1 / 10
Ⅰ
しおりを挟むⅠ
私の名は、カミラ・フォン・アクス。
誰かが言う。
まるで悪女のようだと。
人に言わせると、私の見た目は悪女を体現しているらしい。
腰近くまである黒髪に、つり上がり気味の黒い瞳。
酷薄そうな薄い唇は、微笑みの形を作っても、僅かに歪んで上がるだけ。
表情があまり変わらないことも、冷たい印象に見える。
アリュール王国の公爵家の次女で、お父様はこの国の大臣をしている。
大叔母様は現陛下の生母にあたり、家柄も申し分ない。
領地も広く、手広く商売もしているおかげで地位もお金も有り余る程ある。
忙し過ぎて、私の事を忘れる位に忙しい。
何年会っていないだろうか。
母は幼い頃に亡くなった。
年が離れたお兄様もお姉様も、忙しくされていて、私は何時も一人きり。
それでも、財と地位があるお父様の娘である私の周りには、何時も人が溢れていた。
侍女に従僕、取り巻きの少女達。
…それでも、やっぱり私は一人きりだった。
10歳になった時に、どうやら私を忘れていなかったらしいお父様に一つ上の少年と引き合わされた。
彼の名はテオバルト・フォン・ヴィルケ。
ヴィルケ伯爵家の嫡男。
鳶色の髪に深いブルーの瞳。
幼さを残しながらも整った顔立ち。
私の婚約者になるという。
「…はじめまして、テオバルト・フォン・ヴィルケです」
柔らかな声でニコリと笑う柔和なそのいで立ち。
彼は非常に社交的な子供だった。
下に弟と妹がいるというテオバルト様は、とても子供の扱いに慣れていて、まるで庇護者のように私を扱う。
お茶をしたり、庭園を散歩したり。
いつでも優しく接してくれる。
柔らかな見た目とは裏腹に、真面目で融通が利かない性質のテオバルト様は、非常に努力家で。
そんな所も、又、私が好ましく思うところの一つだった。
私が質問することに全て答えようと、色々な本を読み、また経験しようとしていた。
難しい事にも、些細なことでも、彼は必ず答えてくれた。
私達は色んな事を話し合った。
好きな色や、本。
今、勉強している歴史やダンスの事。
テオバルト様先導で続く会話の中、ポツリポツリと私が返事を返す形で続く会話は、それほど弾みはしなかったけれど、私の胸をほんのりと温かくしてくれた。
「…カミラは本当に頑張り屋だね」
そう言って褒めてくれる。
きつい見た目と違い何事にも愚鈍な質の私を、受け入れてくれるようで嬉しかった。
根気強く、私の言葉を待ってくれるテオバルト様は、何時も優しい微笑みで。
人見知りの私は、長い時間をかけて少しずつ距離を埋めていった。
いつも変わらず、私を受け入れてくれる人。
いつのまにか。
私は、テオバルト様を大好きになっていた。
この方となら、私の夢が叶うだろうか。
本の中でしか見たことがない、暖かい家族を持つこと。
愛し愛される、幸せな家庭。
私が今まで一度も経験出来なかった事を。
共に、叶えてくれるだろうか。
私も夢見て良いのだろうか。
「一足先に入学するから、何でも聞いてね。…待ってるから」
そう言って一年先に先に入学しているテオバルト様をおいかけて、16歳になった私は王立学院への入学することとなった。
今までとは違う環境に戸惑う事ばかりだった。
誰かと共に学び、行動する。
全て、誰かにしてもらっていたそれは、私にとって初めての経験で。
見た目や爵位の事もあり、誰もが私を遠巻きに見つめる中…そんな中、私は初めて友人と呼べる少女に出会う。
彼女の名はマリア・フォン・ボーデン。
辺境の子爵令嬢だった。
淡い金の髪と、エメラルドの瞳。
ほんの少し下がった目尻は、庇護欲を唆るだろう。
そんな外見を裏切るように、非常に活発で世話好きな少女。
殆ど他の貴族との交流がないという彼女の話通り、彼女は私に対してもあまり頓着なく接してくれる。
「カミラ様は、…本当に放っておけない方だわ」
そうあきれたように言って、いつも何くれとなく世話を焼いてくれた。
「マリアは何でも知っているのね。本当に凄いわ」
感心して言うと、彼女の頬がバラ色に染まる。
「…ありがとうございます」
背けた顔から僅かに見える赤い耳に笑い、マリアの手を取る。
「もうこんな時間だわ。お食事にしましょうよ」
途端に曇る彼女の手を引き、テラスに向かう。
「今日はお天気が良いから、一緒にテラスで食べましょう。シェフが作り過ぎたから、一緒に食べてくれると嬉しいわ。…ダメかしら?」
