恋の矢印

藤瀬すすぐ

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【家族になろうという幼い日の拙い約束が果たされる日。ウエディングドレスの眩しさに目を細める】

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「俺が家族になって、ずっと守ってあげるから!!」
「ほんと?」
「うん、男に二言はない!」
「嬉しい。ありがとー」

 幼いながらの精一杯のプロポーズ。

 あの時の約束はウエディングドレスという形となって、今目の前で照れたように微笑んでいる人を包んでいる。

「凄い綺麗だよ。俺も鼻が高い」
「ありがと。でも、シュウくんの鼻、それ以外高くなったら、天狗さんになっちゃうね」

 優しくて可愛い隣の家の女の子。
 初恋だった。
 4つも年上なのに、どこか幼くて子供心に守ってあげるんだと誓った人。
 それが今日、我が家に嫁いでくる。

「これからもよろしくお願します。ふたばちゃん」
「何か照れるねえ。へへ。よろしくお願いします」

 あれは両親を事故で失ったふたばちゃんを慰めるためのとっさの言葉だったけれど、それでも本心だったし、プロポーズとして「毎朝俺の為に味噌汁を作ってくれ」はないな、と考えるくらいには子供でもなかった。
 
 隣は何をする人ぞ、なんて言葉の中に風情などない現代において、両親のいないふたばちゃんと、母親のいない俺、そして、もう片方の隣には父親のいないクソガキのレイが住んでいて、欠けた3家族がそれぞれを埋め合いながら過ごしていた。



「うちの父さんとレイの母さんが結婚したらいいんだよ」
 
 大人二人は仲が良さそうに見えたし、とてもいい案みたいに思って、そう口にしたことがある。
 じいちゃんとばあちゃん、父さんと母さん、そして俺たち。本当の家族になれば、それこそ一気に大家族みたいになって、楽しそうだと思ったんだ。
 けど俺の思いつきにレイは眉を顰めて、その牛蒡みたいな足で蹴ってきた。

「そしたらシュウちゃんとキョウダイになるじゃん。イヤだし」
「何で、蹴るんだよっ」

 生意気なクソガキではあったけど、懐いてると思ってたからそんなことを言われてちょっと悲しくて腹がたった。
 蹴り返そうとしたとき、

「わたしも、やだ。そしたら、わたしだけ、家族じゃないもん」

 そんなふたばちゃんの悲しそうな声が聞こえて、レイとのやりとりなんて一瞬でどっかにいってしまう。

「え、それは、違う! みんなで家族になるんだ!」

 泣きそうなふたばちゃんを見て、いろいろ溢れて、そして俺は、あの必死のプロポーズをしたんだ。
 今にして思えばマセた子供だったけど、大人が思うより子供は考えてるもんだって今思えるのは、あの時の自分を知ってるからだ。


 そしてとうとう、あの日の、あの幼い約束が果たされる日がきた。
 優しくて可愛い隣の家の女の子。
 俺の初恋。
 抱き締めたいのをグッと我慢して、まだ膨らみの目立たない彼女の腹部にそっと手を当てる。

「一気に大家族だ」
「うん。夢が叶った。シュウくんのおかげよ」
「大事にします」
「お願いします」

 ここまでくるのは、そう平坦な道のりじゃなかったけど、彼女が今浮かべてるのが喜びの涙だってことで、全てが報われる。

「じゃ、またあとで」

 花嫁の控室のドアを締め、息を吐いて踏み出した時だった。

「遅いから、迎えにきてあげたよー。ふたばちゃん、綺麗だった? ねえ、惚れ直しちゃった?」
「うるせー」

 鬱陶しくこちらを覗き込んでくる隣のクソガキ、レイの顔面を平手で被い、軽く押し退けて歩きだす。

「泣きたかったら、レイ様の胸を貸してあげるよ、ほれほれ」
「だまれ、洗濯板」
「くっち悪ー、ほんといい性格。ふたばちゃんの前だとええカッコしいのくせにさあ」

 高校生になったレイは白アスパラみたいな腕を頭の上で組み、紅生姜みたいな色の唇を尖らせたかと思うと、また何かを閃いたようにこちらをのぞきこむ。
 たまに、大人になって落ち着いてきたかと思うこともあるが、悪戯をするような表情はあいも変わらずクソガキのままだ。

「ね、これから何て呼ぶの?」
「………」
「ねえねえ、やっぱりお義母さん?」
「うるせー! ちょっとは浸らせろ! クソガキ!!」

 何がお義母さんだ、ちくしょー!
 たしかに家族になったし、苗字も一緒になったわ!
 けど、まさか親父と出来上がるなんて想定外だわ!

 ふたばちゃんはまさかもまさか、いつの間にか親父と結ばれていて、何なら俺はもうすぐお兄ちゃん。

「いい年して出来婚とか、何やってんだ」
「さ、ず、か、り、こ、ん」
「どっちでもいいわ」

 初恋の相手がハハオヤ、て。
 どんなコントだよ。

 ああ、ずっと守ってやるとも。 
 息子としてなあ!!

「結果オーライ結果オーライ。男に二言はないんだもんねえ。家族になろう計画、私とシュウちゃんが結婚すれば完璧だ! さずかっちゃう?」
「はっ。尻に卵の殻くっつけたようなひよっこが」
 
 クソガキはキヒヒと笑ったかと思うと、次の瞬間子供っぽい笑顔を消して、俺の腕に腕を絡ませる。
 洗濯できなさそうには膨らんだ胸を押しつけ、挑むように寄越す流し目は、大人の艶を帯びていた。

「ふふん。いってろ。絶対、振り向かせてみせる。人妻で泥沼なんて、やっすいAVみたいなことになる前にあたしが大人のオンナになって、その矢印、こっちに捻じ曲げてやるからなっ!!」

 レイは俺から腕を解き、すっかり育った肢体を翻すと、先程の色艶などどこへやら、あっかんべーと舌を出した。
 そして、ふんっと鼻息も荒く、慣れないヒールにつまづきそうになりながら、ズンズンと先を行く。
 
「大人のオンナって……。先はなげーなあ」

 思わず吹き出してしまった俺に、レイはカツンと大きなヒールの音を立て仁王立ちになったかと思うと、スカートが空気を孕むほどの勢いで振り返った。

 そして、その白い指で作った矢印を俺に向けると、標準を合わせるように片目をとじる。

「射抜いてやるから、待ってろよ!」

 レイが指をバンと弾く真似をするのに、俺は胸を押さえて苦しむマネをしたあと、すぐにケロっと、大袈裟に両手を体の横で差し上げ、首をかしげて見せた。

「もーっ!! むかつくー!!」
「はっはっはっ」


 ───まあ、結局、初恋は初恋。

 悔しいことに。
 誠に不本意ながら。
 矢印はまあまあそっち向きだってんだ。

 まったく。

 早く18になりやがれ!
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