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第十二話 新たなる力の目覚め・「魔本変身」

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ハーネイト遊撃隊 12


ミカエルの妹と母を助けるため、ミカエルの案内の元迷霧の森を通り抜けるハーネイト。しかし、道中で魔物に教われている人がいるのを感知。向かうと、忍専のくノ一が魔物に狙われていた。助けに入るも、悪魔の声に囚われて、一瞬の隙を突かれて敵に捕獲されてしまう。この窮地を、彼はどう突破するのか
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ハーネイトたちは、ミカエルの案内のもと、夜の迷霧の森の中を走っていた。テコリトル星が霧と森を薄らと照らすも森の中はかなり暗く、以前よりも霧の濃度が上昇し見通しは最悪の状態であった。それでも4人は障害物をやすやすとよけつつ森の中を進み続ける。

 「このまま進めばあと一時間半くらいで着くと思うわ。ルーフェと教団のある街ベストラは近いから。」
 「わかった。引き続き案内を頼む。」
 「しかしこの程度の霧なら、ハーネイトは軽々と突破できそうなのに。」

  自身に飛行魔法をかけて地面を軽やかに飛翔しつつ、率直な疑問を彼にぶつけるミカエル。実際ハーネイトの魔術師としてのレベルは非常に高く、魔法耐性もそれに応じて高いはずと感じていたが故の質問であった。

 「この霧の中に入ると頭の中から声がしてね、それが不気味であまり近寄りたくなかった。それが理由だ。」
 「幻聴の類いかしら。確かにこの霧は、そういった現象も起きなくはないほど魔力が濃いわね。」
 「確かに濃いよね。魔力でお腹一杯になるわ。
 「でも、違う気がする。ああ、はっきり分かった。」
 「さっきのって?」

  ミカエルの質問に、うつむいたまま彼はこう答えた。

 「城にいたとき、みんなが先に部屋に戻ったあとに、はっきりとその声が聞こえた。すごく怖い、冷たい声がね。」
「まさか、何かに取りつかれてる?」
 「それはないわ。まず外からハーネイトの体にとりつける悪霊はいないわよ。自らセルフ成仏するのがオチでしょう。」

  霊感が非常に強いリリー曰く、うっかり取り付いてしまった悪霊がかわいそうなくらいに彼の退魔力は凶悪らしい。

 「そうなると不思議よね。何が原因なのかしら。」
 「本当に困った話だ。おい、この先の方から人の声がしないか?」
 「確かに今したな。バクテリアコンダクター!どれどれ、触手たくさんな魔物が前方800m付近にいる。それと女2人か。」

  伯爵は気を集中させ、周囲の微生物を利用し無数のセンサーを生み出す。それで叫び声が聞こえた周辺を微生物センサーに探らせる。すると魔物が人を襲っているのが遠くからでも手に取るように伯爵は理解した。わずかな数の微生物で実行でき、世界のあらゆるところを監視できるこの能力は破格だが、本人曰く疲れるのであまりやりたくないという。

 「仕方ない。ついでに、助けにいくか。進路上にある以上避けられない。」
 「確かに見過ごすってのは後味悪いわ。どちらにしろこの先にベストラはあるんだし、私もやるわ。」
 「さて、ご飯の時間だ。醸して喰らってやるぜ!ハーネイト、先に先行するぜ。」
 「俺もだ。イジェネート、ブーストオン!」

 2人はスピードをあげ、森の中を疾走する。

 「ちょ、待ちなさいよ!」
 「仕方ないわね。シルバーファング!」

ミカエルは試験管を服から取り出し、ふたを開ける。すると魔力の煙がミカエルの周囲を覆い、その煙が晴れると巨大な白銀の狼が現れた。前にハーネイトを捕まえた際にも呼び出した、彼女お気に入りの召喚獣である。

