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第十三話 ハルクス龍教団の依頼、そして一触即発の事態

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 ミカエルの家族を助けるため、迷霧の森を伯爵とリリーたちと共に進むも、道中で魔物に捕まった。新能力・魔本変身で窮地を脱出し、森を抜けることに成功したハーネイトは能力を解放し、捕らわれたルシエルたちの元に向かうのであった。


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迷霧の森を抜けたハーネイトは、街を見下ろせる高台の上で、忌まわしき能力を発動した。

 「魔眼破界(スクリーン・パリィスペルト)」

 彼がそう叫ぶ。すると、周りの時間が一瞬止まり、それがもとに戻る際に光の結界が粉々に砕け散った。そして破片が空に舞い虚空へと消えていった。薄暗い背景にそれは良く映えて、幻想的にも見える光景に他の3人はしばらく見とれていた。

 「何だと、あのいかにも堅牢そうな結界が、一瞬で粉々になりやがった。」
 「ねえ、これはどういう原理、なの?」

 2人は術式の結果にただただ驚き、呆然と立ち尽くしたまま目の前の光景をまだみつづけていた。

 「建物は、全く被害なしよ。しかし、あの結界だけをいとも容易く破壊するなんて、考えられないわ。ハーネイトって本当に魔法使い?」
 「これでも大魔法全てを習得し、星の魔導師の位名があるんだからな。しかし確かに今のは魔法、じゃない。はあ、こうするより他にしかなかったが。しかし、これ以上使うと体がおかしくなりそうだ。」

 彼は、力を使用する度に2つの違和感を体で覚えた。ふらつきそうになるほど精神的に負荷がかかることと、人であることを少しづつ忘れていきそうな漠然とした感覚が体を満たしていた。

 「相変わらず恐ろしい力だ。」

 彼はわずかにふらっとよろめく。そしてひざが地面につきそうになるのを足に力を込めて防ぐ。

 「だ、大丈夫?」

 倒れそうになるのをリリーが気づき、とっさに彼の体を支える

「すまない。さて、邪魔な結界は消えたし、このまま侵入する。」

 彼はそういい、ベストラのある方角に走り出す。

 「おいまてよ!」
 「私たちもあとに続くわ。」
 「ええ、行きましょう。」

そのころ、結界を完全に破壊されたハルクス龍教団の人たちは大混乱していた。

 「一体何が。発動すれば巨大な魔獣の突進でもヒビ一つ入らない、破られることのない龍力の結界。それを容易く破界するなんて。」
 「これは、教祖様にすぐ報告しなければ。」

ベストラの街にある、外敵を監視するための櫓に上って監視をしていたこの二人は、突然の事態に驚きつつも、冷静を取り戻し報告をする。

 「急げ、破られた以上守りが手薄になる。そこの、ここで引き続き監視をしていてくれ。」

ロミスという男は、櫓からすぐにおりると、街の中央にある教団の本部に急いで駆ける。

そして、教団の本部でも非常事態に内部が慌ただしかった。

 「あらあら、外が騒がしいわね。」
 「何か、あったのか。」

 街の中央にある教会、その施設内のとある部屋に監禁された二人の魔女、ビルダーとルシエルは急いで走る教団員の足音に気づき、何かを察する。

 「これは、ふふふ。今こそここを抜け出すときよ。監視がいなければこっちのもの。はっ!」

 隙を見て、好機だと笑いながらビルダーは扉の鍵を簡易な風魔法で打ち壊して、拳を魔法で強化しぶん殴りドアを吹き飛ばす。そして周囲を冷静に確認して外に出る。

 「はあ、お母様はいつもこうなのです。」
 「遅いと置いていくわよ。」
 「分かりました、お母様。」

 気勢の強い母ビルダーに心の中で呆れつつも、ルシエルもあとに続き、脱出しようとする。そして、教会の聖堂には、一人の少女が台の上で祈りを捧げていた。

 「ああ、ようやくお越しになったのですね。私たちの救世主様。」

このセフィラと言う少女は胸の前で手を組み、目を閉じてただただ祈る。彼女がいう救世主とは、誰なのだろうか。

 「さて、ベストラはここか。警備のものが集まってきている。ここは魔法の方が費用対効果がいいかもな。」

 一方のハーネイトは、戦うとした場合に剣か魔法のどちらを選ぶか考えていた。そう考えながら無防備に門の前まで歩く。すると若い男の声がして、ぞろぞろと同じ青い修道服をきた者が数十人集まった。

