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第九話 試験の結果と研究者の密かな反乱計画

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ハーネイト遊撃隊9


ハーネイトは、忍の里で採用試験をすることになった。実技試験で残っている南雲と風魔は、ハーネイトとサルモネラ伯爵という強敵を相手にどう立ち向かうのか。そしてジュラルミンと言うクーデターの首謀者が目論む計画とは一体何だろうか。
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採用試験も、南雲と風魔の二人だけとなった。広場にはわずかな静粛が試験会場である広場を満たしていた。しかしハーネイトは手を抜くことなく、刀の握り方を変え、あらゆる方向から対応できるように構えている。

  「無幻一刀流」彼が独自に考案し、流派の一つとして編み出した我流剣術の構えである。彼自身、幼少期に伝説の剣豪である大牙流の一殺大牙と、花札流の紅月茜の元で2人の流派を習得、更に執事であり、元剣豪のミロク・ソウイチロウにより伝説を編み出した「弧月流」も習得している。しかし魔獣や魔人との戦いの中で、既存の剣術が通用しない場面が時々あった。そこで彼はより実戦的な、型に大きく捉われない剣術を考えた。
  その構えをするという意味は、つまり彼も本気であるということである。

 「こうなったら、全力ぶつけるしかないな!はっ!」

 南雲はハーネイトの、独特な剣の構えに違和感を覚えながら、それでもいきなり駆けだし、ハーネイトにぶち当たる勢いで、体を無数の手裏剣に変えて襲いかかる。

 「南雲は他の忍よりもイジェネートが得意のようだな。はああ!」

ハーネイトは片手で刀を棒術のように鮮やかに振り、南雲が変身した手裏剣をいくつか叩き落としながら少し後退する。次の攻撃に対して反応が遅れるのを防ぐのと、死角を少しでも少なくするためである。

 「かかったわ!」

 南雲の手裏剣に紛れ、手裏剣の嵐の中から鎖つき円盤刃をハーネイトに勢いよく飛ばし首元を狙う。

 「そうきたか、ははははっ、連携の方は問題ない。しかしこれはどうだ!」

ハーネイトは最小限に動きを抑えながら攻撃をかわし、猛追する手裏剣の嵐を避けるように、後方へ大きくバックステップしながら、円盤刀に付いていた鎖を素早く掴み、力強く引っ張る。

 「わっ、このままではハーネイト様の間合いにっ。ぐっ!、まずいわ。」

ハーネイトに引き寄せられる風魔。抵抗する風魔に対し、更に力を入れ、鎖を引き寄せて風魔を引きずりこむ。そして自身の腕の間合に風魔が来ると、ハーネイトは風魔をがばっと抱き締める。強くも、優しく抱きしめ、風魔は突然の出来事に目を丸くする。

 「どうだ、風魔よ。」
 「も、もう!ハーネイト様の意地悪、きゅう…。」

  ハーネイトに抱き締められた風魔は興奮し、顔を赤くしながらあっけなく気絶した。彼もこのような手を使ったことに、自身でも驚いている。敢えて剣術ではなく、こうして彼女を魅了から気絶に誘ったのか。それは彼が風魔に対して、少しばかり情を抱いていたからかもしれない。何よりも風魔は、彼の話を真剣なまなざしで聞き続け、純粋な尊敬の念を伝えていた。それが、手厳しく試験を行うはずだった彼に影響を与えたとも考えられる。

 「それは!風魔が気絶するようなことするなんて人が悪いですなハーネイト殿は。」

 気絶し、ゆっくりと地面に寝かせられた風魔を見て、南雲はハーネイトに対しそういう。

 「いやあ、こういうのは苦手だよ。体がびりびりする。だけどこういうやり方もある。彼女も、これならおとなしくなるだろうしな。もし彼女が本気を出せば、南雲のテストどころじゃなさそうだったのでな。」
 「あいつの弱点を突くとは。風魔の分まで。ってどういうことですか?」

  南雲はハーネイトの発言に疑問に思う点を指摘する。

 「一応リルパスを倒すだけの実力はあるし、彼女は先に合格と言うわけだ。すまないね。さあ、藍之進の言っていた実力を見せてくれ!」
 「風魔だけずるい。言われなくても!この!」 
 「悪いな、これは藍之進さんからの依頼と言うか、私の責任問題と言うやつだ。南雲、全てを見せてくれ。久しぶりに血が騒いできたよ。」

  ハーネイトの発言に抗議しつつも、南雲は全力を出そうと手で印を組み、掌を地面につける。すると自身の影が掌が地面を這うように伸びて、ハーネイトの足元に絡み付く。

 「っ、闇魔法か、面白い。忍たちも魔法使いとは違う系統の魔法を行使できるか。」

 足元に絡み付く影のせいで身動きが取れないハーネイト。目の前には猛烈に迫る南雲。このままでは手裏剣の嵐に巻き込まれる。改めて、南雲や忍全体の評価を頭の中でするハーネイトであった。そして捕らわれている地面を少し見る。

