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78: 少年と魔王とお見舞いの話 25
しおりを挟むノイギーアの家で宣言した通り、今回の食事代はすべて魔王の奢りだった。
ノイギーアは、せめて自分たちの分くらいは自分たちで払おうとはしたのだが、別々に勘定をと言い出せる雰囲気でもなく、周りが貴族ばかりなので、勘定を分ける行為を許せるような雰囲気でもなく、そして魔王もさっさと支払いを終えてしまったので、その言葉に甘えざるをえなかった。
もちろん礼を言うのは忘れていない。
それを聞いた魔王はどうでもよさそうな顔をしていたが、それにしても支配人に無造作に手渡した袋の中には一体いくら入っていたのか。
考えるだけでも恐ろしい。
軽くひと月分の食費がとんでしまう夜の食事ではないにしろ、昼でも庶民にはそこそこ痛い金額と聞いている。
メニューにも金額が載っていなかったのが恐怖を煽る。
しかし魔王はちっとも痛くもかゆくもないのか、平然と支払いを済ませ、笑顔の支配人と従業員一同に見送られながら四人は店を出た。
最初に入ってきた店の扉を抜けて外の大通りに出ると、魔王という存在がいたおかげで集まっていた無数の視線からやっと解放されて、ノイギーアは知らず安堵の溜息を吐いた。
「あー、美味しかった! たまには外で食べるのもいいね。また来ようね、レスター」
「またその内にな」
隣に立つ魔王に向かって、フードの下からにこにこと始終笑顔を見せるツァイトは、とても機嫌がいい。
値段は高いながらも美味しいと評判なだけあって、前菜から始まりメインに焼きたてのパンはもちろんのこと、最後のデザートに至るまで味、見た目ともに申し分なかった。
もちろんそれらを提供してくれた給仕たちの態度や配膳の仕方なども、文句の付けどころがない。
前回は中に入る前に成金男爵に絡まれたので、今回ももしかしたらと警戒していたが杞憂に終わり、その事もあってかツァイトはひどくご満悦だった。
「ノイくんも、また一緒にご飯食べようね」
振り返ったツァイトがノイギーアに笑いかける。
「あ、ああ……」
「カッツェさんも、今日はありがとうございました。お休みのところ、急にお邪魔してすみませんでした。一緒に食事ができてうれしかったです」
「いえ……こちらこそ、わざわざ愚弟の見舞いに来ていただき有難うございます」
律儀にツァイトがノイギーアの兄カッツェに突然訪ねたことを詫びると、カッツェは逆に感謝の言葉を述べた。
「よかったらまた今度一緒に食事してくださいね」
「……機会があればぜひ」
「あ、でも、次はノイくんの全快祝いをしたいので、カッツェさんも参加してくださいね!」
「極力ご期待にそえるように努力いたします」
魔王と彼の花嫁と同席して食事など、本心では、光栄ではあるが、二度と御免被りたかったが、それを素直に口に出せばどうなるか分からないカッツェではない。
彼らに誘われて、それを平気で断れるのは、魔王と同等の立場にある魔王か、怖いもの知らずで命知らずな莫迦、のどちらかだ。
もちろんそのどちらでもないカッツェは本心は飲み込み、笑顔を向けてくるツァイトに、社交辞令的な言葉とともに、若干ひきつった笑みを返すのが精いっぱいだった。
できればその日、任務よあれ、と思うが、上司のムーティヒ将軍も招かれるようだから、望み薄である。
「ツァイト、そろそろ帰るぞ」
「あっ、うん!」
用事は終わったとばかりにレステラーはツァイトに声をかけると、ノイギーア達に背を向けてさっさと歩き出す。
「じゃあ、ノイくん、またね。カッツェさんもさようなら」
カッツェとの会話を切り上げてツァイトは、ぺこりと小さく頭を下げる。
そして少し先で待っていたレステラーへと小走りに駆けよった。
「あっ、ノイくん、暇な時はいつでも遊びに来てねー!」
くるりと振り向いたツァイトが、まるで友達の家に遊びに来てねとでもいう風に、気軽に誘いをかけながらバイバイと大きく手を振ってくる。
魔王城に気軽に行けるかっ! と内心で毒づきながらも、ノイギーアも小さく手を振りかえして、仲良く手を繋いで去っていく魔王とツァイトを見送った。
人込の中に消えていく二人を見届けて、そこでやっとノイギーアは身体の力を抜いた。
やっと緊張から解放された。
疲れた、なんてものじゃない。
精神的にも、そして視覚的にもいろいろ疲労が溜まりまくった二人の訪問だった。
ツァイトの見舞いは予想外で嬉しいものだったが、それ以外の刺激が強烈すぎた。
特に刺激が強かったのは、魔王の訪問と、望んでもいないノイギーアの全快祝いの宴の話と、魔王とツァイトの人目を憚らずにいちゃつく姿を間近で見せられた事だろう。
魔王がツァイトに超がつくほど甘いというのは事前に知ってはいたが、ノイギーアは目の前でこれほどまでに甘い雰囲気を出す二人を見たのは初めてで、目の毒、いや、目のやり場に非常に困った。
確かに、雲の上の存在である魔王と一緒に食事を出来たなんて誇らしいとは思う。
しかしその反面、もう二度と味わいたくないと思ってしまった。
料理人の下っ端な一庶民の自分では、寿命がいくらあっても足りなさすぎる。
けれどノイギーアに降りかかった災難はここでは終わらない。
実際にどうなるのかは分からないが、全快祝いの宴があるかもしれないのだ。
「はあぁぁぁ……」
安堵とはまた別の、疲れからくる重苦しい溜息をノイギーアは吐き出した。
これからの事を考えれば考えるほど頭が痛かった。
ああもう、早く家に帰って今日の事は夢とでも思ってさっさと忘れたい。
けれど、本当なら空間移動を使って一瞬で家に帰るのだが、魔王との昼食で気力を根こそぎ奪われたため、そんな気も起きやしない。
ここから家までそれほど遠くないし、歩いて帰るか。
たいした距離ではないが、今度は肉体的疲労も追加かーとうんざりしていると、ノイギーアの肩に、背後からずしっと重たいモノが乗せられた。
「うぎゃっ!」
突然のことに吃驚して横を見る。
その正体は、なんてことはない。
ノイギーアの肩に回されたカッツェの、筋肉質な太い腕だった。
「さてと、ノイギーア」
「ひぃっ!」
「くっそ甘々な魔王様たちにあやかって、おれたち兄弟も、この後の時間を楽しく過ごそうじゃないか」
耳元で聞こえた地を這うような低い声に、ノイギーアが短く悲鳴を上げる。
恐怖で固まる身体。
わずかに動いた首をゆっくりと声のした方に向ければ、間近にいた兄が怖いくらい、いい笑顔を浮かべていた。
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