 「貴様、止まれ!これ以上進むなら全力で排除する。」
 「ふうん、ここにさ、魔女が捕らえられていると聞いてきたんだが。」
 「貴様、なぜその事を!」
 「誘拐された魔女の家族から依頼されて、ここまで案内してもらった。でどうなのだ?返答次第では痛い目にあってもらう。」

 彼の言葉を聞き、教団員の一人がすぐに声をかける。

 「貴方は、もしかしてハーネイト様でしょうか?違ったらすみませんが。」

その言葉に、今度はハーネイトが驚く。まともに南の方まで行けたことがないのに、自身のことを知っている人がいたということに改めて知名度と言うものの恐ろしさを感じるのであった。

 「確かに私はハーネイト、ハーネイト・ルシルクルフだが。おい、なぜ私の名前を。」

ハーネイトが先ほど抱いた疑問を表情に出す。

 「それは、教祖様のお告げです。」
 「そうです。貴方という存在が来るお告げがありました。」
 「なんだそれは、お告げ?そんな眉唾物な話信じろと?まあいい、おとなしく通してくれるなら何もしない。」

 彼は、自身の存在を少し棚にあげながらもお告げなど気のせいだという。しかし教団の関係者たちは話を続ける。

 「あなた様が来てくださった、それは感謝。」
 「実は、私たちの方からも貴方に依頼があります。」
 「依頼、だと?」」
 「はい。伝説の解決屋で有名なハーネイトさんにです。」

  男たちはハーネイトの顔を見て真顔でそう言った。

 「ふん…。まあ、話だけでも聞こう。案内して欲しいのだが?」
 「はい、私たちについてきてください。」

ハーネイトは施設のなかに案内される。てっきり一戦交えないといけないかと思った彼は拍子抜けしていたが、むやみに血を流させるよりかはいいと気持ちを切り替える。そして数人の教団員に案内され、落ち着いたかなり古い、所々壁やペンキが剥がれている建物内の奥にある聖堂に入る。するとそこには一人の少女が彼の方を見つめていた。

 「お待ちしておりました。」
 「貴女は誰だ。 」
 「私は、セフィラ・ノート・エリクシナ。ハルクス龍教団の代表です。お見知りおきを。」
 「見た目からまだ少女にしか見えないが、貴方が私が来る予言を行ったのか?」
 「そうですよ。」

ハーネイトの質問に彼女はそう答える。彼女は若くしてこのハルクス龍教団の代表として、教えに従い3年前から教祖として活動していた。青白く綺麗な長髪、透き通るような青色の目。その目で見つめられると不思議な感覚に陥る。
  そしてこの時、ハーネイトは自身がこちらに来るように仕向けられているのではないかと考えていた。あまりに準備がよすぎる。そう感じ取ったからである、だからこそお告げなど実は嘘だろうと指摘をする。

 「それは違うのでは?あなた方が私に用事、または依頼がありどうにか来てほしいから、魔女たちを誘拐したのだろ?」
 「半分は当たりですが、魔女たちを誘拐したのは龍ですら癒す魔法の持ち主が魔女の中にいると話を聞いたからです。」
 「そういうことか。しかし、やり方が荒くはないか?」

  セフィラの話を聞き、一応は納得したものの、そのやり方は良くない。そこまでしてする理由があるのかと考えた彼に、セフィラがさらに話をする。

 「彼を、いや、あの龍を何としてでも元の状態に戻さないといけないのです。なりふり、構ってはいられないのですよ。」

 意味深なことをいうセフィラ、それにハーネイトは追及する。

 「あの龍とは?」

そう質問し、彼女が答えようとしたとき聖堂のドアがバンと開き、二人の女性が入ってきた。

 「やはりそういうことね。」
 「あなた方の狙いはわかりました。しかし、私たちを魔法とは違う力で捕らえるのはひどくないですか?」
 「あの。貴女方は誰ですか?」

  ルシエルとビルダーがハーネイトの前に立ち、セフィラに向かってそういう。そしてすぐさま振り返り、ハーネイトの顔を見る二人。

 「私は、ルシエル・ドロシー・ステア。」
 「私は、ビルダー・ドロシー・ステアと申します。」
 「その名前、ミカエルの家族か?」
 「お姉さんを、知っているの?」
 「ああ、ミカエルから依頼を受けて、ここまできた。貴女方を助けてほしいと。」

  ハーネイトは2人にミカエルの依頼した内容を伝えた。

 「それは、私の娘がご迷惑をお掛けしました。」

  2人はハーネイトの話を聞き、その場で一礼した。

 「それはいいのですが、私たちはすでに包囲されているようですね。」
 「そうだ。無駄な抵抗はよしてほしい。」
 「そのまま返すわその言葉。」
 「というか、いつのまに抜け出したのだ。」

  見張っていたはずの魔女たちが抜け出していたことに、今になって気づく教団員。

 「皆さん、落ち着いてください。ハーネイト様、もし私の依頼を聞いてくださるのでしたら魔女たちは解放いたします。」

  セフィラが彼に提案をする。久しぶりに解決屋らしい仕事ができると考えた彼は少し考えた。依頼を受け、解決する。それこそが仕事の醍醐味。ハーネイトの表情が緩む。

 「まあできる限り要望には答えますが。」
 「はい。ハーネイト様は霧の龍の話はご存じですか?」
 「ああ。」
 「その霧の龍は病と傷に苦しんでいます。その影響で有害な霧を吐き出し続け、様々な問題が起きています。」

 彼女は、霧の龍の状態を説明し続けた。

 「で、どうしてほしいのだ?」
 「はい、貴方に霧の龍を治していただきたいのです。」
 「龍を?人相手でしたら治したことはありますが、龍か。」
 「そうです。あのできものがなくなり、傷も癒せれば、霧は晴れあらゆる問題は解決します。」

  セフィラの話を聞き、依頼を完了させたときに発生するリターンを考える。

 「あらゆる問題ですか、それがもし本当ならこちらにもメリットはありますね。」
 「もしかして、私の依頼を引き受けてくださるのですか?」
 「わかった。ひとまず受けるが、さすがに龍の治療とかはしたことがなかったから、あまり期待されても困るぞ。」

 彼は困った顔をしながら、セフィラの方をみる。事実人については魔法、異能力両方で数百人を瀕死の淵から助け出しているので自信はあれど、小型の飛龍はともかく、龍など今まで見たことがなかったため、内心できるかどうか不安ではあった。

 「では、約束通り捕まえた人たちは解放しますわ。これでも約束はしっかりと守ります。ハーネイト様がいれば、問題ないですわね。」
 「あまり買い被り過ぎるなよ。で、その霧の龍の場所を教えてほしいのだが。」

そのとき、教団員をはね飛ばしながら伯爵、リリー、ミカエルがハーネイトのいる聖堂に飛び込んできた。

 「もう、ハーネイト速すぎよ。」
 「ね、姉さん!」
 「あらあら、ミカエル。そんなに血相を変えてどうしたの?」
 「もう!お母様はいつものんきなんだから。助けにきたのよ。」

  ミカエルは、ビルダーとルシエルに再会することができた。それを見てハーネイトはほっとしたのであった。

 「本当にミカエルは心配性ね。大丈夫よ。」
 「姉さんありがとう。しかし、私たちを捕まえた奴等には手痛いお仕置きしないとね!」

ルシエルは魔法を唱え、誘拐の実行犯ロミスの体を砂で硬め拘束する

「わ、わるかった!命だけはどうか勘弁を‼」
 「ルシエル、そのくらいにしてあげたらどうだ。」
 「でも許せないわよ!」
 「少し落ち着け。ああ、報酬の件は、どうしようかな…?」

  普段見せないような、悪だくみを考えている顔をし教団員を見つめるハーネイト。それに気押される教団員たちがいた。


 「そうですね。どうしましょうか。」
 「じゃあ、南の方の諜報任務と監視を頼もうか。DGの奴らがそっちから来ていたら不味いからな。」
 「そうきましたか。少し予想外ですね。お金とか、私とか、そういうものかと思いましたわ。」

  要求されるものが予想と違い、笑顔を見せつつも少し困ったような表情を見せるセフィラ。

 「あのさあ、さり気にそういうこと言われても困るのだが。それでどうなのだ?」
 「いいですよ、DGの動きを全員で監視しろ、ということならば問題ありません。」
 「はあ、はあ。ハルクス龍教団は各地に支部がある。特に南大陸は数も多い。」

  ルシエルの魔法から解放され、荒く呼吸をするロミスは支部についての話をした。

 「DG、この星を脅かす宇宙から来た戦争狂の宇宙人たち。彼らには消滅してもらわなくてはなりませぬ。そして裏切り者がいます。」
 「DG、あの人たちは危険すぎます。霧の龍も彼らの罠にはまりあの状態なのです。」
 「宇宙人と戦う羽目になるとはね。裏切者、だと?
 「そうです。それは魔法使いでもあり、死骸を操る力に長けていると言います。どうか早く見つけて討伐してください。」
 「ああ、ありがとうな。見つけ次第全て葬る。伯爵、リリー。ついてきてほしい。」

  ニコルフとセフィラの話を聞くハーネイト。さらに敵に寝返った魔法使いの話を入手した彼。そして龍の治療に伯爵とリリーを連れていこうと考えた。

 「わ、わかったわ。」
 「別に構わねえ。ハーネイトの頼みならばどこでもだ。」
 「私は、すみません。一旦ルシエルや母さんたちとルーフェに戻ります。」

  ミカエルが申し訳なさそうにハーネイトにそう伝える。

 「そうか、わかった。」
 「だけど、準備ができたらすぐにあなたの仲間たちのところにいくからね。天日城でまた会いましょう?」
 「姉さん、それはどういうことよ?」
 「事情はルーフェに戻ってから話すわ。」
 「お母さんもそれは聞いていいのかしら?」

  2人はミカエルの発言に驚くも、後で事情を説明するミカエルの言葉を聞きとりあえず3人で街を抜け出そうと考えた。

 「もちろんよお母様。」
 「でしたら、すぐに戻りましょうね。」
 「そういうことで、ハーネイト。後で会いましょう。しっかしねえ、今度こんなことしたら街ごと焼き払いますからね、教祖さん?」
 「ええ、分かりました。青い魔女さん。」

  ミカエルの言葉に笑顔でそう返すセフィラ。そしてハーネイトは3人を見送る。

 「ああ、気を付けてな。」
 「はい、どうかお気をつけて。」

こうして3人の魔女たちは、聖堂をすぐに出ると魔法で空を飛び魔女の街、ルーフェに戻った。

 「さて、話の続きだが龍の場所はどこだ?」
 「霧の龍は、ここから西に向かうとルタイボス山があり、その頂にいます。かなり大きいので、近づけばわかります。」
 「ルタイボス山か。行くための地図はあるか?」
 「はい、それでしたら少々お待ちください。すぐにお持ちいたします。」

ニコルフは地図を探しに行き、数分で戻りハーネイトに地図を渡した。

 「これでいいか。では出発だ。」
 「どうか、彼をよろしくお願いします。」

  セフィラはそう言い、ハーネイトに一礼した。

 「行きましょう。」
 「龍を見られるとは楽しみだ。」

  ハーネイトが先に部屋を出て、続いて伯爵とリリーも彼を追いかけていく。

 「しかし、不思議な人たちですな。」
 「3人はあれだけ人間離れした体をしているのに、怖さとかを感じなかった。そう言われると不思議よね。特にハーネイト様とあの角の男。あの2人は神様の使いかなにかでしょう。」

  2人はハーネイトたちを見た感想をそれぞれ述べていた。そしてセフィラがハーネイトと伯爵についてそう述べた。このセフィラも只者ではなく、彼女自身が龍に変身できる今は絶滅したとも言われる龍人であった。そしてハーネイトのことを見抜く力を持っていた。