 「ウォォォォォン!」
 「ファングに乗るわよ。さあ!」
 「あの時の大きな狼ね。分かったわ!」
 「乗ったわね?さあ飛ばすわよ!このまま突っ走ってシルバーファング!」
 「ガルルルル、ウォオオオン!」

 2人はファングの背中に乗りしがみつく。すると白銀の狼は猛スピードで森の中を走り出す。銀色の風が森の中を吹き荒れるように、ハーネイトを追いかける。
その頃、先に到着したハーネイトと伯爵が、叫び声のあったところに辿りつくと、二人の若い女が伯爵の情報通り、触手が無数にある魔物に行く手を阻まれていた。

 「大丈夫か!」
 「その声は、ハーネイト様!」
 「ハーネイト様!」

そこにいた女二人は、忍専の学生である凜音と紅葉だった。彼女らは先日試験を受けており、中盤で2人に吹き飛ばされた忍たちである。彼らの顔を見て不安に満ちていた表情が消え、笑顔が戻る。

 「お前ら藍之進のとこにいたやつらだな?」
 「はい!伯爵様。先日はお世話になりました。」
 「伯爵様、この目の前にいる気持ち悪い魔物、切っても再生するのです。」
 「おうおうそうかい、可愛い子ちゃんたち、後ろに下がってな。」
 「はい、分かりました!」

  紅葉と凛音は伯爵の指示に従い魔物から遠ざかるようにジャンプし、距離をとる。

 「さて、こいつは別世界からきた魔物、オプタナスだな。」
 「キェェェェ、キシャャャャャ!」

オプタナスは奇声をあげながら触手をしなやかに振るいまくる。この陸上タコと言えるオプタナスはこの星の生物ではなく、本物の魔獣といえる存在である。不定期にこの世界に流れ込み、生態系を荒らす害となる魔獣である。触手は美味しく、オプタナス一体でたこ焼きが2000個近くできるほどの量を持つ。しかしこの触手が厄介で数が異常に多く、また粘着性のある粘液や胃酸などを胸と背中にある口から噴出する。攻略法を知らなければ苦戦は必至であるなかなかの強敵でもある。しかし何度も戦っているハーネイトならば、いとも簡単に仕留めることができる。

 「速やかに倒すか。」

ハーネイトは高く飛び上がり、太い木の枝に飛び乗る。そして気配を断ち、オプタナスの背後から奇襲をかけ、その背中に刀を突き立て、急所を破壊しようとする。オプタナスは胴体の中にある心臓を一突きすればすぐに絶命するため、気づかれないうちに背後から奇襲を仕掛けるのが基本的な倒し方である。普段ならばこれで勝負がつくのだが、そのときハーネイトはまたも幻聴を聞いた。城の中で聞いたあの声である。

 「力ヲ、力ヲ開ケ、認めロ、貴様の、内なる力を!我らが魂を!」

  またも謎の声がハーネイトの心を侵食し、苦しむ。その声は今でははっきりと聞こえていた。

 「ぐ、ぐぅ…!がっ!」

オプタナスは、ハーネイトが苦しんでいる呻き声に反応し、すかさず背中から素早く数十本の触手を伸ばした。そして有無を言わさずハーネイトを捕らえると、体内に引き込んだ。

 「嘘、だろ?おい、ハーネイト!返事しろ!」

 伯爵の声も反応がない。一時の静粛のあと、伯爵はまた声を上げる。

 「はは、嘘だろ?ハーネイト。こんなところで終わるなよ。生きているんだろ?早く出てこいよ、なあ!」
 「まさか、ハーネイト様が。」
 「食べ、られた?」

 3人の間に緊張と動揺が広がる。そして、ミカエルとリリーが伯爵に追いつく。

 「女の子は無事ね、ねえ、伯爵。ハーネイトの姿が見えないのだけど。」
 「ハーネイトは、あの触手野郎に捕まった。」

  伯爵の言葉に、2人は開いた口が塞がらなかった。

 「はああああ?伯爵、早く助けなさいよ!」
 「そ、そんな。嘘よね。ねえ!ハーネイト!返事をして!」

しかし、ミカエルの声も届いてない。

 「許さないわ。許さない!万象の炎、大いなる力、紅蓮の魔法「フォル・イグニア」

ミカエルは素早く魔法を詠唱する。そして手を突き出し、掌から複数の火炎弾を出して、オプタナスを燃やそうとする。しかし、オプタナスは、体から液体をだし、燃えるのを防ぐ。

 「火が効かないなら!大魔法で蹴りをつけてあげるわよ。」

  ミカエルは我を忘れ、次に氷系統の大魔法を詠唱しようとする。しかしそれは2人のクノイチに止められた。

 「待ってください!下手な攻撃はハーネイトさんにダメージが!」
 「それにあの触手魔、苦しんでいますよ。もしかすると。」
 「はあ、はあ、確かに苦しんでいる、わ。しかも尋常じゃないくらいに。」

 3人はもだえ苦しみ粘液をまき散らしている魔物の様子をよく見ていた。




 その頃、オプタナスの触手に捕らわれて魔物の体内で気を失っていたハーネイトは、心の中から前に見た、紫色の不思議な空間を認識し、その世界に立っていた。

 「ここは…。またあの世界。だ、誰だ。」

 目の前に、こちらに向かい歩いてくる何かを捉えた。ひどく静かな足音、そして影を見ただけでもわかる異形の存在。すぐさま彼は身構える。

 「ようやく、来たか。貴様。」

 以前の、聞き取りづらく、冷たかった声とは違い、はっきりと聞こえ、厳しく厳つい声の中に、どこか暖かみを感じる。

 「我が名は、96の悪魔が第1冠位将、フォレガノ。」

フォレガノと名乗ったその者は、2つの鋭利な角が側頭部から生え、その眼光は冷たく鋭く、華奢な体に対し、巨大かつ太い両腕、両足が印象的な、禍々しいフォルム。悪魔と言われれば、まさに納得する姿をしていた。

 「フォ、レガノ?聞いたことがないな。というか、前々から見ているこの景色は何なんだ。」
 「口の、聞き方が悪いな。まあよい、ここは次元の裂け目、隙間と言える空間だ。そして、貴様の心の中でもある。」
 「次元?心の中?いきなり何を言っているか意味がわからないな。そしてフォレガノ、か。一体何なのだ。」
 「我らは、魔本に縛られし悪魔。自由奪われ、苦しむ。貴様の中にある魔本の中にいる。」
 「それは、あの一ページも開けなかった魔本のことか?」

  改めて、ハーネイトはこの目の前にいる悪魔が、魔本の中にいることを確認する。

 「そうだ、しかし、いまの貴様なら読めるはずだ。」

ハーネイトの足元に、黒く、分厚い本が現れる。魔方陣が幾重にも重なった表紙に手を触れると、勝手に本が開く。

 「これが、魔本の力か。多種多様な悪魔が、本に捕らわれている。他には、これは人間!」

  その所の1頁1頁には魔物の写真と悪魔についての説明、そして情報が詰まっていると見て取れる謎の装置が張り付けられていた。他にも人や機械、獣など本ごとにそれぞれ同様の形式でデータが保管されていた。

 「我らは、遥か昔に、古代人ハルフィ・ラーフィスに捕らえられた。肉体を消滅させられ、魂だけとなったわしらはこの本にそのすべてを封印された。そして長らく呪われた書となっていた魔本は、使う資格のあるものに巡りあった。それが貴様だ。」

フォレガノはハーネイトを見ながら、彼が持っている本を指さした。

 「俺が、その使い手だと?冗談にしか聞こえないが。」
 「現に、目の前に我らがいる。これが答えだ。」
 「我らの否定は、貴様の存在の否定。」

 新たな声に気付き、周囲を確認するハーネイト。すると新たな悪魔が現れ、更にハーネイトの足元に、様々な色の魔本が現れ、勝手にページがめくれる。それと同時に、今まで聞いた声とは違う声がこちらに歩いてくる。

 「あたしは魔人の書、第2の魔人よ。プリヴェンドラー、覚えてね。」
 「私は、古代人が編み出した機装鎧、その魂、ネメシウスだ。機神の書にデータが記載されている。」
 「プリヴェンドラー、ネメシウス?魔人に機神の書?」
 「かなり前に、あなたが拾い上げてくれた魔本。消えた魔本は、貴方の中にある機械が、次元の裂け目とリンクさせて、その封印が解けたの。そして私たちが解き放たれた。」

  濃い緑の服を着た、よく手入れされたロングヘアーの女性が魔本について説明する。しかしハーネイトはきょとんとした顔をしていた。一体何を言っているのだといわんばかりの表情である。

 「あなたは、次元を操る力、そしてその世界を心に秘めるもの。」
 「一体、あなた方は何を言っているのだ?次元?機械だと?」
 「悪いが、それを説明する暇はない。このままでは魔物に食われてしまうだろう。」
 「そうだった、あの陸タコに捕まったままだった。」

  自身がオプタナスに捕らえられたのをフォレガノの言葉で思い出し、どうにかして抜け出そうと焦るハーネイト。その言動を見てプリヴェンドラーが声をかける。

 「あたしたちが力を貸すから、早く脱出しなさい。」
 「しかし、どうすればいい。」
 「ならば、体の一部を貸せ。貴様のイジェネート能力で、悪魔の腕を作り出すのだ。」
 「それは、やはり体を預けるということではないか。どうせ乗っ取るつもりだろう?」

  彼は目の前の悪魔や魔人たちを警戒していた。封印されていたというならば、それが解ければ何をしでかすかわからないと判断していたからだ。

 「しかし時間がない。それに我らは。」
 「貴方と共にある。そして、私たちの肉体を奪って消し去って、こうした犯人に痛い目をあわせて。その犯人があなた自身を知るカギになるわ。」
 「貴様の力なら、できるはずだ。そして、その過程が貴様の出生と力のすべての答えに繋がる。」

  3人は改めて叛逆する意思はなく、むしろ彼に有益な情報を提供すると持ち掛けてきたのだ。その言葉に彼は困惑し、ひきつるように笑っていた。

 「は、はは。体の中に、こんな世界があって、悪魔や人、機械がいて。一体私は、俺は、どうしてこんな。ああ…。」

ハーネイトは少し黙り込み考えた。そして、再度口を開いた。

 「すべてが、俺のすべてがそれで分かるなら、その話に乗ってやる。そしてみんなを開放できる方法を探そう。さあ力を貸してくれ!」

 彼の思いのたけを込めた叫びが紫色の空間に激しく響き渡ると、フォレガノはハーネイトの右腕に素早く取りつく。

 「魔本の力も、出したいイメージがどれだけ正確に構築できるかが重要よ。」
 「さあ、未来を切り開くのだ、心優しき神の兵器よ!そして唯一の希望よ!」
 「それは、どういう?うわわわわああああ!」

 ハーネイトは紫色の空間から抜け出し、ぼんやりと目を覚ます。そして気持ち悪い魔物のなかで右手を、ゆっくりと前に伸ばす。魔物も異変に気づき、もがき苦しみだす。

 「わわっ、いきなり暴れだしたわ!」
 「どう言うことだ。バクテリアサーチ!」

 伯爵は、体からわずかに微生物を魔物のなかに潜入させる。そして、ハーネイトの生存を確認した。

 「ははは、生きてやがるぜ。しかしこれは、右手から光が?」

  そのとき魔物の胸部から血が吹き出し、悲痛な叫び声を上げるオプタナスのその身を割きながら、異様なものが体外に突き出したのだ。

 「こ、これは!」
 「人の腕では、ない!」

クノイチの2人は口に手をあて、そのまま絶句する。予想だにしなかったことが彼女たちを不安にさせ、足をがくがくと震えさせた。

 「これは、どういうことよ!」
 「まさか、ハーネイトが。本当に彼は人間なの?あれは悪魔の、腕だわ。」

リリーもミカエルも、その光景に目が釘付けになる。

 「は、はははははは!こんな隠し球とはな、さすが唯一のライバルだ、ははは!ついに来たか。」

 伯爵の笑い声が森の中を振動させる。そう、胸を引き裂かれたオプタナスの中から、黒褐色の生々しくも金属的な、前腕が異様な形をした巨大な腕が現れた。

 「ひ、ひぇぇぇえ!」

 凛音がさらに叫ぶ。そして、更に腕が突き出て、オプタナスからハーネイトがずるっと脱出した。勢いよく飛び出し、地面に降りるとすぐさま振り替えり、血に濡れながら、重たい悪魔の腕を素早く突き出す。

 「何てパワーだ。おったまげたな。」

 伯爵がその力に驚いていると、ハーネイトは武器庫のような悪魔の前腕から、ガトリングを展開するないなや無数の魔弾を発射した。その無数の橙色の弾丸はすべて、今にも息絶そうなオプタナスの体を一発ごとにずたずたに引き裂く。さらに追い打ちをかけるように腕から魔力を噴射、その勢いで突進すると、オプタナスのコアを掴んだ。

 「は、ハーネイト、ハーネイトだよね。何て姿なの?こんなものが彼の体の中にあったなんて。」
 「心臓をあっという間に、なんて力なのよ。」
 「ピギィィィィ!キシャャャャャ!」

 今にも命の火が消えそうな状態の中、最後の抵抗を見せようとするオプタナス。ミカエルとリリーはその光景に絶句しながらも、瞬きせず見つめていた。そしてハーネイトは、その掴んだコアを鋭く太い爪でつかみ潰した。その砕けたコアからは体液が噴出していた。

 「ギェアアアアアアアア、ギ、ギ…。」

オプタナスは、断末魔を盛大に上げ絶命した。その断末魔を聞きつけ、さらにリルパスの群れ、そしてイルゴルという大型の猿の魔獣が伯爵たちを包囲する。オプタナスが消えた今、ひっそりと隠れていた魔獣たちは飢えを満たすため今にも襲い掛かろうをしていた。
  しかしその反応をハーネイトとフォレガノは見逃さない。

 「ぐ、っ。まだこれだけ、いるのか。振り回される、力にっ。」
 「ぬう、そろそろか。初めてにしては良くやった。」
 「ほう、目覚めると面白い状況だな。」
 「貴様か、何をしにきた。機神の書が第1の機装鎧、ネイビーゼファー!」

  紫の空間の中に新たに現れたものは、肩や腕を重装で覆い、肩から巨大な金属の羽を生やした紺色の機鎧「ネイビーゼファー」である。彼はフォレガノに交代を提案する。

 「時間切れだろう?しかし敵はまだ来る。」
 「仕方が、ないか。あとは任せたぞ。」

  そういうとフォレガノは心の中から姿を消し、代わりにそのネイビーゼファーという者が意識の中に割り込んでくる。

 「一瞬で片を付ける。力を貸しな。俺があんたを守ってやる。」

  そういうと、ハーネイトの体が赤黒い光に包まれ、次の瞬間その機鎧の姿となっていた。

 「喰らえ、絶望紺嵐(ネイビーフィアーヴォルテックス!)」

  そう詠唱すると、周囲全てにいる魔獣を地面から紺色の剣で串刺して突き上げる。魔獣たちの、複数の苦しむ声が森中を震わせるが、すぐさまその剣から、すべてを切り裂く紺色の竜巻が噴出し吹き荒れ、刺された魔物たちはミキサーにかけられ粉々になったように絶命し、塵の一つも残さず消滅した。そうすると、すぐに彼の変身は解除され、元の姿に戻ったハーネイトはそのまま地面に膝をつく。

