1 / 1
【家族になろうという幼い日の拙い約束が果たされる日。ウエディングドレスの眩しさに目を細める】
しおりを挟む「俺が家族になって、ずっと守ってあげるから!!」
「ほんと?」
「うん、男に二言はない!」
「嬉しい。ありがとー」
幼いながらの精一杯のプロポーズ。
あの時の約束はウエディングドレスという形となって、今目の前で照れたように微笑んでいる人を包んでいる。
「凄い綺麗だよ。俺も鼻が高い」
「ありがと。でも、シュウくんの鼻、それ以外高くなったら、天狗さんになっちゃうね」
優しくて可愛い隣の家の女の子。
初恋だった。
4つも年上なのに、どこか幼くて子供心に守ってあげるんだと誓った人。
それが今日、我が家に嫁いでくる。
「これからもよろしくお願します。ふたばちゃん」
「何か照れるねえ。へへ。よろしくお願いします」
あれは両親を事故で失ったふたばちゃんを慰めるためのとっさの言葉だったけれど、それでも本心だったし、プロポーズとして「毎朝俺の為に味噌汁を作ってくれ」はないな、と考えるくらいには子供でもなかった。
隣は何をする人ぞ、なんて言葉の中に風情などない現代において、両親のいないふたばちゃんと、母親のいない俺、そして、もう片方の隣には父親のいないクソガキのレイが住んでいて、欠けた3家族がそれぞれを埋め合いながら過ごしていた。
「うちの父さんとレイの母さんが結婚したらいいんだよ」
大人二人は仲が良さそうに見えたし、とてもいい案みたいに思って、そう口にしたことがある。
じいちゃんとばあちゃん、父さんと母さん、そして俺たち。本当の家族になれば、それこそ一気に大家族みたいになって、楽しそうだと思ったんだ。
けど俺の思いつきにレイは眉を顰めて、その牛蒡みたいな足で蹴ってきた。
「そしたらシュウちゃんとキョウダイになるじゃん。イヤだし」
「何で、蹴るんだよっ」
生意気なクソガキではあったけど、懐いてると思ってたからそんなことを言われてちょっと悲しくて腹がたった。
蹴り返そうとしたとき、
「わたしも、やだ。そしたら、わたしだけ、家族じゃないもん」
そんなふたばちゃんの悲しそうな声が聞こえて、レイとのやりとりなんて一瞬でどっかにいってしまう。
「え、それは、違う! みんなで家族になるんだ!」
泣きそうなふたばちゃんを見て、いろいろ溢れて、そして俺は、あの必死のプロポーズをしたんだ。
今にして思えばマセた子供だったけど、大人が思うより子供は考えてるもんだって今思えるのは、あの時の自分を知ってるからだ。
そしてとうとう、あの日の、あの幼い約束が果たされる日がきた。
優しくて可愛い隣の家の女の子。
俺の初恋。
抱き締めたいのをグッと我慢して、まだ膨らみの目立たない彼女の腹部にそっと手を当てる。
「一気に大家族だ」
「うん。夢が叶った。シュウくんのおかげよ」
「大事にします」
「お願いします」
ここまでくるのは、そう平坦な道のりじゃなかったけど、彼女が今浮かべてるのが喜びの涙だってことで、全てが報われる。
「じゃ、またあとで」
花嫁の控室のドアを締め、息を吐いて踏み出した時だった。
「遅いから、迎えにきてあげたよー。ふたばちゃん、綺麗だった? ねえ、惚れ直しちゃった?」
「うるせー」
鬱陶しくこちらを覗き込んでくる隣のクソガキ、レイの顔面を平手で被い、軽く押し退けて歩きだす。
「泣きたかったら、レイ様の胸を貸してあげるよ、ほれほれ」
「だまれ、洗濯板」
「くっち悪ー、ほんといい性格。ふたばちゃんの前だとええカッコしいのくせにさあ」
高校生になったレイは白アスパラみたいな腕を頭の上で組み、紅生姜みたいな色の唇を尖らせたかと思うと、また何かを閃いたようにこちらをのぞきこむ。
たまに、大人になって落ち着いてきたかと思うこともあるが、悪戯をするような表情はあいも変わらずクソガキのままだ。
「ね、これから何て呼ぶの?」
「………」
「ねえねえ、やっぱりお義母さん?」
「うるせー! ちょっとは浸らせろ! クソガキ!!」
何がお義母さんだ、ちくしょー!
