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76: 少年と魔王とお見舞いの話 23
しおりを挟む驚きのあまり、ノイギーアの頭の中は真っ白だ。
魔王の側近たちならいざ知らず、魔族の中でもたいして力のない、庶民で料理人の下っ端な自分の為に宴を催すだなんて、ふつうではあり得ない。
しかも怪我をした腕の全快祝いだなんて。
今日だってツァイトの付き添いとは言ってたものの、魔王がわざわざ見舞いにきてくれて、その上、昼食を奢ってもらうのだ。
これを周りに知られただけでも大変な騒ぎになりそうなのに、全快祝いの宴を催してもらうだなんて知られた日には、それこそどうなってしまうのか、想像も出来ない。
ノイギーアの目の前にいる中央の魔王は、普段から晩餐会や舞踏会などといった宴の類を、ほとんど開かないことで知れ渡っている。
己の影響力と交友関係、そして財力を周りに誇示する目的のために連日のように夜会を催している貴族や他領地の魔王がいるというのに、この魔王はそれをしないのだ。
そんな魔王が、ツァイトの願いを叶えるついでとはいえ、ノイギーアの為に宴を催そうという。
しかもその宴には、ツァイトの要望で宰相以下、名立たる魔王の側近たちが名を連ねることが決定している。
どう考えても、魔王に近づきたくても近づけない大勢の貴族連中に、この宴のことを隠し通せるわけがない。
今だって、この店にいる不特定多数の客にこの話を聞かれているのだ。
これは、単純に自分の命が危ないと、ノイギーアはそう思った。
いくらなんでも冗談だよな……?
頬をひきつらせながら、普段なら畏怖のあまりまともに見ることも出来ない魔王の顔を、真正面に座っていることもあり、ノイギーアはこの時ばかりはまじまじと見つめてしまい、そして後悔する。
ノイギーアの視界に映った完璧な美貌を持つ魔王は、頬杖をつきながらその顔に底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
自分の発言がどう影響するのか、全部分かってて楽しんでいる、そんな表情だった。
さっと顔を青くするノイギーアとは対照的に、魔王の言葉の裏側に気付かず、そのまま素直に受け取ったツァイトが、声を少し弾ませて、魔王に尋ねた。
「お祝いを兼ねてってことは、それってノイくんの全快祝いをするってこと?」
「大勢で飲み食いするにはちょうどいい理由だろう?」
ちらりとノイギーアを見ながら、軽く片眉を上げて魔王が口角を上げて笑う。
「あっ、そっか、そうだね。うん、それがいいかも!」
「だろ?」
「うん、決まり! ノイくんの腕の怪我が治ったらさ、全快祝いしよう! それと、職場復帰のお祝いも! ねっ、ノイくん!」
「ええ!?」
結果は目に見えていたとはいえ、本当にツァイトが同意するなんて。
嘘だろ、と今度は魔王からツァイトへと視線を移してみれば、頭の中で楽しい計画でも練っているのか、フードから覗けるツァイトの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
これは止めなきゃヤバい。
ノイギーアをからかって反応を面白がっている魔王とは違い、ツァイトは完全に善意で、しかもやる気満々だ。
我に返ったノイギーアが、テーブルの上にナイフとフォークを置いて勢いよく立ち上がり、慌てて静止の声を上げた。
「いやいやいやいやいや! ちょっと待ってくださいよ、魔王様! っていうか、ツァイトもちょっと待ってよ!」
食事時は必要以上に大きな声を出さない、なんていうマナーはすっかりノイギーアの頭から吹っ飛んでいる。
魔王がいることで注目されていたテーブルに、より一層視線が集まった気がしたが、そんな事よりも、この状況を止めることの方がノイギーアには重要だった。
ノイギーアの勢いに押されて、ツァイトが驚いた表情でノイギーアを見た。
「どうしたの? ノイくん」
「全快祝いで宴っておかしいから! いくらなんても、おれにそこまでしてもらう意味が分かりませんよ! 今日だって」
魔王の奢りで昼食をとっているのに。
慌ててそう言えば、魔王は何をいっているんだという顔をした。
「今日のはノイくんの怪我見舞いだろ?」
「それはそうなんですが……」
「そうだよ、ノイくん! 今度やるのは全快祝いだよ?」
「いや、でもさ……」
「いいから、いいから! ノイくんのお見舞いと、全快祝いは別なんだし、気にしないで、ねっ!」
魔王とは違い、にこにこと無邪気な笑顔を向けてくるツァイトにはきっと悪気はない。
さも当然とばかりに返されて、ノイギーアの声が尻すぼみになる。
確かに、二人の言う通り今日のは見舞いで、全快祝いとは別物だろう。
だからと言って、はい、分かりましたとは素直に頷けない。
本気で宴だけは勘弁してほしいのだ。
けれど真正面から訴えたところでツァイトに甘い魔王が、ツァイトのやる気に水を差すことはしないのは、今までの経験から容易に推測できた。
一体どうやったらこの二人――特にツァイトを止められるのか。
困惑する頭を悩ませていると、テーブルについていた左側の腕を誰かに掴まれる。
一瞬びくりと身体を震わせた後そちらを見ると、ノイギーアの兄のカッツェだった。
「にいちゃ……」
諦めろ、とその目が語っていた。
理不尽な上司の命令にも割り切って従わなければならない軍人の性質もあるだろうが、この短時間で言っても無駄だと悟ったのだろう。
そもそもこちらの意見が通るのなら、この、魔王と同席で食事をしているという状況からして回避できている。
「ほら、ノイくん座って、座って。早く食べないとせっかくの美味しい料理、冷めちゃうよ」
もっといろいろ反対の声を上げたかったが、彼らが納得するような言葉が出てこなかったノイギーアは逆らうことも出来ずに言われるまま腰を下ろす。
先ほどまでは料理の旨さに感動を覚えていたりもしたが、さすがにどっと疲れがでて食欲も失せる。
けれど料理人として失敗作でもない、むしろ美味しい料理を残すわけにもいかず、ノイギーアも食事の手を再開させる。
「うん、やっぱりおいしー」
確かにその意見には同意するが、もう少し別の状況で味わいたかったなぁと思ってしまうノイギーアだった。
「あっ、そうだ。ノイくんの全快祝いと職場復帰祝いするんだったらさ、ノイくんの先輩さんとか料理長さんも呼ばなきゃ! いいよね、レスター」
「いちいち俺に聞かなくても、誰を呼ぶかはアンタとノイくんの好きにすればいいよ」
まだこの話題が続くのか、とメインの皿が下げられていくのを見ながらノイギーアは内心げんなりしてしまった。
それにしても、魔王のこの『ノイくん』呼びも聞き慣れない。
どういう流れで、庶民で下っ端な自分に敬称を付けて呼んでいるのか、理解不能だ。
本当はその理由を聞いてみたい気がするのだが、怖くて聞く勇気はノイギーアにはない。
この呼び方一つとっても拒否できていないことからして、全快祝いを断るなんてどだい無理な話だったのだ。
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