 「ありがとよ、肉体を貸してくれてな。気に入ったぜ、またな。」

  ネイビーゼファーは彼にそういうと心の中から姿を消した。
 「がはっ、これは、は、何という力だ。はあ、イジェネートと魔本か。自らが生み出した金属でその者を再現させ、行使できるとは。」

 息をあげながら、改めて魔本の力を実感する。イジェネートは、体内から金属を取りだし、武器にして体の外に出す力と認識していたが、変身の際に肉体の代わりとして利用できるということをこの戦闘で理解した。更に以前収集し体に取り込まれた魔本と共鳴できることも理解した。

 「大丈夫?じゃないわね。」
 「仕方ねえ、ほら。バクテリアクリーナー!見た目だけでもきれいにしてやる。」

 伯爵がハーネイトの体を手でかざし、微生物をやさしく彼の体に振りかける。すると、ハーネイトの体についた残りの血や汚れが徐々に消えていった。伯爵の能力は破壊だけでなく再生や浄化も備えており、こういった面でも非常に丈夫なのである。

 「あら、伯爵のも便利な力ね。しかし魔法ではないみたい。あなたは何者?」

  ミカエルは伯爵の能力を観察する。魔力反応は特にないのに、血や汚れを完全に消し去る。その力に関心を抱いた。

 「何者かって?微生物の王様だが。」
 「王様…え、あなた王様なの?なんからしくないわね。」

  自身は王様だという伯爵、しかしミカエルからするととても王の威厳はなく本当にそうなのかと疑うほどであった。理由は様々あるが、恐らくノリの軽さがそういう認識を指せているのだろう。

 「まあな。菌界、つまり別の世界からここにやって来た。まあよろしくな。美しいお姉さま?」
 「言ってくれるじゃない、まあいいわ。とりあえずよろしく。だけど、あなた本当に味方なの?見るからに角とかあるし。」

  いきなりそう言われても何を言っているのだという表情を見せたミカエルに対し伯爵は微笑しこう言う。

 「安心しな。ハーネイトの仲間なら、絶対に危害など加えるつもりはねえ。それは相棒が悲しむからな。それよりもハーネイトの体力を回復させねえと。」
 「それなら、これを。」

 凜音は一粒の薬を入れ物から取りだし、素早く近づきハーネイトの口に入れる。

 「一粒に相当な栄養が入った丸薬よ。どうかしら。」
 「うっ、まず、っ。」

  口に入れられた薬の苦さに思わず目をかっと開くハーネイト。

 「妹よりは弱いけど、私だって。万象の癒し、全てを治す慈悲の光、ヒールセイントライト。」

ミカエルは短杖を取りだし、ハーネイトに魔法をかけて癒しの光で癒す。すると徐々に彼の顔色がよくなってきた。

 「はあ、ん、ふう…。助かった。迷惑をかけてしまったな。申し訳ない。」
 「それはいいけど、あとでああなった理由を聞かせてほしいわ。すごい力だったわ。あれはジルバッド譲りじゃない力だよね。」

  ミカエルはそう言いながら、ハーネイトの顔を見る。

 「しかしさっきのミスはハーネイトらしくねえよ。まあ結果はいいんだがなあ。」
 「これは、ハーネイトにとって一大事なことよ。この力の出現で、さらに力の由来への答えが遠のいた感じがするわ。」
 「いや、リリー。逆にこれは大ヒントにもなりうる。後で彼らと話をしてみる。そうすれば何があったか分かるはずだ。」

  リリーの発言に、そうではないと否定する彼は紅葉と凛音の方を見る。

 「すみません、皆様。助けてくださりありがとうございます。申し訳ないのですが、急ぎの用があるのでそろそろ離れたいのですが。」
 「わかったわ。今起きたことは、他言無用よ。」
 「そうだ。二人とも。」