 「イジェネートと魔法、拘束系。戦うだけならばセンスは合格点だ。こうでもしないと大技なんて充てるのも一苦労だしな。しかし影を操るなら影を無くせばよいだけ。」

ハーネイトは、南雲が目の前に来るタイミングで、瞬時に掌から魔閃を地面に向け飛ばし、地面を破壊することで影の拘束を振り払い、身を屈めて構える。

 「し、しまった。地面が崩れて影縛りが解かれた。」
 「これで終わりだ!無幻一刀流「伊三凪」」

ハーネイトは刀に風をまとわせてから、野球のバットをフルスイングする要領で、南雲を体を凪払うように吹き飛ばす。

 「うおっっっ!防ぎきれねえ!」

 南雲は剣風に呑まれ、里の門の柱に背中からぶつかる。そして激痛に耐えながら南雲はまだ立ち上がる。自身よりも強い存在を目の前にして、南雲はこの勝負を負けられないと意識した。引けば負ける、負ければ望む未来はない。その意志だけが彼の体を強引に操る。

 「ぐおっ、ま、まだ戦えるぜ。」

フラフラになりながらも立ち上がった南雲は、そのままハーネイトに向かって、勢いよく走りだし、印を結びながらハーネイトに迫る。

 「くらえ!イジェネート忍法!「武甲怒涛」」

 南雲はすぐに右腕を突き出す。すると無数の刀や槍、鎖鎌などが右腕から生えて、そのすべてが土石流のようにハーネイトを飲み込むかのように襲いかかる。

 「イジェネート能力を全開放する気か。面白い。忍者は魔法も、イジェネートも操れる。実に興味深い。任務に同行させるには十分だ。しかしな!」

ハーネイトは紅蓮葬送を繰り出し、前面を守るように展開すると南雲の怒涛の攻撃を受け止める。

 「ぐっ、何て力だ。だがこっちにもとっておきがある。はっ!魔法使いが使う古代魔法、味わってみるといい!」

ハーネイトは、南雲の攻撃をしっかりと受け止めたあと、紅蓮葬送を操り変形させ、手のようにして南雲を掴む。そして垂直に高くジャンプしたあと南雲を空中に放り出す。

 「虹は渡る 世界を越えて。その一筋の希望を絶望に、虹の裁きがすべて無に虚すだろう!大魔法が13の号「極光一宇きょっこういちう」

  ハーネイトがタイミングよく詠唱し、13番目の大魔法「極光一宇」を放つ。それは空から一直線に、目標を狙う極大のオーロラビームである。その直撃を食らい南雲は、地面にたたきつけられた衝撃で気を失う。更にそのオーロラを束ねた一撃は地面を大きく吹き飛ばした。

 「っ……。」
 「勝負あったな。しかし厄介な連中だ。リシェルの言うことがよくわかったよもう。」
 「みてえだな、しかし、人間にしてはよくやる。この際全員面倒見たらどうだ?」

  伯爵は、あまり出番がなく心なしかつまらなさそうにハーネイトにそう提案した。忍たちのほとんどはハーネイトの方に向かっていったため、伯爵は思ったような戦いにはならなかった。その理由は、彼自身が放つ異様な雰囲気、それも死を常に纏ったような、見ているだけで恐怖で足をすくませる気に、忍たちは無意識に危機感を感じ取ったのではないかと見てとれた。

 「さすがに無理、管理が大変だ。」

  伯爵の提案に、いきなり大勢の面倒は見てられないとめんどくさそうな顔をする彼。一応これで30名以上の教え子を一流の魔法使いに育て上げたとはいえ、元々一人で仕事をしていた時期が長かったからかそれは難しいと伝える。

 「それにしても、2人とも器用に戦うわね。しかしハーネイトえげつない。大魔法をぶち込むとか鬼ですかあなたは。しかしみんな気を失っているけど、大きな怪我はなさそうね。」
 「あくまで試験、だからな。91番使っておくか。」

  そしてリリーが、あれだけ激しく戦った割に、忍たちのけがが軽いことに気付く。それでも忍たちは痛みでその場から立ち上がることができなかった。始終試験を見ていた藍之進は、心配そうに生徒たちを見ながら、ハーネイトの元に近寄り話しかける。

 「ハーネイト、それにサルモネラとやら。やはりそなたらの力は破格です、な。」
 「お宅の生徒さんたちもなかなかですよ。鍛え上げれば輝くでしょう、きっと。平時なら、全員面倒見ている余裕もあったかもしれませんね。イジェネーターが多いのには驚きです。」

  彼は藍之進に、武器に変身できる能力者のことを評価していた。

 「それは、この地域に生まれたものの多くが身に付ける能力だ。しかしハーネイトどのも同じ力を使えるのだな?しかもマントに剣術、相当工夫と苦労を重ねてきたのであろうな。」
 「ま、まあね。どこかでこの若い生徒たちも、遠くで古代人の血を引いているのか。面白いな。」
 「古代にかつて栄えた、バガルタ人の血を継ぐものだけが会得できる力と、古文書には書かれていたな。」
 「となると、私もここの忍たちも古代人の血が流れているのかもしれないな。うちのメイドたちもその傾向があるからな。」

  彼は伯爵が切り出したイジェネートの話をまとめ、自身にも、そしてこの忍たちにも遺伝子が受け継がれているのだなと認識した。

 「そういう、ことになるな。しかし派手にやりましたな。さて、私の生徒の中で気になる者はいましたか?」
 「そう、だな。やはり南雲と風魔が抜きん出ているな。慎重かつ大胆、そして特に南雲のイジェネート能力は強大だ。その前にあなたからの話を聞いて、風魔は既に確定していたのだが。てか私絡みでそんな事件を起こすとか本当に、困った人たちです。でも彼女の夢が叶うならこの際構わない。まずこの2人を連れていきたい。お互い相性もよさそうだし。ではよろしくお願いしますね。」
 「そうですか、わかりました。」

  ハーネイトは風魔と南雲を連れていくと改めて藍之進にそう伝える。今回南雲に対しては正面切って戦ったのに対し、風魔には奇策と言うか、半分自滅覚悟であのような行動をとったのか。それは事前に藍之進から聞いた彼女の話にあった。

 「彼女は、あまりに其方に心酔しておる。もし彼女が興奮すれば試験どころではない可能性がある。」

  藍之進曰く、彼女は以前ハーネイトのことを悪く言ったやつらを瞬殺し粉微塵もなく消し去ったという。しかし側に置いている限り暴走することはなく、絶対に裏切らない忠誠心の高さを持っているとも説明した。そこでハーネイトは長考し、どこまでそのような人材を扱いきれるか試そうと考え候補に考えていたのだ。そして後日、改めて彼女と戦って能力を分析しようと彼は考えていた。しかし何よりも、自身のせいで優秀な彼女をいろいろ狂わせてしまったと思い、罪滅ぼしの意味も込めて風魔を今回、仲間にしようと考えていたのだ。

  藍之進は結果を聞き、緊張していた顔を緩ませて、ハーネイトと伯爵に一礼をする。

 「しかし、他の忍たちも今後合流してもらうことになるだろう。その時はよろしく頼む。」
 「ああ、できるだけ支援しよう。南雲と風魔のこと、頼みましたぞ。貴方なら、2人を最大限に動かしてくれるでしょう。」
 「はい。もっとひどい問題児もいましたし、それに比べてはまだいいでしょう。任せてくださいな。」

  そういい、お互いに協力関係として事態の収拾に当たることを、握手をして確かめ合った。ハーネイトにとって、風魔や南雲程度の癖のある人たちなどまだましであると考えていた。そう、ハーネイトがかつて教えていた魔法学の学生の中には、とんでもない悪行を行っているものが数名居る。彼にとっては、そっちの方が胃が痛い案件であったのだ。もしその人たちがハーネイトと関係があったことが分かれば仕事にも影響が出ると考え、どうしようとか策を考えていたのである。

 「これでさらに仲間が増えたな?」
 「賑やかになりそうね。私は嬉しい。」
 「俺は胃が痛い。」
 「ハッハッハ、もう仕方ないだろ?もっと人をうまく使わないとな。」

  彼の発言に、伯爵は仕事を背負いすぎだから周りをもっと使えと助言をする。

 「まあ、そうか。それじゃ、みんなを治療するか。伯爵も手伝えよ。」
 「わ、わかったよ。しゃあねえなあ。」

ハーネイトは治療魔法で、伯爵は再生能力を高める微生物を体から選び外に放出することで傷ついた忍たちを順番に治療した。そして藍之進の説明の後、一時間ほどしてから学校の施設内にある体育館に忍たちを集め話をする。

 「今回の試験、お疲れさまだったな。結果は、一応全員合格ということにしておく。しかし今は、1度に多くの人を連れてはいけない。
 「はい、ハーネイト殿。なにか理由はあるのでしょうか?」

  伯爵から傷を治してもらった忍の一人が手を挙げ、ハーネイトに質問する。

 「藍之進から、今この星で起きていることは聞いてるな?」
 「はい。DGと機士国の話ですよね?」
 「そうだ。そして今、その事態を解決するために少数精鋭の仲間を集めている。極秘の隠密活動のため、仲間の数が増えるとやりづらいのさ。」

  改めて、詳細な機士国王からの作戦命令を口頭で説明するハーネイト。それに対し、少し忍たちの間で動揺が起こる。

 「そうなると、拙者らはどうすればよいのか?」
 「そうだな、こちらの命があるまで当分待機か、自信のあるものはその敵に関する情報収集をやってくれると嬉しい。それと他にかつての仲間たちに連絡しているのだが、もしよかったら彼らの手助けをしてくれ。こちらからも連絡をしておく。」

  忍の質問にそう答え、追加で命令があるまでは、各自ができることを行うという指示を出す。そして伯爵の方に視線を移す。

 「はあ、俺も本当はド派手にいきたいんだぜ?」
 「隣の角が生えたお方も、先ほど戦ったとき尋常ではない強さでしたが、貴方は何者ですか?」
 「俺っちはハーネイトの相棒さ。サルモネラ伯爵という。伯爵って呼んでくれよ。」
 「そうですか。今後ともよろしくお願いします。」
 「あ、ああ。」

 今回試験を受けた忍たちは二人に対し、全員礼をした。それを見てハーネイトは今後のことについて、忍たちに伝えた。

 「ふう、そういうわけで、あとのことは藍之進殿に任せてあるから、あとで任務について説明を聞くように。基本的に藍之進さんの指示に、独自で何か手掛かりを見つけたら報告。それでいい。それと最後に、これから長い戦いに巻き込まれていくことになってしまうが、私は全員生きて帰ってきて欲しい。だから死ぬなよ。まあ地獄の底からでも腕引っ張ってきてやるが。」
 「はいっ!」
 「精一杯任務に励みます!」

ハーネイトは、忍たちに向かって奮起させる言葉をかけた。そしてそれに全員が一糸乱れぬ返事をした。

 「では解散だ。皆のども、修行を怠るなよ。」

ハーネイトが言い終わり、忍たちは部屋を静かに出ていく。そして南雲と風魔も他の忍と同じように部屋を出ようとした。そのとき、ハーネイトは2人に声をかけた。

 「南雲、風魔。話がある。部屋にいくぞ。」
 「わ、わかりました。ハーネイトさん。」
 「はい。」

ハーネイトは南雲と風魔、伯爵とリリーを連れて最初に案内された部屋に連れていく。そして全員が座ったのを確認し、話を切り出した。

 「ところで、どのような話ですか?」
 「先ほどの試験の結果の続きだが、私は今回、南雲と風魔についてきて欲しいと考えている。」

その一言に、二人は背筋に電撃が走ったかのようにびくっとなる。

 「そ、それはつまり。」
 「作戦に同行できるのですね!何て嬉しいことなの。今まで頑張ってきた甲斐があったわ!」
 「ああ、風魔の言うとおりだ。これから私の手と足となり、時に共に戦う戦友として、そして他の忍たちの模範になるように、解決屋としての心得も教えながら成長してほしい。」

  彼は驚いた表情をしている2人にそういい、飛び切りの笑顔を見せた。将来性を見越して育成をしっかりと行う。それが次世代を育成する上で必要だと感じたハーネイト。その言葉に、伯爵は南雲と風魔に、祝いの言葉を述べる。

 「よかったな、おめえら。ハーネイトのお眼鏡に叶うとはやるじゃねえか。」
 「よかったわね。彼の仕事がいかにすごいか、間近で見れるチャンスは二度とないかもね。」

  伯爵は大きく数回拍手しながら、リリーはその場でくるっと回りながらそういった。

 「うおおおおお!今まで仕事でミスやらかしてきたぶん、この任務だけは絶対成功させる‼」
 「ヘマしないように頼むぜ。」
 「おうよ。伯爵殿。」

  伯爵が南雲のその言葉に軽く突っ込みを入れる。

 「私、夢を見ているみたい。尊敬している人の元で働ける。今まで辛い修行を乗り越えてきたかいがあったわ。」
 「そうか、そこまで言われるとな。しかし話を聞いたが、私のことで暴走して強敵相手を塵一つ消し去るとか怖いんだけど。」

  改めて彼女の実力が違いすぎることを指摘する。もし本当にあの場でそのような事態が起きていれば、有能な他の人材が消滅しかねず、本当はその力量を見てみたかった彼も仕方なく冷静に行動したのである。

 「あ、藍之進様!ハーネイト様にそんなことまで言うなんて、はあ。」
 「本来そんな人は雇うことはできないのだが、それでも私は風魔の将来性を見越したのだ。だから、むやみに抱きつくとか、興奮して暴れるとかはしないでくれ、本当に。」
 「わかり、ました。約束します。貴方の側にいる限り、私はあなたの剣です。」

  風魔は小さいころからの修業のことを思い出していた。ハーネイトの存在を支えに今まで困難な修行や任務をこなしてきた彼女にとって、今この一瞬が幸せの絶頂にいるのかもしれない。なぜここまで固執するのか、それはまた彼女もハーネイトに命を救われているからである。そもそもこうして人気が高いのも彼が人命救助や人を脅かす存在をことごとく打ち払ってきたからというのと、あとは性格や飾らないスタイル、謙虚なところといったのもある。この星では毎年、魔獣や魔物の襲撃で10万人近くの人が命を落としていたのだが、彼の活躍でそれを1000人程度まで抑え込むことができていた。だからこそ、自身もそれに協力したいという感情が多くの人の心の中にあったのである。あと彼女の場合は単純にタイプという見方が強いかもしれない。

 「さて、そろそろ日之国に戻らなければな。」
 「それなら、私が抜け道を案内します。最短距離でいけますよ。」

  風魔が早速道の案内を率先して行う。少なくとも、南雲に任せるよりはとても安心である。

 「早速役に立つな。それは助かる。では、各自支度を済ませたら街のはずれで全員集まるぞ。」
 「わかった。」
 「よっしゃ、今から準備してくるぜ。」

ハーネイトらは一時解散し、それぞれの用事を済ます。南雲は育ての親である藍之進にもう一度話をし、風魔は里のはずれにある亡くなった両親の眠る墓にきて、墓の前で両手をそっと合わせ後にした。伯爵とリリーは里の建物を2人でゆっくり見ながら、2時間ほどして町の北側にある里の門に全員が集合した。

 「こっちはいつでも行けますぞ。さあ、マイマスター、指示をお願いします。」
 「私も大丈夫よ。いつでもいけます。」

 2人は、旅の装備を身に付けハーネイトの前に立つ。2人の目は覚悟と期待を表すような、強い目力を表情を見せた。

 「それじゃ、いきますか。」
 「ええ、行きましょう。」

 彼らは里を離れ、風魔の案内にしたがって、迷霧の森を駆け抜ける。

 「風魔、ここから抜け道を利用して、どのくらいかかるか?」
 「あと一時間くらいです。」
 「わかった。引き続き案内を頼む。」

 一行は、道中特に問題もなく、迷霧の森を無事に抜け日之国の外れまで来た。

 「案内ご苦労だった。」
 「いえいえ、お役にたてたなら光栄です。」
 「ここが日之国、か。」
 「おおお、中々いい雰囲気じゃあねえか。悪くない。」
 「こんな町並み初めてだわ。」

  各々が、外から見る日之国について感想を述べる。街の様子は相変わらず、人の往来も盛んで特に問題はなさそうに見える。

 「さて、ついたはいいが、リシェルたちに連絡するか。」

ハーネイトは、ズボンのポケットから携帯端末を取りだし、リシェルに連絡をかけようとする。そしてすぐにリシェルが電話に出る。

 「心配かけてすまなかったなリシェル。待たせたな。みんなの調子はどうだ?」

 「あ、ああ。みんな元気にはしてるが、エレクトリールとダグニスが寂しがっていましたよ。てか、ハーネイトさん、八紋堀さんから詳しい話を聞いて、マジで焦りましたよ。俺も貴方が戻ってこなかったらと思うとドキドキでしたよ。」

  リシェルは、城の中にいる人全員、特にエレクトリールたちが不安になっていたことを言った。

 「すまなかったな。後で詫びよう。いま南門に入ったところだ。新しい仲間を連れてきた。」

  偶然が重なったとはいえ、皆に心配かけたことに謝る彼であった。

 「わかった。今すぐみんなで南門に向かいますよ。(仲間、なんか嫌な予感がするぞこれ。)」
 「ああ、待っている。」

ハーネイトは電話を切り、携帯をズボンのポケットにしまいながら国の南門の方へと歩いていく。南雲は初めてきた日之国の町並みを見ながら、風魔はハーネイトのすぐ後ろについて行きながら進んでいく。

 「話に聞いていた日之国か。くぅうう!いいところだ。」
 「私は何度も訪れているけどねえ南雲。ほんと、この町並みはなぜか懐かしい感覚が蘇るわね。」
 「懐かしい、か。確かこの国は別の世界の文明にかなり影響されていると聞いている。懐かしいという感覚は、流れる血にその別世界の記憶か何かがあるのかもしれないな。」

  2人の言葉に、日之国が別世界、つまり地球に存在する日本人が多く流れ着き一つの巨大な国を形成したことに触れる。それに対して風魔もその意見に共感する。

 「それは、わかる感じがしますね。前に読んだ本では、侍と忍者は同じ文明、同じ時を生きていたという記述もありましたし、ハーネイト様の言うとおりなのかもしれませんね。」
 「そうだね、2人は自身の生まれや由来がある程度分かっているから、いいね。」

  彼は少し悲しそうな顔をする。それに気づき、南雲が彼の言葉から推測したことを口に出した。

 「ハーネイト殿は自分自身の先祖が誰だったのが、よくわからないのですか?」
 「ああ、それを探すために長い旅をしていたからな。しかし、古代人の血が流れていることは、確かなんだろうな。それまでは分かったのだがな。なんか違うんだよな、ああ。」

  南雲の言葉に、自身も古代人の血は流れているのだと思い考えにふける。しかし何か、それ以上に違う何かが隠されている。漠然とした感じではあったが彼自身は徐々に気づいてきつつあった。

 「イジェネート、か。俺らの能力と所々似てて、幾らでも使いようがある能力だ。」

  伯爵も、古代人の血を受け継いでいるというイジェネート能力について関心を寄せる。

 「確かに。これからも、もっと詳しいことが分かるとよいのですがマスター。」
 「そう、だな。南雲。」

ハーネイトが間を少しおいて、そう言葉を返すと、街の方から、数人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 「どうやらお迎えさんがきたようね。しかし、忍者たちはいいとして、私と伯爵はどう説明するのかしら?」
 「いや、それならまだ伯爵とリリーの方がいいよもう。ああ、しまった、あの事件のことすっかり忘れてたし!」
 「ハーネイト様?顔色が悪くないですか?」
 「あ、うん。はっ。」

ハーネイトが対応に関して戸惑っているところにリシェルとエレクトリール、ダグニスと八紋堀が駆けつけた。彼は動揺し思わず素の状態が出てしまいさらに混乱する。そして、この後ある意味予想できていたことが起こる。

 「ほげえええええ!あの腐れ忍者が何でここに?」
 「ほう、お主は以前拙者をロケットにくくりつけた奴ではないか。」

  以前リシェルが話した、機士国の軍事基地をパニックで襲撃した忍と、それを尋問した男。南雲はともかく、リシェルが相当な敵対心を燃やして両者が睨み合っていた。

 「ああそうだ、しかしハーネイトさん、なぜこんな奴を仲間に?さすがに人が悪いですよ。まさか、あの話を忘れたというわけではないですよねえ?」
 「すまないリシェル、その事を忘れていた。事情は後で話す。ここはおとなしくしてくれるか?」

  彼が自身のミスについて正直に謝りながら、リシェルに冷静になってほしいとお願いをした。しかしリシェルの表情は師匠であるハーネイトの言葉もそこまで届いていないような、納得のいかない表情をしていた。

 「すみません、ハーネイトさん。どうしても、奴と一戦交えないと収まりがつかないっす。それに、俺の力見てほしいっす。」

  そういうと、リシェルは背中に背負っていたアルティメッタ―を手に持ち、戦闘態勢に入る。

 「やる気のようであるな?ハーネイト殿、拙者は構いませんが?」

  一方的に敵意を向けられる南雲は、別に気にしていないと言いながら、苦無を手に持ち構える。

 「どうこう言って止められるものではなさそうだ、八紋堀、城に戻るのが遅れそうだが構わないか?」
 「やれやれ、仕方ない。しかし若造は元気が有り余っているな。」

  彼は八紋堀に謝る。その光景を見ていた伯爵とリリーはそれぞれ感想を述べる。

 「やれやれだな。人間の考えることはたまにわからん。」
 「これって、因縁の戦いって感じよね。」

  2人はやや離れた所から、仲睦まじくリシェルと南雲の様子を見ていた。それに気づいたリシェルは彼らに声をかける。

 「それと、そこの出来てそうな二人は誰だ?しかも、角に、羽?」

  リシェルがそういうのも無理はない。それは、ハーネイトと忍たち以外は同じ感覚であった。伯爵は立派な角の生えた巨大な青鬼のようにも見えるし、リリーは可愛くて小悪魔的な妖精にしか見えないのである。そして見慣れない人たちにとっては警戒せざるを得ない状況である。常に魔物と戦ってきているのがこの世界の人間たちである以上、違和感を感じればすぐに警戒するのはごく当然のことであった。

 「そうですね、リシェルさんの勢いに押されて指摘するタイミングありませんでしたが、そこのお二人さんはハーネイトさんの新しい仲間ですか?」
 「ああ、此度の戦いに手を貸す者だ。隣の羽の生えた女の子もな。」
 「敵、ではないのですね?あとで話を聞かせてもらいます。」
 「いいよ。しかし、貴方不思議な体と言うか、もしかして…。」

  リリーは、エレクトリールが男装の女性であることを早々と見抜いた。一方で、ダグニスはこの状況を冷静に分析しつつ、ハーネイトに確認をする。

 「どうみても、一触即発て感じですね。ハーネイトの兄貴、大丈夫ですかねこれ。」
 「危なくなったら止めに入るしかないな。確かにリシェルは戦闘しているのを見たのがあまりなかった。」

ハーネイトらが話しているのを横目に、南雲とリシェルは互いに得意の武器を手に、未だ睨み合っていた。

 「あのときの続きだ、覚悟しろよ?」
 「やれやれ、仕方ないですな。ではこれはどうですかね!」

 南雲はそういうと、手に持っていた苦無をいきなり投げ、リシェルの頬を掠めるように飛ばす。それをリシェルはわずかな動き手紙一重でかわす。そして空中に飛び上がりつつ間合いを取る。

 「なっ、いきなりかよ。ならば今度はこっちからだ。覚悟しろ!」

リシェルはジグザグに走り、南雲に駆け寄りながら、2丁拳銃で間合いを詰めつつ銃撃する。それを南雲はしなやかに体を動かし簡単にかわし上空に逃げる。

 「ちょろまかとやりづれえなあ、しかしこれはどうだ?」

 彼は本来の口調が戻りつつ、腰を落とし地面に右膝をつく。そして銃を持った両腕を空に向かって突き出しながら無数の銃弾を2丁拳銃から放ち、南雲を射ぬこうとする。

 「飛ぶ鳥なんざ落としてやる。」
 「そんなもの、これで防ぐまでだ」

 南雲は空中でイジェネートを使い、左手から金属を用いて盾を素早く作り出すと、リシェルの放った銃弾をすべて跳ね返す。

 「ちょ、いきなり盾が現れただと?」

 南雲の能力に驚くリシェル。一方の南雲は余裕のある表情を浮かべる。

 「勝負はこれからだ。」
 「ふん、まだかかってくるのか?」
 「ああ!望むところだ。こうなったら賭けてみるしかない。」

  リシェルは拳銃を目の前で祈るように構える。そうするとリシェルの体から魔力があふれ出てきた。

 「リシェル、お前は。」
 「魔力理解、集中…。放射!」

  そしてリシェルが銃口を南雲に向けると、勢いよく赤い光線を3発発射する。

 「あれは魔閃か。しかしあまりに透き通っている。」
 「っく!」

  ハーネイトは、リシェルが魔法を使えることに驚き、そして南雲は再度腕に形成した盾でその攻撃を防ぐ。

 「俺の家系、その遠いご先祖さまは魔銃士と言われていた一族だ。しかしこれでわかった。俺もその力を引き受ける権利はあるとな。」

  そういい、リシェルは腕を交差させつつ2丁の拳銃から魔閃を連射する。

 「どうだ忍者よ!」
 「こんな隠し玉があるとはな、ただの銃使いじゃないとはな。」

  南雲は影を伸ばしリシェルの動きを封じる。

 「ぐ、体が!」
 「これでおとなしくしてもらおうか!」

  南雲がそう言い、手から鎖を複数法リシェルにめがけ発射する。

 「ぐがががが!はあああ!」

  リシェルは南雲の影縛りを気合でほどき、背中に背負っていたアルティメッターを両手で構える。そしてさらに巨大な魔閃を発車しようとした時、街の方から一人の男が猛スピードで、土埃をあげながらこちらに向かってきた。

 「なんだと!このままじゃぶつかる。くっ!」
 「時間か、もう少しやってみたかったがな。」

リシェルと南雲は道路の端に素早く移動する。

 「丁度よかったな。こちらは依頼主のハーネイト殿のために戦う、それでここにきた。無用な争いは控えなければ。リシェルと、その仲間には以前大迷惑をかけたことはここで謝る。」
 「ふん…。」