躊躇いがちなマリアの手を握りそう聞くと、小さく頷いた彼女とこれから過ごす時間の事を考え、私はただ浮かれていた。
…彼女の領地がかなり困窮しているのは、私の身辺を調べる事が仕事らしい侍従に聞いて知っていた。
特に派閥を持つ必要もない程に大きな権力を持っているお父様は、私の付き合いに口を挟むことはなかった。
…ただ単に私に興味がないだけかもしれないけれど。
今回に限って、それはありがたい事だった。
マリアの家庭の困窮具合から言えば、この学園に入学させることすら大変だったんだろうと思われた。
王立という事で学費はかからないといっても、遠い領地から来る彼女には寮費や食費、教材費などが必要となってくる。
それを捻出することも大変だということは、少しだけ一緒に過ごした私にも分かった。
しっかり者の彼女が考えた結論は、食費を浮かす事らしかった。
そこしか削る所はないと思い詰めたのだろう。
そして、それを私に気づかれたくないマリアの気持ちにも。
だから私は気づかないふりで、彼女に強請る。
一緒にいて、と。
わがままなふりをして、少しでも彼女の助けになれば良いと。
しっかり者で。
優しくて。
可愛くて。
大好きなマリア。
「…君がお姫様の友達?」
何時ものように、マリアと二人でお昼を食べている時だった。
遠慮するマリアのお皿に料理を取り分けていた私は、不作法な事に気づいて慌ててカトラリーを置く。
「テオバルト様」
にこやかに現れたテオバルト様に、マリアは訝しげな表情だ。
「マリアは初めてね。…こちらは私の婚約者のテオバルト・フォン・ヴィルケ様よ。テオバルト様、私の友人のマリア・フォン・ボーデンさん。とても良くして下さってるの」
「…婚約者様が、いらしたんですね」
低い、初めて聞くマリアの声に振り向くと、テオバルト様をじっと見つめていたが、慌てて笑顔を作った。
「ええ。もう何年になるかしら」
「そうだね。5、6年位?はじめまして、マリア嬢。…うちのお姫様をよろしくね」
「…はい」
頷きながらも、マリアの顔は曇ったままだった。
その時は、マリアの様子が何時もとは違うと思いつつも、意外と人見知りのかしら、と詮無い事を考えていた。
それから、テオバルト様は私達の昼食時によく顔を出されるようになった。
普通の日常会話だった。
日常の些細なこと。
しばらくして、領地や領民の事になった。
それから、施政の事に。
テオバルト様は、…マリアもとても博識で、私はただ頷くだけ。
邸に戻ってから、分からない所を調べても、次の日には別の話題へと移ってしまう。
愉しそうなテオバルト様。
はにかむマリア。
…それを見つめるだけの私。
気づかないふりをしていたのだ。
あまりにも、怖くて。
本当は気づいていたのに。
いつの間にか。
本当に、いつの間にか、だった。
私の婚約者であるテオバルト様と。
大好きなマリア。
…二人が惹かれ合っている、と、噂になっていたのは。
10
あなたにおすすめの小説
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
悪役令嬢の大きな勘違い
神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。
もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし
封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。
お気に入り、感想お願いします!
悪意には悪意で
12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。
私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。
ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。
最近のよくある乙女ゲームの結末
叶 望
恋愛
なぜか行うことすべてが裏目に出てしまい呪われているのではないかと王妃に相談する。実はこの世界は乙女ゲームの世界だが、ヒロイン以外はその事を知らない。
※小説家になろうにも投稿しています
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる