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1章 始まり

黒髪の魔女

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「痛っ!」

腕に走る痛みに目を覚ます。

メイドがまるでゴミを見るような目で私を見ている。

「早く起きてください」

それは主人の家族に、つまりは貴族に対する態度では無かった。しかし間違いなく、このメイドが腕をつねった相手は貴族。

ディトレイア家の長女、リリシア・ディトレイア。

「はい。ごめんなさい」

普通の貴族が目にすれば、驚きのあまり自らの正気を疑うだろう、その光景。

それすら、このディトレイア家では最早当たり前の光景であった。





メイドは着替えをさせてはくれない。

自分でできるし、自分でやる。

とても質素なワンピース、およそ侯爵家の令嬢が身にまとうものでは無いであろうそれを身に纏い。

階段をゆっくり降りる。

慎重に、音を立てないように。

下を向きながら。


しかし


「ちょっと!朝からあんたの顔見るなんて最悪!アタシの前に出てこないでよ!!」

甲高い声が耳を震わす。

とても不快な声だ。

その声の主こそ、私の妹。
アンナ・ディトレイア

父が連れてきた継母の子だ。

私にはちょうど1歳差の妹がいるのだ。

理由は至って簡単で、母上が出産で苦しんでいる時、父は外で女性と遊んでいたのだ。


でも母上は何も言わなかった。


母上の事は知らない事の方が多い。

どこの出身かも分からないし、母方の祖父母も知らない。

教えてくれなかったのだ。

でもきっと良い人なのだろう。母上はいつも優しかったから、その頃の父はとても優しかったが、今になって考えれば、その時すでに、妹のアンナがいた訳だ。


何も信じられなくなる思いだった。

母上の葬儀の翌日。

ディトレイア家の伝統の紋様を編み込んだドレスを来た少女と、胸元の大きく開いたドレスを来た女性。

そんな彼女達が父と笑いながら家に入ってきたのだ。

それを見た私が一言、「どなたですか?」

と聞こうとした時。

パチン!

乾いた音だった。
下品な服を着た女性が私をぶったのだ。

「あんたの母親のせいでなかなかこの屋敷に来れなかったのよ!」

驚いた、人にぶたれた事など無かったのだ。

それからが私の悲劇の始まり。


父と継母と妹は当然、使用人やメイドから、家にくる商人までもが私への暴行を行う。


母上が生きていた時に結んだ婚約があったが、
それもつい昨日破棄された。

嫁に行けば少しはマシな暮らしができると思っていたが、もうその希望も無くなってしまった。

だから妹が増長してるのだろう。

なんせ婚約者を奪ったのは妹なんだから。


そんな彼女の元に一通の手紙が届く。

元婚約者の家である公爵家の当主からだ。



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