たしかに家族になったし、苗字も一緒になったわ!
けど、まさか親父と出来上がるなんて想定外だわ!
ふたばちゃんはまさかもまさか、いつの間にか親父と結ばれていて、何なら俺はもうすぐお兄ちゃん。
「いい年して出来婚とか、何やってんだ」
「さ、ず、か、り、こ、ん」
「どっちでもいいわ」
初恋の相手がハハオヤ、て。
どんなコントだよ。
ああ、ずっと守ってやるとも。
息子としてなあ!!
「結果オーライ結果オーライ。男に二言はないんだもんねえ。家族になろう計画、私とシュウちゃんが結婚すれば完璧だ! さずかっちゃう?」
「はっ。尻に卵の殻くっつけたようなひよっこが」
クソガキはキヒヒと笑ったかと思うと、次の瞬間子供っぽい笑顔を消して、俺の腕に腕を絡ませる。
洗濯できなさそうには膨らんだ胸を押しつけ、挑むように寄越す流し目は、大人の艶を帯びていた。
「ふふん。いってろ。絶対、振り向かせてみせる。人妻で泥沼なんて、やっすいAVみたいなことになる前にあたしが大人のオンナになって、その矢印、こっちに捻じ曲げてやるからなっ!!」
レイは俺から腕を解き、すっかり育った肢体を翻すと、先程の色艶などどこへやら、あっかんべーと舌を出した。
そして、ふんっと鼻息も荒く、慣れないヒールにつまづきそうになりながら、ズンズンと先を行く。
「大人のオンナって……。先はなげーなあ」
思わず吹き出してしまった俺に、レイはカツンと大きなヒールの音を立て仁王立ちになったかと思うと、スカートが空気を孕むほどの勢いで振り返った。
そして、その白い指で作った矢印を俺に向けると、標準を合わせるように片目をとじる。
「射抜いてやるから、待ってろよ!」
レイが指をバンと弾く真似をするのに、俺は胸を押さえて苦しむマネをしたあと、すぐにケロっと、大袈裟に両手を体の横で差し上げ、首をかしげて見せた。
「もーっ!! むかつくー!!」
「はっはっはっ」
───まあ、結局、初恋は初恋。
悔しいことに。
誠に不本意ながら。
矢印はまあまあそっち向きだってんだ。
まったく。
早く18になりやがれ!
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
全てから捨てられた伯爵令嬢は。
毒島醜女
恋愛
姉ルヴィが「あんたの婚約者、寝取ったから!」と職場に押し込んできたユークレース・エーデルシュタイン。
更に職場のお局には強引にクビを言い渡されてしまう。
結婚する気がなかったとは言え、これからどうすればいいのかと途方に暮れる彼女の前に帝国人の迷子の子供が現れる。
彼を助けたことで、薄幸なユークレースの人生は大きく変わり始める。
通常の王国語は「」
帝国語=外国語は『』
王太子殿下との思い出は、泡雪のように消えていく
木風
恋愛
王太子殿下の生誕を祝う夜会。
侯爵令嬢にとって、それは一生に一度の夢。
震える手で差し出された御手を取り、ほんの数分だけ踊った奇跡。
二度目に誘われたとき、心は淡い期待に揺れる。
けれど、その瞳は一度も自分を映さなかった。
殿下の視線の先にいるのは誰よりも美しい、公爵令嬢。
「ご一緒いただき感謝します。この後も楽しんで」
優しくも残酷なその言葉に、胸の奥で夢が泡雪のように消えていくのを感じた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」「エブリスタ」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎泡雪 / 木風 雪乃
侯爵様の懺悔
宇野 肇
恋愛
女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。
そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。
侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。
その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。
おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。
――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。
Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。
すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。
その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。
事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。
しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる