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第一話 嘲笑の婚約破棄
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「フェリシア・ド・ヴァレンシュタイン!貴様との婚約を破棄する!」
響き渡る声は、王子のものだった。場所は王宮の舞踏会。きらびやかなシャンデリアの下、数百の貴族たちの視線が一斉に、中央に立つたった一人の女性に注がれる。彼女こそが、この国の筆頭公爵家、ヴァレンシュタイン公爵家の令嬢、フェリシアである。
「真実の愛を見つけたのだ!私を縛り付ける貴様のような冷酷な女は、もう必要ない!」
王子の隣には、可憐なドレスに身を包んだ、いかにも庇護欲をそそる少女が寄り添っていた。下級貴族出身の男爵令嬢、リリアーナ。彼女は潤んだ瞳で王子を見上げ、震える声で囁いた。「殿下……わたくしのために、そこまで……」
フェリシアは、その光景を冷めた目で眺めていた。内心では(また始まったわ。この程度の茶番劇に、いつまで付き合えばいいのかしら)と思っていた。
彼女は生まれながらの完璧主義者だった。ヴァレンシュタイン公爵家は、建国以来この国で最も権威ある貴族であり、彼女はその嫡流として育てられた。容姿は神が与えたとしか思えないほどに絶世の美貌。すらりと伸びた手足、雪のような白い肌、そして見る者を射抜くような紫水晶の瞳。その美しさは、まとうドレスや宝石の輝きさえ霞ませるほどだった。頭脳も明晰で、幼少期からあらゆる学問を極め、社交界では常に一歩先を行く存在だった。
だが、彼女の性格は、その完璧な外見とは裏腹に、極めて冷徹だった。計算高く、人を駒としか見ていない。表面上は淑女を演じていたが、内心では下劣な人間どもを軽蔑していた。
「殿下……わたくしと殿下の婚約は、すでにヴァレンシュタイン公爵家と王家との間で取り決められた、国家間の盟約に等しいもの。それを、そちらの男爵令嬢ごときとの『真実の愛』とやらで破棄なさると?」
フェリシアの声は、驚くほど冷静だった。動揺も、怒りも、悲しみも、一切含まれていない。その堂々たる態度に、王子は顔を赤らめた。
「うるさい!貴様がどれほど高位であろうと、もはや私には関係ない!このリリアーナこそが、私の魂を癒す唯一の存在なのだ!」
貴族たちの間から、ひそひそと囁き声が漏れる。
「やはりあのヴァレンシュタイン令嬢も、ついに終わりか……」
「高飛車な性格が、とうとう災いしたのだな」
「しかし、あの美貌と家格は惜しいが……」
嘲笑と憐憫の入り混じった視線。しかし、フェリシアにはどうでもよかった。彼女は淡々と王子とリリアーナを見据え、一呼吸置いた。
「かしこまりました。殿下がそこまで仰るのであれば、喜んで婚約を破棄いたしますわ。ただし――」
フェリシアの紫水晶の瞳が、王子とリリアーナを射抜いた。
「わたくしとの婚約を破棄した代償、それだけは、覚悟なさいますよう」
その言葉は、まるで氷の刃のように冷たく、しかし底知れない重みを持っていた。王子もリリアーナも、一瞬、その威圧感にたじろいだ。しかし、すぐに王子は鼻で笑った。
「代償だと?貴様のような冷たい女が、私に何ができるというのだ?せいぜい、泣き喚いてみせるがいい!」
フェリシアは嘲笑に満ちた周囲の貴族たち、そして得意げな王子とリリアーナをゆっくりと見渡した。そして、ふっと、口元に薄い笑みを浮かべた。
(いいでしょう。ならば見せて差し上げますわ。生まれ持ったものが、どれほど強大な力を持つのかを)
彼女の瞳の奥で、復讐の炎が静かに燃え上がっていた。
響き渡る声は、王子のものだった。場所は王宮の舞踏会。きらびやかなシャンデリアの下、数百の貴族たちの視線が一斉に、中央に立つたった一人の女性に注がれる。彼女こそが、この国の筆頭公爵家、ヴァレンシュタイン公爵家の令嬢、フェリシアである。
「真実の愛を見つけたのだ!私を縛り付ける貴様のような冷酷な女は、もう必要ない!」
王子の隣には、可憐なドレスに身を包んだ、いかにも庇護欲をそそる少女が寄り添っていた。下級貴族出身の男爵令嬢、リリアーナ。彼女は潤んだ瞳で王子を見上げ、震える声で囁いた。「殿下……わたくしのために、そこまで……」
フェリシアは、その光景を冷めた目で眺めていた。内心では(また始まったわ。この程度の茶番劇に、いつまで付き合えばいいのかしら)と思っていた。
彼女は生まれながらの完璧主義者だった。ヴァレンシュタイン公爵家は、建国以来この国で最も権威ある貴族であり、彼女はその嫡流として育てられた。容姿は神が与えたとしか思えないほどに絶世の美貌。すらりと伸びた手足、雪のような白い肌、そして見る者を射抜くような紫水晶の瞳。その美しさは、まとうドレスや宝石の輝きさえ霞ませるほどだった。頭脳も明晰で、幼少期からあらゆる学問を極め、社交界では常に一歩先を行く存在だった。
だが、彼女の性格は、その完璧な外見とは裏腹に、極めて冷徹だった。計算高く、人を駒としか見ていない。表面上は淑女を演じていたが、内心では下劣な人間どもを軽蔑していた。
「殿下……わたくしと殿下の婚約は、すでにヴァレンシュタイン公爵家と王家との間で取り決められた、国家間の盟約に等しいもの。それを、そちらの男爵令嬢ごときとの『真実の愛』とやらで破棄なさると?」
フェリシアの声は、驚くほど冷静だった。動揺も、怒りも、悲しみも、一切含まれていない。その堂々たる態度に、王子は顔を赤らめた。
「うるさい!貴様がどれほど高位であろうと、もはや私には関係ない!このリリアーナこそが、私の魂を癒す唯一の存在なのだ!」
貴族たちの間から、ひそひそと囁き声が漏れる。
「やはりあのヴァレンシュタイン令嬢も、ついに終わりか……」
「高飛車な性格が、とうとう災いしたのだな」
「しかし、あの美貌と家格は惜しいが……」
嘲笑と憐憫の入り混じった視線。しかし、フェリシアにはどうでもよかった。彼女は淡々と王子とリリアーナを見据え、一呼吸置いた。
「かしこまりました。殿下がそこまで仰るのであれば、喜んで婚約を破棄いたしますわ。ただし――」
フェリシアの紫水晶の瞳が、王子とリリアーナを射抜いた。
「わたくしとの婚約を破棄した代償、それだけは、覚悟なさいますよう」
その言葉は、まるで氷の刃のように冷たく、しかし底知れない重みを持っていた。王子もリリアーナも、一瞬、その威圧感にたじろいだ。しかし、すぐに王子は鼻で笑った。
「代償だと?貴様のような冷たい女が、私に何ができるというのだ?せいぜい、泣き喚いてみせるがいい!」
フェリシアは嘲笑に満ちた周囲の貴族たち、そして得意げな王子とリリアーナをゆっくりと見渡した。そして、ふっと、口元に薄い笑みを浮かべた。
(いいでしょう。ならば見せて差し上げますわ。生まれ持ったものが、どれほど強大な力を持つのかを)
彼女の瞳の奥で、復讐の炎が静かに燃え上がっていた。
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