へルマンのお嫁さん

千代子レイ子

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 田中利奈たなかりなはその日絶望していた。

 引っ越して心機一転するつもりだったのに大好きなゲームがいきなりサ終発表した。

 恋愛に臆病な私が唯一楽しめるコンテンツだったのに神様は随分意地悪だと落胆したものだ。

「はぁ。王家の鈴蘭に出てくるへルマン様に似てたのに!」

 私は昔ハマった乙女ゲームを久しぶりに引っ張り出した。もう何回繰り返したか分からない。でもへルマンに恋した私はこの中でもう一度恋愛する。

 あぁ、本物に会えたらなぁ……。

 とても痛い思想をしていた時、トイレの隣にある物置部屋から不振な音がした。私は警戒しながら護身用の野球バットを持って物置小屋を勢いよく開けると、知らない扉がもう1つ目の前にある。不思議に思って恐る恐る開けるとどうやら外のようで勝手口がこんな所にあったらしい。

 玄関からサンダルを持ってきて辺りを軽く見回す。

「えっ? ここはどこ?」

 明らかに違う場所だ。もしこの位置に庭があってもお隣のマンションが見えていないとおかしいのに、何処を見回しても森しかない。

 不安に感じた私は家に戻ろうと振り返ると開けた入り口近くに男の人が座っていた。一瞬恐怖に包まれたがよく見ると大好きなへルマンにメチャクチャ似ているではないか!

 その男は少し汚れていたが、2次元のへルマンを3次元にしたような姿で私はかなり興奮してしまった。だから普段は決してしない行動に出れたんだと思う。

 だって気付くと私はその男性に声をかけていたから。

「あ、あの、どうしました?」
「……食い物をくれ……」

 か細い声で食料を求めたので私は一旦家に戻り、水のペットボトルとパン屋の菓子パンを渡した。すると男性は凄い勢いでパンを食べてしまう。

「ふぅ。ありがとう! 助かった!! しかもメチャクチャ旨いパンだった!!」

 顔を上げた男性。そこには夢にまで見たへルマンそっくりの顔。しかも声までそっくり!! 私はますます感動してしまった。


「あの! まだ食べますか?」
「いや、今あんまり金がなくてね」
「お金はいいです! その、試食に協力して欲しいので!!」

 へルマンにそっくりな男性とまだ話をしたくて、とっさに嘘をつく。すると俺でいいならと試食を了承してくれた。


「いやー! どれも旨かったぜ! あんた天才だよ!」
「そうですか。あ、ありがとうございます」
「俺はへルマン! ここいらで冒険者をしてる。何かあったら頼ってくれ! パンの礼をする!」
「えっ? へルマン?」
「? そうだが?」

 まさかのへルマン。名前も冒険者職業と言うのも一緒だ。

「嘘。まさか本物……」
「?」
「あ、あの! ずっとずっとファンでした!!」
「へっ? 俺の?」
「はい!!」

 違うかもしれないけど、その喋り方や動きもゲームとまんま同じだ。

「はは! そりゃ嬉しいな! ありがとうよ!」
「はい! これからも応援しています!」



 それから私は休みの度にあの扉からへルマンを見に、近くの冒険者ギルドがやっている飲食店に通うようになった。

 そしてこちらの異世界紙幣を手にいれる為に私は100均で材料を購入してはヘアアクセサリーを作り、それを衣料品店に売って小金を稼いではへルマンの姿を見る推し活に全力を注いだ。

 そんなおり冒険者ギルドがにわかに騒がしい。何やら兵士とへルマンが言い争っている。

「だから、俺はその日そんな場所にいっちゃいねぇって!」
「だが、目撃者がお前の名前を言っていた」

 ふと私はその時ゲームのへルマンが過去回想で冤罪をかけられるシーンを思い出した。

「待ってください!!」

 気付いたらへルマンと兵士の間に入り込んでいた。

「それは何日の何時頃の事件ですか?」
「なんだお前は!」
「答えられないんですか?」
「!! ……昨日の昼過ぎだ!!」

 兵士は吐き捨てるように私に言い放つ。

「なら絶対に違うわ! 私は彼と一緒に市場にいたもの!」
「それを信じろと?」
「あなたこそ、目撃者の言葉を鵜のみにするの?」
「だからそれを確かめる為に来たんだ!!」
「なら私の証言が正確なのも分かるわよね? あなたの目が節穴じゃなければ私のように異国の娘が市場にいたら皆目を引いて覚えているものよ?」