  2人に対し、先ほど起きたことを口封じさせる。

 「どういえばいいかわかりませんよ。でもすごかったです。はい、それと情報ですが、日之国の先にある街や国の幾つかに、DGと思われる不審人物がいるようです。擬態していない宇宙人みたいなのがいますのでもし見つけたらぎったんぎったんなのです。」
 「目的は不明ですが、何らかの作戦を行っている模様。更なる調査を行いますが、気を付けてください。」

  2人はそれぞれ敵に関する情報を4人に教えた。

 「そうか。ご苦労だったな。早く里に戻るといい。慎重に、引き続き頼む。」
 「はい!では、失礼します。」
 「またよろしくお願いします。皆様にご武運を!」

  そう言い、2人は森の奥に走って消えていった。

 「さて、先を急ぐか。」
 「その前に。こうしないとな。」

ハーネイトは、引き裂かれたオプタナスに触れ、その場から消して転送した。心の中で見た光景、その中には彼が転送した様々なものが存在していた。オプタナスも、同じところに飛ばされるのだろう。彼はそう認識した。この認識こそ、彼の新しい能力「次元力」である。

 「あの世界が、俺の心の。そして次元の裂け目、狭間。本当にどうなっているのだろう。エレクトリールなら知っているかもしれないな。」

 彼は複雑な顔をしながら、改めて自身の体も心も人とは違うなにかがあるのだと認識した。

 「どう、行けそう?」
 「ああ。先を急がねばな。」

 彼は立ち上がり、服や髪を整える。

 「きついなら、私と伯爵でどうにかするからね。」
 「それには及ばん。もう大丈夫だ。」
 「んじゃ、助けにいくか。」

 4人は霧の森を更に早く駆け抜け、1時間かけて突破した。その先には、幻想的な、しかし立派な作りの建物が町中に存在していた。森の先を初めて抜けたハーネイトは、その光景に目を奪われていた。

 「改めてこの目で見ると、味のある町並みだな。」
 「そうね。昼間もあまり明るくないけど、前に読んだ本に書いてあった、別の世界にあるヨーロッパと呼ばれる大きな範囲の地域で一般的に見られる建物群に、この雰囲気は不思議と合っているわ。流れてきた人たちが思い出を忘れないためにこうしているのよね。」


  森を抜けた先にある多くの建物は中世ヨーロッパで多く見られるような建物が多く、それと煉瓦でできた家も少なからず存在している。しかし町全体が昼間でも暗く、全体の雰囲気は不気味な様相を呈していた。

 「この先にベストラがあるわ。ここからでも、あの異様な白く光る結界が見えるわ。」

 確かに街の先には、街並みに合わない、ドーム型の光の結界が見える。その全体の大きさからしてもベストラ全体を覆うほどである。

 「この結界に触れると体がダメージを負うわ。これさえなければ!」
 「この距離か、もうあれを使った方が早いな。一撃で破壊する。」

 刀やイジェネート能力で強襲しようと思ったが、事前情報と合わせて考えるに、魔法使いも太刀打ちできないほどの結界を、力押しで壊せるのか疑問に思った。また、以前旅をしていた時に聞いた龍の結界という非常に強固な結界によく似ているのを思い出した。そのため例の力を使った方が勝負が早いと彼は考えた。何せ時間との勝負、もたもたしていては騒ぎが大きくなり救出が困難になるのではと判断した。

 「みんな、俺の前に立たないで後ろに来て。」

これは、味方をうっかり割ったり斬ったりしないようにするためであり、それと目を見られたくないという理由もある。

 「では、やるか。はあ……イメージするは、時、物、形。全てを破界する事象、位置把握、空間固定…。」
 「なんだ、魔法の詠唱か?」
 「それにしては長いわ。大魔法、ではない。全く違うものだわ。」
 「こんな詠唱聞いたことがないわ。」

