時の魔術師 2

ユズリハ

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16: 東の第二王女と少年の話 9

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 東の魔王の第二王女ディステルは、中央の魔王軍の頂点にたつ、将軍で最古参の側近の一人であるムーティヒとその部下の手によって、彼女が東から連れてきた女官たちとともに、丁重に東の領地へと送り返された。
 レステラーが去った後、ディステルが多少暴れたため軽い拘束と猿轡を噛ませられてしまい、その状態のまま東の領地まで連れていかれたのだが、命に別状はない。
 こうなってしまってはもう抵抗する気力もないのか、ディステルは放心したまま弱弱しく震え、大粒の涙をこぼしていた。


「……どういうことですか、これは」


 ムーティヒとディステル一行を出迎えた東の魔王の第一王子――ディステルの兄は、予定よりもずいぶんと早いディステルの帰還と、その変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。
 それと、なぜ妹とともに、中央の魔王軍の将軍が東の領地まで来たのか、事情を知らない第一王子は困惑した表情を浮かべた。


「我が主から、第二王女様の護送を仰せつかりました」


 ムーティヒは部下に命じてディステルの拘束を解かせ、第一王子に引き渡す。
 事の経緯を簡潔に口頭で説明したあと、宰相のエルヴェクスからの書簡を渡し、ムーティヒは部下を連れて早々に東の地を去った。
 中央の将軍が直々に東の領地までやってきたものだから、中央から東に宣戦布告に来たのかと一瞬頭をよぎったが、本当にただ妹を送り届けただけのようだった。
 書簡をムーティヒから直接受け取った第一王子は、その内容を読むと、妹に冷ややかな視線を送った。


「お兄、様……」


 弱弱しいが、聞くに堪えない耳障りな声が第一王子の耳に届く。
 ムーティヒから渡された、中央の魔王に仕えるあの赤毛の宰相直筆の書簡に、嘘偽りはないだろう。
 人よりも優位に立つためなら平気で嘘をつくことも躊躇わない妹のディステルよりも、あの宰相の方がよほど信を置ける。


「ディステルを父上のもとへ連れていけ」
「はっ」
「かしこまりました」
「お、お兄様……!?」

 驚くディステルを無視して第一王子が合図をおくると、彼の護衛がすぐに動く。
 歩く力もほとんどないのか、よたよたと歩みを進めるディステルを担ぎ、女官とともに東の魔王がいる謁見の間へと連れて行った。


「これが、我が娘ディステルだというのか!?」


 東の魔王は愕然とした様子でディステルを見下ろした。
 謁見の間の玉座の足元。
 床にうずくまる醜い老婆には、かつての面影など一つもなかった。
 辛うじて身に付けているドレスと、装飾品に見覚えがあったから、ディステルなのだろうと推測はできる。
 だがその見目があり得ない。
 寿命間近の魔族が年老いた姿になるとは言っても、ここまで醜悪な姿にはならない。
 ましてや魔王の娘ともなれば、他の魔族よりも魔力は上。
 その強力な魔力によって、美しさを損なわずに老けていくはずだ。


「ディステル、お前! いったいヤツになにをした!?」
「わ、わたくしは、なにも!」
「ディステルは中央の魔王陛下の不興を買ったようですね。なにやらあの方の逆鱗に触れたとか」


 言い訳をしようとするディステルを遮り、第一王子は、中央の宰相からの書簡と、謁見の間にくるまでにディステル付きの女官たちから聞き出した内容から分かった事実を東の魔王に伝えた。


「なに? ヤツの逆鱗だと?」
「ディステルにつけた女官の話によると、あの方の溺愛する人間に、ディステルからちょっかいをかけたようですよ。なんとも愚かな妹だ」


 第一王子は、ディステルの自業自得だと判断する。
 もともと、着飾り、己の美を磨くことにしか興味のない妹だ。
 父である東の魔王は、その美貌を使って中央の魔王を篭絡することを目論んでいたが、第一王子はどうせ無理だと思っていた。
 案の定、歯牙にもかけてもらえなかったようだ。


「あの噂は本当だったようですね」
「脆弱な人間に構うなど、あの男、気でも狂れたかと思ったが……本当に狂ったのか?」


 東の領地にも、中央の魔王が人間の少年を可愛がっているという噂は届いていた。
 もちろんこの東の魔王の元にもだ。
 それほどあの魔王の少年を溺愛する姿は衝撃的だったのだ。


「それにしても、無様な姿だな、ディステルよ。我が娘ならばもう少し役に立つかと思ったが……」


 玉座から東の魔王は、血を分けた娘を冷たい目で見下ろす。
 第二王女ディステルの美しさは、東の魔王も気に入っていた。
 性格が顔に現れて少々気が強そうな顔立ちだが美しく、豊満な肉体も相まって、領内の有力貴族の男どもを虜にしていた。
 その美貌で中央の魔王を堕とすことができれば褒めてやったのに、なんとも無残な姿になって帰ってきた。

 玉座に頬杖をついたまま、東の魔王はわざとらしくため息をつく。
 東の魔王は、血族には比較的甘く、大抵のわがままも、少しの失敗も許しはするが、一度役に立たないと判断した場合は、容赦なく切り捨てる性質であった。

 
「お父様……!」
「役立たずは必要ない。連れていけ」
「お父様! いや! 助けて、お兄様!」


 目障りなものは見たくはない。
 軽く右手を振ると、心得たとばかりに謁見の間に控えていた兵士たちが、ディステルを引きずるように外へと連れだした。
 なにやら叫んでいたが、謁見の間の扉が閉まると室内は静かになった。


「アレはお前が適当に処分しておけ」
「……かしこまりました」


 ディステルから興味を失った東の魔王は、彼女のことは傍らに控えている第一王子に任せることにする。


「それにしても、ヤツめ……この屈辱、どうやって晴らしてくれようか」


 不要になった第二王女を切り捨てたとはいえ、それはまた別の問題だった。
 無断で領地に侵入され、勝手に領地を抉り取るように消され、こちらが下手にでてやって、気に入りだった娘を中央におくったにもかかわらず、無残な姿になって返された。
 ただでさえ中央の魔王は気に食わないのに、ここまでされて腹が立たないわけがない。
 親指の爪に歯を立てながら奥歯を噛みしめ、東の魔王は、ここにはいない中央の魔王を睨みつけた。



 ◇ ◇ ◇



 東の魔王の名代であるディステル一行を送り返した次の日。
 話を聞きつけた側近数名が謁見の間でレステラーに詰め寄っていた。


「陛下、正気ですか!?」
「聞きましたぞ! 東の姫君に何という仕打ちを……陛下は東と戦争でも始めるおつもりですか! 宰相殿も、ご覧になっていたのならば何故陛下をお止めにならなかったのです!?」
「将軍殿も、なぜあのまま第二王女をあちらに送り届けたのですか!」


 玉座に足を組み、頬杖をついて冷やかに下段にいる側近たちを見下ろしているレステラーの、その両隣に立つ赤毛の宰相エルヴェクスと将軍ムーティヒに対しても、側近たちは詰めかかる。
 最古参の側近三人が、魔王であるレステラーの考えを最優先させることは周知の事実ではあったが、さすがにこの東の魔王の第二王女ディステルに対する暴挙とも言える行動を止めなかったのは信じられなかった。


「城にいる魔王妃候補などというくだらない女どもは、すべて追い出せ。目障りだ」
「陛下!」


 頬杖をついている手とは反対の手に持つ短刀を弄びながら、レステラーは淡々と告げた。
 その短刀は、昨日レステラーが去った後でディステルが懐からそれを取り出し暴れた時に、エルヴェクスが取り上げたものだった。
 何の変哲もない普通の短刀。
 老婆となり魔力も弱り切ったディステルの力では、傷つけることすら不可能だ。
 簡単に赤毛の宰相に奪われ、警備兵に取り押さえられ、ディステルは彼女が連れてきた女官共々、そのまま即日東の領地へと送り返された。


「陛下! なぜです! 何故、あのような人間を寵愛なさるのです!? あの人間が来てから陛下はお変わりになられた。なにも、あんな人間でなくとも陛下の相手にふさわしい者は他にもいらっしゃるではありませんか! あの人間が陛下のお相手などとは、我々は認められない」


 話を聞こうともしないレステラーに焦れて、魔王に詰め寄っていた側近の内の一人がそう述べた。
 途端にレステラーの冷たい紅い双眸が手元の短刀から側近へと向いた。


「認められない、だと? 随分と面白いことを言う」


 くつくつと口角を上げて嘲笑を浮かべたレステラーが、指先に魔力を込め、持っていた短刀をその側近に向かって真っすぐ投げた。
 殺傷能力の低いモノであっても、レステラーの手にかかれば必殺の武器へと変化する。
 目にもとまらぬ速さでレステラーが投げた短刀は、側近の眉間深くに突き刺さり、彼はそのまま後方へ倒れ、事切れた。
 近くにいた側近たちは何が起こったのか分からなかった。
 ドサリと人が倒れる音が聞こえてやっと状況を理解した。


「考え違いをするな。これは相談などではない」


 レステラーの紅い瞳が、玉座下にいる側近達へと向けられる。
 その目をみた側近たちの背中に、ぞくりと冷たいものが走った。
 そう、これは相談などではない。命令だ。


「ソレと同じ目にあうか、それとも、お前たちが連れてきた女どもを即刻この城から追い出すか。好きな方を選べ」


 どちらを選ぶかなど、すでに決まっていた。
 詰め寄っていた残りの側近数名は、魔王の静かな怒りを前に、恭しく頭を下げた。




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