フータと俺

春川桜

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フータ

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いつもと同じ道を通って、いつもと同じ風景を見る。
それだけのはずなのに。
「ん?」
異分子を見つけるのはまぁ、はやいものだ。





俺は三島弘寿(ひろと)。25歳のフリーター。
弘寿、なんて漢字はめでたいが上手くいってる訳でもない。就活が50連敗で心にキてフリーターという、ごくありふれた一般人だ。
今日もガテン系のバイトを終えていつもと同じ帰り道を通ってたところ。
ところ、だったんだがな…。
「ハァー…。」
ついため息がでる。そりゃ出る。
自分の部屋の前に見知らぬやつが座っているからな。
身なりは普通だが、ボサボサの髪が目元を覆っている。
そして何より、俺よりガタイがいい。
座ってる時点でそう思えるのだから、立ったら身長も俺を超えるんじゃなかろうか。
(割りと高身長・細マッチョでやってきたんだけどなー)
誰に言い訳するでもなく、ぼんやりと思う。
今日のバイト先でもいつも誉められるのにな、と性懲りもなく思っていると、やつがこちらを見た。
ん?
んん?
近づいてくる?
(あ、やっぱ俺よりデケェわ)
自分の数少ない長所を獲られたようで、つい睨んでしまう。そして警戒。
人としての本能が出たカタチだな、うん。
「んだよ」
だから言葉遣いが悪くなるのも仕方ないな。
だがやつはそんな事気にしないように、俺の腕をつかんで歩いていく。
「うぉっと!」
なんなんだ一体。どこにつれてかれるんだ。
「おい、止まれ!」
止まった。案外素直なのか?
と思ったら俺の部屋の前じゃねぇか。
鍵を指差してるから鍵出せって意味なのか?
は?いやだ。誰が見知らぬやつを家にあげるんだ。
「あのな、見知らぬやつを家に入らせることはしないぞ。防犯上」
「F16号」
「え、名乗ったのか今。」
こんな状況で、しかも今考えたようなふざけた名前を名乗りやがって。
なんだかムカムカと俺の怒りゲージが溜まっていく。
「ふざけてんのか?」
「ふざけてない。これが僕の名前。」
「はぁ?」
「F16号」
なに?なんなの、ほんと。
「F16号が僕の名前」
「あ、左様っすか…」
なんなんだ、なんなんだこいつ!
『F16号と名乗る不審者が家の前にいるんですけど』なんて。
警察行っても突き返されるな、これは。
「で?なに?俺になんか用?」
「オニイサン、お名前。」
「俺?俺は、あー、ヒロ」
「ヒロ。ヒロ、ここ開けて。」 
「いやだけど」
「なんで?」
「なんでってなんで?初対面の、しかも不審者には開けないから」
「ヒロと僕。初対面じゃないよ」
「ハァ?お前みたいなの忘れるかよ」
やめろ、そこで嬉しそうにするな、マイナスイメージからの「忘れるかよ」だから。
「開けて開けて開けてー」
ガチャガチャと不審者と戦うドア。
その音が聞こえるうちはまだ安ぜ…
「あ、開いた。オジャマシマス」
勇敢に戦ったドアは開かれ、ドアチェーンは無惨に飛び散って不審者の来訪を受け入れた。
(バイトで疲れてるんだ、きっと)
見た目の割には幼いしゃべり方とか、怪しい名前や問答無用に鍵を開けさせる遠慮のなさとか安全面・常識諸々をドアチェーンと共に粉々にした。そうでもないとやっていけない。
壊れたドアとチェーンの請求代にも目をつぶりながら、俺はドアを閉めた。


なんてことない我が家。そこに異分子が一人。
「お腹減った?」
まるで主のようにそんな事を聞いてくる。
聞いたところで何をしようってんだよ。
「ねぇヒロ、お腹減った?」
「腹減ってようがどうだろうが、お前に出来ることはないだろ。大人しく座ってろ。それか出てけ。」
「出ていかないよ。ヒロはお腹減った?」
話が通じない。
こんな時どうすればいいんだっけ。
「ねえ、お腹減った?」
「アー、ウン。オナカヘッタナー。」
“相手の言うことに合わせる“
とりあえず話が合わないやつにはそうすれば問題ない。
これが俺なりの処世術。
まぁ、腹減ったのは嘘ではないし。
「うん、わかった。」
そう言ってやつは服を脱ぎ始めた。
「え、なになに!?」
「ヒロはお腹減ったんでしょ?」
「あぁ…。まあな。」
「わかった。」
だから、何がだよ。
頭はずっと混乱中。
なんだ今日は厄日なのか?
だがここでゴチャゴチャ言っても終わらない。
何より俺がゴチャゴチャグダグダすると、家の破損品が増えるばかりだ。
俺は黙ってやつの行動を見ることにした。
やつは緩慢に腕を挙げると
「うわっ!」
俺にしがみついてきた。
いや抱きついてきた、に近いのか?
「ヒロ、ぎゅー。」
俺より十何cmか上にある顔は至って真面目。
というか真顔に近い。
「なんなんだよ。」
「ぎゅーってしたらいいんだよ。」
「腹は膨れないだろ…。」
呆れてそう伝えると、キラリと光った瞳がこちらを覗いてきた。
「いいの?」
「は?」
「ヒロはお腹膨れたい?」
「???」
急にやつの空気が鋭くなる。
そしてやつは耳元で囁いた。
「ヒロは“お腹いっぱい“にしたいんだよね?」
「は、っ…!!」
背筋を這うような電撃が走る。
そして体も火照ってくる。
なんだか暑い。
(暖房つけてたっけ?)
慌てて暖房を消そうと試みるも、その手はやつに囚われてしまった。てか異常に力が強い!!振りほどけねぇ!!
「うん、わかった。」
「ひゃっ…」
手の異常な冷たさから、つい声が出る。
抗議しようとヤツの方を振り返ると、今度は逆に息が詰まった。
ヤツの顔が、少し見えた。
髪から少し覗いた顔立ちは、美形といっても過言ではない。
どちらかというと彫りが深い俺の顔立ちとは真逆の、色素が薄いオウジサマ。
「ヒロのこと、僕でいっぱいにするね」
「は」
ガツン、と頭に衝撃が走る。
(やつは今なんて言ったんだ?)
呆けてる間にもやつは俺をTシャツ一枚にしていく。
鮮やかな手つきだ。
「ちょっ、待て」
「ヒロは美味しそうだね。」
俺の言葉に耳を傾けず、やつはなんともイイ声でそう言った。
言ったというよりも、溢れてしまったという表現が正しいようだ。
現にやつは恍惚とした表情を浮かべて、拘束されたままの俺の手を取った。
「たくさん、たーくさん、注いであげるね。」
床に背中がくっつき、もがいてもヤツの檻からは逃げられそうになかった。
そのまま、俺はパクリと食べられた。




目が覚めると、バイト時間をとうに過ぎていた。
昨日の気持ちよさは夢だろうか。
そして腰と尻の痛さが現実だと思い知らせてくる。
「おはよう、ヒロ。」
後片付けもせずに真っ裸でゴロゴロしていたらしい。
俺の中は確かに“やつの“でいっぱいだ。
「ん?」
「わわ」
ゴロゴロしていたやつの顔を至近距離からまじまじと見る。
(やっぱやつはかなりの美形だ…。)
妹が歓声をあげるような、そんなキラキラとした顔立ちをシャッターのように髪で隠している。
「ヒロ?」
こてん、と首を傾げる様子も女性が放っておかないだろう。
それに、なんだ…。
めっちゃ気持ちよかった、し…
「ぐわぁぁぁぁ!!!」
「?ヒロ、どうしたの?」
「俺はどうしたらいいんだ!」
「なにが?」
『お前をセフレにしたい!』って言うのは俺のモラルが許さない。
そして俺はこんなに性に奔放なのか、という疑念。
(気持ちいいことは、まぁ好きだし…。いや、でも、不審者とってなかなかな一夜じゃないか!?AVぐらいでしか観たことないぞ!)
「ヒロ」
「…何」
「気持ちよかった?」
「おま」
「おなかいっぱいなった?」
「…」
「これからは毎日しようね」 
「ま、」
マジで、と出そうになった言葉を止めた。
流されてはいけない、いけないのだヒロ。
「人間はあさも食べる」
「あ、あぁ」
「ヒロの朝ごはん」
「んん?」
そう言ってやつ『朝ごはん』を俺にくれた。
当然、この上なく気持ちよかった。


「?」
俺は複雑な気持ちでヤツの前髪を戻した。
モラルのある俺は警察に通報すべきと言い、性に奔放なオレはこいつを手離したくないと思い始めている。
「おい。」
「おい、じゃないよ。F16号だよ。」
「あっそ」
煎餅布団の上で二人、包まりながらピロートーク。
にしては会話に色気がないもんだ。
俺は近くにあったiQOSを肺いっぱいに吸う。
そして吐き出す。
その間もモラルと奔放さんで喧嘩が起き。
「…お前、彼女いる?」
奔放さんなオレが勝った。
「かのじょ?ヒロ?」
「あー、そんな感じ?」
この純粋さが眩しいような。
「家は?」
「ここ」
「ここは俺ん家な」
「ヒロの家がぼくの家」
ダメだ、なんも分からない。
分からないが。
「?」
なんか憎めないんだよな。やっぱ顔か?顔がいいからか?
「名前は?」
「?」
「名前、あるだろ?」
「F16号」
「長いんだよ、その名前。エフ、フ、フータでいいか」
フータは実家で飼ってた犬の名前だ。
さすがに犬の名前を流用するのは、と思ったが元々の名前も“F16号“なのでどっちもどっちだ。
「ふうた、ふーた、フータ。」
「そう、フータ。いい名前だろ。」
「うん、ありがとう。」
「おう」
「ヒロのこと、ずっとおなかいっぱいにしてあげるね」
「はぁ!?それは、まぁ…」
そうしてやつ、フータと俺の長い同居生活が始まりそうなのであった。
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