 そう、私は日本人だ。この世界の容姿とはだいぶ異なる。黒髪の異国人が男と市場にいれば昨日事くらい皆覚えているはずだ。むしろギルドから市場までの道のりだって皆見て覚えている人が沢山出てくるくらいの自信はある。

「ぐっ。分かった。市場で聞き込みをしてくる。お前たち行くぞ!!」

 こうしてあっさりへルマンの容疑は晴れた。そう、市場の人間が皆覚えていたのだ。しかも時間帯から足取りまでバッチリ証言が沢山出てしまっていて、兵士は有無を言わさない証拠に一言すまなかったと言って帰って行った。

「良かったですね。へルマンさん!!」
「…………なんでそこまで…………」
「言ったでしょう? ファンだって! 守るのは当たり前ですよ!!」

 ニッコリと笑う私にへルマンはありがとうなと、はにかんでくれた。ご褒美スキルGETだ!!

 それからへルマンと私の距離は急激に近くなり、私はへルマンの借家にご飯を作りに行くような関係にまでになっていた。



「あー、何か雨が強くなってきましたね。うーん。走れば何とかなるかな……」
「…………泊まってけばいい……」
「えっ?」
「何も濡れて帰ることねぇだろ?」
「でもご迷惑をかけるわけには……」

 少し困惑する私にへルマンは急に優しく抱きしめてきた。

「なぁ。もうファンじゃなくて、俺の恋人になれよ」

 耳元で囁くへルマンボイスに私は腰が砕けて立てなくなる。するとへルマンはさっと抱き上げてそのまま寝室へと私を連れていった。

「腰が砕けるほど俺に夢中なんだろ? 俺はお前が兵士の前に立って毅然と無実の証明をしてくれたことも、腹を空かした俺にパンを無償で渡してくれたこともちゃんと覚えている」

 そこには今まで見たこともない私に恋するへルマンがいた。ゲームのイベントでもスチルでも見たことのない、欲情しているへルマンだ。

「……えっ、へルマン?」
「俺はお前が欲しい。ファンじゃなくて恋人になれよ。……お前が他の男の所に行くなんざ見たくねぇ!!」

 すると返事をする前にへルマンは私にいきなりキスをした。それもディープな大人のキスだ。

「へル……んっ、……っ、……んんっ……」

 まるで返事を聞きたくないみたいに何度も何度も角度を変えてキスをしては口を塞ぐ。

 (なんでそんなにつらそうにキスをするの?)

 息も絶え絶えになった頃、へルマンはやっとキスを止めてくれた。だけど私を強く抱きしめる腕はほどかれない。

「……愛してるんだ。リナ・・俺の女になれよ……」
「えっ?……名前……」
「知ってるさ。好きな女の名前くらい」

 一瞬、私の時が止まった。信じられない! 嬉しい現実に夢かと思ってしまったほどだ。

「へルマン…………」
「俺のものになれ、リナ……頷いてくれ……」
「……うん。なる。へルマンの恋人になる! 私も大好き!!」
「知ってる!!」

 そうして笑顔になったへルマンから再びキスの雨が私に降りだした。



「えっと、あの、へルマン……今更何だけど、私、その、処女なの……」
「へっ?」
「ち、知識はちゃんとあるよ! でも初めてなのだから……その……」
「……マジか……」

 やっぱり処女は重いかと不安になり、気持ちが沈み始めた時へルマンが急にまた抱き付いてきた。

「リナの初めてを俺が貰えんの? マジか。嬉しすぎる!」
「えっ? 嬉しいの?」
「嬉しいに決まってるだろ!!」

 赤面したへルマンの瞳には喜びが満ち溢れていた。

「リナ、お前の初めてが俺で良かった」
「……うん。私もへルマンに、あげれて嬉しい……」
「!! くっ、このたらしめ!!」
「えっ?」

 ちゅっ。

「覚悟しろ、リナ。今日は寝かせねぇ……」
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