 「呪われし運命を持つ人よ、せめてその旅路に幸せがありますように。」

  セフィラはそう言い、彼らを静かに祈った。

その頃、リシェルとエレクトリールは城の屋根に登り、遠くを見て監視していた。

 「今のところなんにもなし。平穏だなあ。魔獣の一つや二つ狩りたいぜ。」
 「今も大変なところがたくさんあるのに、ここはそういったものを感じませんね。不思議です。」
 「それも大切だと思うがな。民たちも落ち着いている。今頃機士国の方はどうだろうか。まあハーネイト師匠の影響力が強すぎてビールッ腹のおっさんの言論統制など、意味をなしてないだろうが。

  エレクトリールの発言に関連し、リシェルは民たちの様子も監視しつつ、故郷の方がどうなっているか予想をしていた。

 「私のいたところは、よく別の宇宙人が攻めこんできてて、どこも緊張感が漂っているところでした。だからこそ、こういう所は好きです。」

  彼女は故郷での戦争の日々を思い出しながらそうリシェルに言う。

 「そうか、なあ、エレクトリールは軍人なんだろ?なんで入ったのか?」
 「守りたいものが、あったからです。」

  彼女がなぜ軍に入ったのか、それは大切な仲間たちを失いたくがないためであった。しかし彼女はその道を選ぶ際に家族から勘当されてしまったのだ。それでも彼女は必死に努力し、若くして軍の司令官という肩書を手に入れた。しかし上り詰めたものの、これじゃないという感覚が彼女の中にはあったのだ。

 「守るか、俺なんか銃が撃てればいいから、軍に入ったからな。俺も兄姉と大喧嘩して、家出した。なんか似てるな俺たち。」
 「そう、ですね。でも後悔してないと言えば、否定できません。」
 「ああ、言いすぎたなと思う。」

  リシェルは互いに何か共通項があると感じていた。彼らが会話をする一方で、ダグニスはハーネイトの帰りを城の中で待っていた。

 「はあ、兄貴ともっといたい。」
 「兄貴って、ハーネイトさまのこと?」
 「ふう、偵察から帰ってきたぜ。マスターがいなくて寂しいのか?」

 忍者たちが市内の偵察から戻ってきた。大広間で元気がなさそうな顔をするダグニスに、風魔が声をかけたのだ。

 「う、うん…。」
 「ハーネイト様が心配?」
 「心配というか、嫌な予感がするんだ。」
 「嫌な予感か。どういうことだ?」

  ダグニスのその言葉に2人は考え込む。

 「兄貴の体にこの先なにかがありそうっていうか。」
 「なにか思うところはあるの?」
 「だって、ハーネイトの兄貴、すこしづつ弱ってきているもん。」」 

  他の人よりもハーネイトのことをよく観察してきた彼女だからこそ分かる、最近の彼の状態について2人にそう言った。

 「確かに、疲れが溜まっているようには見えたが。ここに来た時と言い、それからの表情から分かる。」
 「彼は彼なりに、懸命に仲間を探している、が。彼は気負いすぎるところがあるからな。流石断れない男。しかも確か、海に行くとか言っていた矢先にこの事態。あの業務量といい、普通なら過労死コースまっしぐらだぞ。」

  机に本を置き、読書を楽しんでいる夜之一と、竹刀を持ち何故か大広間で素振りをしていた八紋堀がそれぞれ彼を見て思った感想を述べた。

 「確かに、そんなところありますよね。少しは自身の健康管理くらいしっかりしてほしいものです。もう。」

その場にいた全員が、彼に関して漠然とした不安を覚えていた。そのとき部屋のふすまが開く。お蝶がシャムロックたちの話を伝えに訪れたのだ。

 「突然のことで申し訳ありません。」
 「お蝶か、どうしたのだそんなに急いで。」
 「はい、ハーネイト様のお付きのものと、機士国の近衛兵ルズイーク様、他2名が夜之一様に謁見したいと申しておりまして。」

