだが、これはシグラも知らない話である。
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