  南雲の冷静な対応に、子供のようにムキになった自身を恥ずかしく思ったリシェルはその後しばらく黙り込んでしまった。

 「リシェル、魔銃士の家系だったとはな。こうなると本格的に魔閃を覚えさせた方がいい。」

  ハーネイトはリシェルの資質に驚きつつ、魔法の指導を行おうと考えていた。

 「はあ、はあ。八紋堀!遅いからこちらから来たぞ。何をやっとる!」

 走ってきた男は、八紋堀に対しそういってきた。彼は郷田といい、八紋堀の同期である。財務管理を主に任されるが、剣術で名を馳せる有名な侍でもある。

 「すまぬ、郷田よ。しかし急いできたようだが、何かあったのか。」
 「吉田川から聞いた話だが、森の魔女というものから、この国の領主、つまり夜之一様宛に脅迫文じみた手紙が届いたのだ。その話でハーネイト殿、夜之一殿が呼んでいるぞ。それと任務の方ご苦労様です。ご無事で何よりです。しかしまた不思議な仲間たちを集めたものだな。」

  郷田の言葉に少し苦笑いしつつ、事情を理解する。

 「ああ。ありがとう。魔女、か。急ごう。」
 「ではついてきてください。おい、そこのお前ら。ハデに喧嘩するんじゃねえぞ。」

 郷田は、ハーネイトに夜之一からの言葉を伝え、リシェルらに先ほどのことを戒めるように、語気を強めてそう言った。

 「では、報告を兼ねて城に向かうぞ。ついてこい。」
 「分かりました。」
 「早速面白そうな展開だぜ。」

その場にいた全員が、城に向かって走り出した。ちょうどその頃、移動の話に乗ったボルナレロは新しい持ち場であるガンダス城、その中で他の実験の様子を見ていた。

 「これは、改造人間か。であちらは、培養液の中に生き物が。」

  彼が見ていたのは、古城ガンダス城内で極秘裏に行われていたDGの研究、その中でもサイボーグと通常呼ばれる改造人間のテストや、大きな容器の中に緑色の液体と、数種類の生物を掛け合わせたような獣が管理されているものであった。

 「ううむ、あまり見たくなかったものだ。しかし、魔獣を操る研究の大半はDG側に技術リソースを確保されている状態だ。そうなると、もう一つのシステム、RTMGISだけは守り通さなければな。」

  彼は自身の研究に関する情報と技術が、既に上層部に漏れていることを想定し、もう一つの独自に進めていた地図に関する研究のことだけは漏らさないようにしようと脳内で確認をしていた。
  ボルナレロの構築していたシステムは、魔獣を特定の周波数の電波で部分的に操る部分と、そうして集めた魔獣たちをリアルタイムで連動するレーダー、そして地理情報システムを掛け合わせた独自のソフトで森の中に誘導するものであった。のちにこのシステムが今の戦況を大幅に変えることになるとはこの当時、彼自身も把握していなかったが、もしこのシステムまでDGのものになれば、彼は魔獣の群れを都市部に効率的に誘導して戦乱を広げる可能性を懸念していた。

 「おやおや、貴方は。久しぶりですなあ!」
 「あなたは、ホミルド・レイッショナー!ご無事でしたか。」
 「ああ、そなたもな。」

  数々の研究を上から除くボルナレロの背後から、1人の老け込んだ男が話しかける。彼の名はホミルド・レイッショナー・アルトン。医者でもあり、医学系や遺伝子系の研究で多くの実績を残してきた機士国を代表する研究者でもあった。彼もまたクーデターの混乱に巻き込まれ、事前に情報を聞いていたDGに勧誘されここにいた。といっても、ホミルドもDGの対応や体制に不満を抱いており、いざとなれば事を起こす覚悟でいる。

 「大分老け込みましたな。」
 「ああ、正直こんなこともうやってられない。わしらは脅されて研究しておるからな。」

  ホミルドは、遺伝子を組み替えたり融合させる実験をこの施設の管理者、ハラヤシニフ・ウィンストという人物に強制されており、もし拒めば殺すとまで言われていたのだ。その話を小声でボルナレロに話すホミルドであった。

 「それは、私がいたところよりもひどいですな。それで、どのような研究を強制されているのですか?遺伝子絡みと言いましたが。」

  ボルナレロの言葉に、ホミルドは困惑した表情でそっと小声で話し出した。

 「わしらは魔獣同士の遺伝子を掛け合わせた新たな生命体。俗にいうキメラというものを生み出せといわれている。ここには多くの魔獣や人が捕らわれていてな。」

  ホミルドは、所属するチーム内で魔獣同士を掛け合わせたり、強引な遺伝子融合による新たな生命体の研究について、ゆっくりとボルナレロに説明する。

 「ここだけの話だが、そうして誕生した生命体を操り兵器とする予定らしい。」
 「それって、実現した場合只では済みません。この星が取り返しのつかないことになる。ああ、こんなとき研究者であることが嫌になる。」

  ホミルドの話に、ボルナレロは驚愕する。DGの恐ろしい目的を聞き、自身の行ってきた研究が鍵を握りかねないことと、そして罪の深さを再度感じた。

 「そこでな、私の友人に面白い連中がおってな。そやつらに協力してもらいここを襲撃してもらいながら、救出してもらおうと考えている。」

  彼の言葉に、ボルナレロは一瞬顔を真顔にするがすぐさまその話に乗ることにした。

 「私も協力させてください。」
 「そうか、慎重に事を進めるぞ。」
 「はい、ところでその友人とはどのような人物ですか?」

  彼の言葉に、ホミルドは軽く笑みを浮かべる。

 「アルシャイーンという名に覚えはあるか?」
 「そ、その名前は。怪盗として悪名高い大犯罪者…。」

  そのアルシャイーンと言う名を聞いたボルナレロは更に驚いた。その名は、機士国民ならば誰もが恐れる存在として語り継がれる、伝説の怪盗一味である。

 「この前たまたま出くわしてな、大量の金になる資源と引き換えに協力を持ちかけた。そうしたら、あの解決屋を連れてここに来ますといってな。密かに連絡を取り合っているのだ。まあ親戚だからのう。」