  お蝶の話を聞き、夜之一は少し笑う。まさかこのタイミングでルズイークに会えるとは思ってはいなかったからだ。

 「よいぞ。通せ。私の古い友人だ。それとお付きのものか。一度会ってみたかったが、良い機会だ。早く連れてきたまえ。」 
 「は、はい。今すぐにお連れしてまいります。」

  お蝶はすぐに部屋を出て、城の門の前で待たせている彼らを急いで案内する。

 「お付きのもの?てかルズイークっておい!」
 「あらら、以前機士国に行ったとき戦った人だよねえ?気まずいわね?まあ私は無関係だし?」
 「ひっでえ!」

  風魔の意地悪な発言に南雲はあたふたしていた。

 「リシェル達も呼んできましょう。」
 「そうだな、では頼んだぞ八紋堀。」
 「御意」

  彼も服装を整え、屋上にいるリシェル達を呼びに行く。

 「まさかミレイシアがここに?血の雨が降りそうね。バイザーカーニア一番の問題児、ミレイシア……。」

  お蝶の発言を聞き、ダグニスは一人の女性の顔が頭に浮かんでいた。そう、あのミレイシアである。ハルディナもそうだが、ダグニスもミレイシアのことは苦手であり、極力彼女がいるときはあまり近寄らないようにしているほどであった。

 「はあ、となるとミロク様頼みかなあ。バイザーカーニアの頼れる常識人にして伝説の剣豪。シャムロックは、うーん。真面目なのはいいのだけれど、もう少し見た目どうにかしてほしいわ。」

 「なあダグニス、その名前の人たちとは?」

  南雲の質問に、ダグニスはハーネイトが雇っている(正確には雇わされている)3人のついて軽く説明する。

 「ハーネイト様、何でそんなことに。それなら私がメイドになります。そうすればもっとそばに、エヘヘ。」
 「はいはい、それなら言ってみたらどうですか?もしかすると機会はあるかもな。はあ、マスターは若干押しが弱いところがありますからね。」
 「仕事ぶりの完璧ぶりと比較して、日常面で完璧じゃないからこそ親しみも持てるのですが、でも兄貴の胃が心配だよ。」

  風魔はメイドたちの話を聞いてなりたいといい、南雲はマスターであるハーネイトについてそう評価していた。そうこう話しているうちに、お蝶はルズイークたちを夜之一のいる大広間に連れてきた。

 「お連れして参りました。」

  ルズイークたちと南雲たちが顔を合わせた時、その空間は瞬時に凍てつく。

 「あっ、貴様!あの時の腐れ忍者!なんでここに!」
 「い、やあ、なんのことでしょうかねアハハ。」
 「ちょ、あのゴリラみたいな人すごい威圧感あるわね。ザ・ゴリラゴリラゴリラ的ですね。」
 「やはり予想通りですね。何でメイドたちまで来るのよ。てかあれ、アレクサンドレアル6世!?」

  南雲とルズイークのやり取りをよそめに、ダグニスはアレクサンドレアル6世まで来ていることに驚いた。

 「ふう。なかなか面白い。ハーネイトの元に集まるのはいつも個性派揃い。夜之一よ、久しぶりだ。」

  アレクサンドレアル6世は夜之一に声をかける。そして夜之一はすかさず立ち上がり国王の元に駆け寄る。

 「確かに、そうだ。心配したぞ、アレクサンドレアル。」
 「ああ。そして私は無事だ。」

  そう言い、2人は互いに体を抱きしめる。ここに、アクシミデロ星上で強大な2つの勢力の領主が存在していた。

 「しかしハーネイト殿の姿が見えないな。早急に伝えなければならない案件がたくさんあるのだが。」
 「彼は今ここにはいないのだ。少し待ってくれ。霧の龍を治しに行っているのだ。ついでに南の方の調査も行っている。」
 「ふうむ、そうか。それは理解した。しかしハーネイト、お主のその妖力で敵ごと一網打尽にすればよかろう。」

  アレクサンドレアル6世の発言にダグニスがハーネイトの状態を伝える。

 「お久しぶりです、国王様!」
 「おお、ダグニスか。」
 「あの、ハーネイト様は大分疲弊しているようです。これ以上強大なあの力を使わせれば、恐らく倒れてしまうでしょう。」
 「やれやれ、どうも彼は自身の限界を把握できていないようだ。ふう、彼がどうすればよくなるか考えてみよう。」

