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【7.ものを見る角度】
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体育館シューズが床にこすれるキュッキュッという心地よい音が、人気のない体育館に響いている。ミチルはそこに神楽の姿を認めた。
ボールを器用に脚の間で八の字ドリブルさせたかと思うと、流れるような動きでそのままゴールにシュートする。その姿はまるで猫科の動物がジャンプしたようで、足を止めて見とれる。
放たれたシュートはキレイに弧を描いて、するりとゴールネットに吸い込まれた。
綺麗な人間はやっぱ何やっても綺麗だな。それにひきかえ哀れよのう……。
体育館の壁にもたれ弁当をモグモグ頬ばっている幼馴染み。体操服と同じく制服も大きめのものを着用しているので、腕を曲げたシャツの袖にはとんでもなくシワが寄っている。
なんか、高校の体験入学の遠足にきた小学生がお弁当食べてるみたい。
重い足取りで近づくミチルに気づいた集は、箸を持った手を挙げる。
「よお。おまえ早退しなかったのかよ」
それだけ言うとまた弁当に視線を戻し食べ始めた。
「うん。でもここ来るつもりは無かったんだけどね。なのにさァ」
神楽も手を止めミチルを振り返ると、笑顔をむけて挨拶代わりに軽くボールを挙げる。比較的タレ目な神楽の笑うと下がる目尻の色っぽさに、ミチルは疲れたため息をついた。
先ほど二人の女子から圧力をかけられ、結果、二人が立ち去った後も教室に居づらくなり、弁当もほとんど手つかずでここに来ることになってしまった。魔女二人の退出後、神楽の過去だのなんだののうわさ話がヒートアップしたからだ。
一年ダブっているのは傷害事件を起こして鑑別所に入っていたからだとか、いやいや、女の子を妊娠させて学校をクビになったのだとか、はたまた、体が弱くて手術をしたせいだとか、外国に行ってたんだとか。
もちろんミチルへの口止めを忘れていない。そしてそうされればもちろんミチルは神楽にリークすることはできない。女の世界は狭くて恐ろしいのだ。
噂話はつきず、どこまでも無責任な話題にミチルは完全に食欲を無くしてしまった。
彼女達にとって、一つ年上の神楽は身近な都市伝説のようなもんなんだろう。そしてミチルにしてみれば噂を訂正する為の真実も知らないのだからしょうがないと逃亡という手段をとったのだった。
しかし、本来今一番避けたい相手の居るところが避難場所というのは何とも皮肉な話だ。
「だってさ、お昼ご飯の話題がさ、植物に……状態の人の子供を産む人の話なんだよ」
神楽の話以外で覚えていたのは結局それだけだった。
「シュールだな」
「それって、ひょっとしてモデルのルミカの話じゃないの?」
神楽が長い指先でバスケットボールをクルクル回しながらこちらへやってくる。それを見るたびに、あんな大きなボールがよく落ちないものだと感心する。
「えーとね、ポワールってバンドの人の奥さん」
「うん。彼女、知り合いの先輩らしいんだけど、なんか可哀想な話だよね。脳死状態でも何でも、ただ旦那さんの子供を残したいだけなんだろうに、周囲から叩かれて、結局妊娠・出産も許可されなくて」
「なんか、別居してたのにって。印税目当てだとかって……」
「別居してても妻は妻。既に権利は十分あるでしょ。脳死は植物状態と違って回復の見込みがないから、よっぽどの覚悟だったんだと思うな。……こういう言い方はまだ心臓の動いている人に対して不謹慎かもしれないけど、これからもう居なくなることが確実なわけでしょ。顔も見たくない程嫌いな男の子供なんて、欲しくないよね」
神楽から聞く「モデルのルミカさん」という奥さん側の立場。言われて始めて友人に言われるままにすっかり「ルミカ」さんを悪いイメージで見ていたことに気づいた。
人工授精はとてつもない精神力がいると聞いたことがある。それを、しかも死んでいく人の子供を産むなんて、そんな軽い気持ちでできっこないよなあ。旦那さんの立場にしろ、奥さんの立場にしろ、偏った側から一方的に決め付けちゃいけないんだ。
発生元から火の粉のかからない距離で一人歩きした噂話は、適当に、いかにもな尾ひれをつけてどんどん厭らしくなり人を傷つける。
噂話にいたたまれなくなって逃げてきたはずが、これでは噂話に興じていたのと何ら変わらない。それどころか良い子ぶってる分一層タチが悪い。自己嫌悪に小さなため息が出た。
「おまえなあ、自分がメシ時にされて嫌だった話題を人の前でしてるっていうのは、さっきの雑巾のリベンジか?」
集に言われ二重に胸にささる。やっぱり同じ穴の狢だ。
「ごめん。リベンジはちゃんと別でするから安心して。……熱とか夢とかいろいろ、なんか疲れたっぽい」
「香坂さん、まだ熱下がってないんでしょ? 無理しない方がいいよ」
優しい言葉をありがとう。まあ、原因の一端はあんたにもあるんだけどね。
二人の魔女を思い出し少し身震いがした。魔女怖い。
ボールを器用に脚の間で八の字ドリブルさせたかと思うと、流れるような動きでそのままゴールにシュートする。その姿はまるで猫科の動物がジャンプしたようで、足を止めて見とれる。
放たれたシュートはキレイに弧を描いて、するりとゴールネットに吸い込まれた。
綺麗な人間はやっぱ何やっても綺麗だな。それにひきかえ哀れよのう……。
体育館の壁にもたれ弁当をモグモグ頬ばっている幼馴染み。体操服と同じく制服も大きめのものを着用しているので、腕を曲げたシャツの袖にはとんでもなくシワが寄っている。
なんか、高校の体験入学の遠足にきた小学生がお弁当食べてるみたい。
重い足取りで近づくミチルに気づいた集は、箸を持った手を挙げる。
「よお。おまえ早退しなかったのかよ」
それだけ言うとまた弁当に視線を戻し食べ始めた。
「うん。でもここ来るつもりは無かったんだけどね。なのにさァ」
神楽も手を止めミチルを振り返ると、笑顔をむけて挨拶代わりに軽くボールを挙げる。比較的タレ目な神楽の笑うと下がる目尻の色っぽさに、ミチルは疲れたため息をついた。
先ほど二人の女子から圧力をかけられ、結果、二人が立ち去った後も教室に居づらくなり、弁当もほとんど手つかずでここに来ることになってしまった。魔女二人の退出後、神楽の過去だのなんだののうわさ話がヒートアップしたからだ。
一年ダブっているのは傷害事件を起こして鑑別所に入っていたからだとか、いやいや、女の子を妊娠させて学校をクビになったのだとか、はたまた、体が弱くて手術をしたせいだとか、外国に行ってたんだとか。
もちろんミチルへの口止めを忘れていない。そしてそうされればもちろんミチルは神楽にリークすることはできない。女の世界は狭くて恐ろしいのだ。
噂話はつきず、どこまでも無責任な話題にミチルは完全に食欲を無くしてしまった。
彼女達にとって、一つ年上の神楽は身近な都市伝説のようなもんなんだろう。そしてミチルにしてみれば噂を訂正する為の真実も知らないのだからしょうがないと逃亡という手段をとったのだった。
しかし、本来今一番避けたい相手の居るところが避難場所というのは何とも皮肉な話だ。
「だってさ、お昼ご飯の話題がさ、植物に……状態の人の子供を産む人の話なんだよ」
神楽の話以外で覚えていたのは結局それだけだった。
「シュールだな」
「それって、ひょっとしてモデルのルミカの話じゃないの?」
神楽が長い指先でバスケットボールをクルクル回しながらこちらへやってくる。それを見るたびに、あんな大きなボールがよく落ちないものだと感心する。
「えーとね、ポワールってバンドの人の奥さん」
「うん。彼女、知り合いの先輩らしいんだけど、なんか可哀想な話だよね。脳死状態でも何でも、ただ旦那さんの子供を残したいだけなんだろうに、周囲から叩かれて、結局妊娠・出産も許可されなくて」
「なんか、別居してたのにって。印税目当てだとかって……」
「別居してても妻は妻。既に権利は十分あるでしょ。脳死は植物状態と違って回復の見込みがないから、よっぽどの覚悟だったんだと思うな。……こういう言い方はまだ心臓の動いている人に対して不謹慎かもしれないけど、これからもう居なくなることが確実なわけでしょ。顔も見たくない程嫌いな男の子供なんて、欲しくないよね」
神楽から聞く「モデルのルミカさん」という奥さん側の立場。言われて始めて友人に言われるままにすっかり「ルミカ」さんを悪いイメージで見ていたことに気づいた。
人工授精はとてつもない精神力がいると聞いたことがある。それを、しかも死んでいく人の子供を産むなんて、そんな軽い気持ちでできっこないよなあ。旦那さんの立場にしろ、奥さんの立場にしろ、偏った側から一方的に決め付けちゃいけないんだ。
発生元から火の粉のかからない距離で一人歩きした噂話は、適当に、いかにもな尾ひれをつけてどんどん厭らしくなり人を傷つける。
噂話にいたたまれなくなって逃げてきたはずが、これでは噂話に興じていたのと何ら変わらない。それどころか良い子ぶってる分一層タチが悪い。自己嫌悪に小さなため息が出た。
「おまえなあ、自分がメシ時にされて嫌だった話題を人の前でしてるっていうのは、さっきの雑巾のリベンジか?」
集に言われ二重に胸にささる。やっぱり同じ穴の狢だ。
「ごめん。リベンジはちゃんと別でするから安心して。……熱とか夢とかいろいろ、なんか疲れたっぽい」
「香坂さん、まだ熱下がってないんでしょ? 無理しない方がいいよ」
優しい言葉をありがとう。まあ、原因の一端はあんたにもあるんだけどね。
二人の魔女を思い出し少し身震いがした。魔女怖い。
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