  ホミルドの、解決屋というワードにすぐ反応しボルナレロはその解決屋について尋ねる。

 「解決屋、もしや…その名前は。」
 「あのハーネイトと言う男だ。ほら、昔国王が大層気に入っていた若者だ。」

  ハーネイトの名前が出た瞬間、希望に満ち溢れた顔をしたボルナレロ。様子がおかしいことに気付いたホミルドは顔をうかがう。

 「だ、大丈夫か?」
 「いや、これは我らに運が巡ってきたかもしれませんな。私は、彼らの仲間になって、罪滅ぼしをしたいのです。」

  その言葉に、ホミルドはボルナレロの肩をそっと抱いて話しかける。

 「お主も変わったな。だが、私も同じ気持ちだ。ではばれないように、な。そろそろ会議の時間だ、これで一旦失礼する。」
 「はい。ではまた。」

  ホミルドはそういうと、一階にある会議室に向かうためその場を後にした。

 「ハーネイト。多くの人を動かす存在か。」

  彼は前に言ったハーネイトの言葉を思い出しつつ、研究施設を眺めながらそう思念していた。その表情は、決意と覚悟で満ちていた。

  その一方で、機士国内にある、ハイレルラル宮殿では、恰幅の良い男が、高級そうな椅子に座りながら、部下数人をがなり立てていた。

 「貴様ら!まだあの元国王を見つけられんのか!」
 「はい、申し訳ありません!」
 「今も捜索、もとい追跡に当たっております。」

  恰幅の良い、ビール腹が目立つ中年の禿げた男、彼こそが今回の事態を作りだした張本人、ジュラルミン・アイゼンバッハ・ビストフェルクである。そして目の前にいる若い兵士たちはミリムとガルドランドといい、高級幹部として主に、侵略している部隊からの情報をまとめ伝達する任務を受けている。

 「ぐぬぬぬ、国王の件もそうだが、北大陸の侵攻スピードが想定の半分も進んでいないではないか!」

  彼は低いだみ声で2人に対し怒鳴る。現在機士国軍は西大陸の主要都市の占領を完了し、北大陸の方に兵を進めていた。しかしDGの足並みと合わず、連携もまともに取れていない状況であった。というのも、協力関係にあるDGは、機士国に対し兵隊や武器などを提供しているものの、基本的に各大陸で拠点や研究を進めているのに対し、世界征服の野望を掲げるジュラルミンは積極的な侵略を行っているという状況であった。お互いのやっていることが違うのに、うまくいくはずがないと、聡明なガルドランドは心の中でそう思っていた。
  そして何よりも、機士国の兵隊がろくに仕事をしていない状態であった。その理由は、ジュラルミンのあまりの変貌ぶりに違和感を感じ、自らも死にたくないためまともに戦闘をせずあくまでしている振りの状態であること、しかもそれを部隊の隊長たちが指示していたというのが理由である。

  「ジュラルミン殿、北大陸には幾つもの強国が存在することをお忘れでは?」
  「そもそもするにしても戦力数が十分ではないですぞ?」

  2人のその言葉にもろくに耳を貸さず、ジュラルミンは叱責し続ける。そして出ていけというジュラルミンの言葉に、2人は軽くお辞儀をした後部屋を後にした。

 「畜生め!何でうまくいかないのだ。ぐっ、あ、あれ…。」

  部屋の中から外にまで聞こえそうな怒声が周囲に響き渡る。

 「はあ、ジュラルミン様も魔獣や転移現象について全員で結束するという信念は理解できるのですが。しかし何であんな暴挙を。」
 「まるで誰かさんに洗脳されている感じですね。聡明なお方であるはずのジュラルミン様があんなことを言って部下を怒鳴るなど、以前の状態と比較しても変わりすぎだ。」

  2人は各自持ち場に戻りながら、そう雑談をしていた。そしてガルドランドの指摘は大当たりであった。そう、ジュラルミンは魔法をかけられて洗脳状態にあったのだ。その人物こそ、ジュラルミンをたぶらかした謎の男Xと言う人物である。

 「DGの技術を利用するのですか、焦りは禁物ですぞ?」
 「ふん、抵抗する奴らに悲惨な目を合わせなければ気が済まないのだ。」
 「そうですか。(しかし洗脳はうまくいっている。この調子だな。しかし…。)」

  その男はジュラルミンの洗脳には成功したものの、思うように事が進まず苛だっていた。

 「とにかく技術をじゃんじゃか戦線に投入しろ。いいな?」
 「了解しました。」

  そうして、その男はまた遠隔でジュラルミンに洗脳魔法をかけて電話を切った。

 「くっ、18年前の時とは勝手が違う。誰だ、邪魔をしているものは。私の研究を邪魔したあの黒羽の男はもういない。なのになぜ。」

  男はかつてDGが攻めに来た際に、敵に寝返った魔法使いであるという。そして、黒羽のジルバッドと因縁のある男でもあった。この男の存在にハーネイトたちがいつ気づくか、それがこの不毛な争いの終結に大きく関わるのであった。

  一方で街の雰囲気は戦争中であるにもかかわらず平穏であった。そして空に立ち込める工場群の排煙とその中で鈍く光る建物の光。それはこの先おこる事態を暗喩しているようであった。




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