  ダグニスの話を聞いたアレクサンドレアル6世は状況を理解し、床に座ると目を閉じて考え始めた。
  そして南雲とルズイーク、ダグニスとミレイシア同士の間に緊張が走る。今にも何かが起きそうな予感がしていた。そんなことはいざ知らず、そのころ、ハーネイトはリタイボス山に向かっていた。

 「しかし、今回の一件は手の平の上で操られたみたいで複雑だな。」
 「それなら、もっと力を見せつけてあげたらよかったじゃない。」
 「はは、ハーネイトらしいな。でも血を流させずにことを進めるのがいいのだろ?」

  伯爵は甘いところや押しに弱いところがあるからそう乗せられるのではないかと指摘する。

 「はあ、本当は断りたいことだってたくさんあるんだけどね。信用って鎖に私は囚われているよ。」
 「そうか。信用ねえ。ああ、話は変わるがハーネイトはあまり欲とかないのか?」
 「欲か、うーん。色々知りたいって欲はあるし、美味しいもの食べたいってのもあるが。」
 「それ以外は?ほら、ハーネイトの周りにはかわいい女の子たくさんいるでしょう?みんなまとめて面倒見てみたいとかは考えたことない?」
 「あまりないかな。」
 「ハーネイトは不思議ね。あれだけの力を持ちながら、世界征服とか考えないの?3日もあればできそうな感じだけどね。」

リリーの放った突然のその質問に、ハーネイトは少し驚きながら答える。

 「世界征服…考えたことなかった。自身がどこからきたのか、力の由来はどこなのか、そればっかり考えてきたし、何よりも、みんなを守りたいって思いが強かった。誰かが傷つけば、自身が殺されるよりも痛く感じるのだ。だから今の状況も、自分が傷ついて周りが何ともないなら、結果的にはいいかなと思うのだ。」
 「ハーネイトみてると、その純粋な心にこっちが昇天しそうだな。その優しさというか、甘さはどこからきたのだろうか。」
 「あ、うん…。」

 伯爵の言葉に、ハーネイトは突然顔を下げて黙り込んだ。

 「ど、どうしたの?」
 「いや、優しいのかな?って。自分でも、自身のことよく分からない時が多くて。」

  彼は自身が周りからどう見られているのかがよく分からない節があった。自身は自身のために動いてきて、それが結果的に他の人のためになる。それっていいことなのか、当人は疑問を抱いていた。ましてや自身には謎が多く、今のような、優しいといわれる感じのやり方でこのまま居てもいいのだろうかと不安に思いそう言ったのである。

 「俺からしたら、ドがつくほどに甘ちゃんなところもあるが、しかし放っておけねえ謎の魅力があるように見えるがな。」
 「もしかして、昔あったことがまだ忘れられない?」
 「そうかも、しれない。難しいね、忘れるっていうことは。それを踏み台にして私は前へ進んできた。だからその事実の否定は、今の自身の否定になるって。そう考えているんだ。」

  幼少期の辛い経験が、彼を未だに苦しめていた。そして辛いからこそ、優しく接すれば波風は立たないと感じ、無理やりにでも笑顔で人と関わり続けた。それが彼なりに考えた世の中の渡り方であった。リリーは自身の過去のことも併せて、悲しくなった。

 「そうよね…そうだ、あの龍を治して、話を聞いてもらったらどう?」
 「前に誰かさんが言っていたな。折角だし、その物知り龍さんに聞いてみようぜ。ほら、見えてきたし。」

 伯爵は指を指し、頂に佇む龍を二人に教える。

 「そうだな、うん。」
 「ではいきましょうか?」

 三人はリタイボス山に登り始めた。

  その頃、DGの北大陸支部長であるガルバルザスは、執務室でくつろぎつつ部下からの情報をまとめて整理していた。この男は成り行きでクーデターに巻き込まれた機士国王側の男であり、国王のお爺さんでもあった。しかし年は70に差し掛かる割にはとても若く見える男であった。

 「内部情報によれば、すでにDGと言う存在は虫の息に近かったようじゃのう。」
 「そのようですね。そもそも奴らの幹部の3分の2が宇宙人とか、それを知った時さすがに私も憎悪を抱きました。となると、過去に起きたあの事件は本当に異星からの侵略者との戦いであったということですね。」

  ガルバルサスの副官であるルーディスが集めた幾つかの情報の中には、DGの主力幹部である6名が全員別の星から来た人間であること、そして別の勢力によって拠点のある本星は既に壊滅していること。さらに最近その勢力と思われる存在の目撃情報があり、しかも決まってDGが活動している中に現れるという情報もあった。紙の資料の中に、一枚の写真が挟まっていたが、その写真に写る白い服の長髪の男が映っていた。

 「こうして情報をかき集めると、この星に来た目的がなんとなく掴めてくるな。」
 「それはどういうことでしょう?」

  そうするとガルバルサスは資料を幾つか手に取り、指を指しながら丁寧に説明する。
  彼曰く、すでに謎の勢力により弱体化していたDGは勢力を取り戻すためこの星に一旦逃げ込んできた。そして都合のいいことにジュラルミンの話を聞き接近、協力関係を取り付けつつ、安全な場所と資金の提供を受けて息を吹き返したのではないかと推測した。

 「そうなると、この魔物の研究に関する報告書と予算は何でしょう。」
 「機士国には、魔物研究に関する博士や研究者がそれなりにいたからのう。その話を聞いて、何か利用できると思ったのじゃろうな。これだけ他の予算費よりも数倍高く提供されておる。」

  そう指摘しながら、白い服の男が写った写真を見る。

 「しかしこの男と言うのが気になる。断続的に他の拠点に襲撃を仕掛けているらしいな。
ルーディス:はい。ここ数日で3つの小拠点が襲撃され多数の死傷者が出ております。その影響からか、クーデター軍含め侵攻スピードに停滞が見られます。これが追い風になればいいのですがね。」

  白い服を着た男によるものと思われる襲撃事件は今のところ北大陸の西側で起きているためこの基地には関係がないと考えているものの、2人はそろそろ頃合いかと考えていた。そして解決屋ハーネイトのところに合流したいと考えるようになり、どのタイミングでDGに損害を与え抜け出そうかと画策していたのであった。

 「そういや、DGの別動隊が海経由で北大陸の東端を目指しているという情報があったな。」
 「はい。」
 「それだ。おそらく奴らとあの解決屋たちはガチ合う可能性が高い。そこでだ、一見DG側に協力すると見せかけて攻撃し、勢いで彼らとともに戦うというのを考えたのだがなあ。」

  彼のその作戦内容に若干呆れつつも、仲間として取り入れてもらうにはそれ相応のリスクや行動が必要と理解し、二つ返事をした。

 「彼らは凡そ半月後には到着する予定です。それまでに、準備をしましょう。ここの兵たちもハーネイトの話をすれば喜ぶでしょう。」

  ルーディスがそういうのは、ガルバルサスが率いる兵たちが機士国出身の兵ばかりであり、忍の里にいた生徒たちのようにハーネイトのファンである人が大多数を占めていたからである。

 「改めて彼の影響力が末恐ろしいと感じるのう。正直彼が王になっても楽しそうだがな。しかし欲の無さだけはいただけないなガハハハ。全員質素な生活になってしまうからな。」

  そう笑いつつも、解決屋である男について評価するガルバルサスであった。

 「そう、ですね。正直うらやましいです。みんなに慕われる存在、私には。ああ、そういえばいいお酒を手に入れましたので飲みますか?そろそろ終業時間ですし。」
 「珍しいな。明日は誘導弾の雨が降るのか?」
 「そんなこと言わないでくださいな。」

  2人はそう掛け合いながらグラスに度数の高いお酒を注ぎ、ゆっくりと飲んで味わっていた。この2人が考えていた作戦もまた、ハーネイトの行動に大きく貢献するものであった。どれだけこの解決屋の男に全員入れ込んでいるのだろうか。そしてその数だけ、彼をあるイメージに固めて苦しめていたのだろうか。それはまだ、誰にも分らないことであった。




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