  以前力を見たリシェル達ならばこの詠唱の意味が理解できるだろう。しかしそうでない伯爵たちは、次に彼が何をするのか見当が全くつかなかったのだ。

ハーネイトの詠唱が辺りに響き、そして更に詠唱を重ね、目を開く。

  その少し前、日之国に到着したシャムロックたちは街並みを観察しながらハーネイトたちがどこに行ったのか聞き込みをしていた。国王は車内でミレイシアの人形兵たちとともに待機させていた。

 「むう、一体どこにいるのだ。」
 「早く見つけて、説教の一つでもしないとね。」
 「おっかないメイドさんだな。」

  3人は道中団子を買って食べながらくまなく街中を探索する。ちょうどそのときお蝶が市内の見回りに出ており、怪しい一行を発見していた。彼女の仕事はそういった人物に話しかけて、何か裏がないか調べることであった。

 「あの、あなた方は旅のものでしょうか?」
 「ああ。確かにそうだが。」
 「うむ、ある男を探しているのだ。この顔に見覚えは?」

  シャムロックが一枚の写真をお蝶に渡す。その写真を見てお蝶は少し笑いつつ

「ええ、このお方でしたら今は迷霧の森の方に向かわれましたわ。」

  と言葉を返す。

 「そこの女、何か他に知っていることがあったら吐け。ハーネイト様に何かあれば容赦はしない。」

  ミレイシアはお蝶の言葉に反応し、いきなり口調を荒くしすごむようにつっかかる。

 「あなたたちこそ何なのですか?不審者は、捕らえなければいけませんわ。」

  そういうとお蝶はミレイシアの手を振りほどき、同時に軽く後方にジャンプし、十手を手にして構える。

 「ああ、すまないすまない。私はルズイーク。機士国の近衛兵だ。争いに来たわけではないよ。」
 「近衛兵の方が一体何の用ですか?」

 「先ほどの非礼を詫びよう。済まなかった。私はハーネイトの友人でね、彼に依頼していた任務が終わっているか確認をしたかったのだ。」
 「はあ、そうですか。」
 「それでこの国にリシェルと言う男が来ていないか知りたいのだが。」 

  ルズイークのその言葉に、お蝶の耳がぴくっとする。

 「リシェル・トラヴァコス・アーテンアイフェルト様のことですか?」
 「おお、その素振りからするといるんだな?どこだ。後輩が元気でやっているか心配でなハハハ。」

  リシェルがこの国にいることが分かり思わず興奮するルズイーク。お蝶はそれに驚きつつも、城の方で警備をしていると説明する。

 「それならよかった。ありがとう、お蝶殿。」
 「はあ、それで貴方がリシェルさんのお知り合いということはわかりましたが、残りの人たちは一体?」

  お蝶の質問に、残りの5人は順番に自己紹介をする。

 「私はミロク・ソウイチロウと申す。ハーネイト様にお仕えする執事でございます。」
 「私はミレイシア・フェニス・ヴェネトナシア。ハーネイト様の専属メイドです。」
 「シャムロックだ。私もハーネイト様のメイドとして働いている。」

  3人の紹介を聞き、お蝶も他の人と同様、何でこのような人たちを雇っているのか不思議でたまらなかった。そしてミロクと言う名前を聞きハッとする。

 「まさか、その刀。剣豪ミロク様!」
 「左様。この地に足を踏み入れたのは何時ぞやぶりか。」

  お蝶はミロクのことを知っていた。かつてDGが侵略してきた際に勇敢にたたかい、一つの傷も負うことなく戦い抜いた剣士のことを。

 「まさかこのようなところで会えるなんて。」
 「よろしく、頼むぞ。」

  ミロクは静かに、お蝶にそう言った。

 「やれやれ、やっと話せるか。私の名は天月御陽。機士国の秘密警察、その一番上に立つ男だ。」
 「私はアル・ポカネロス・アーテンアイフェルトだ。リシェルの祖父だ。」

  それぞれが軽く自己紹介を終え、ようやくお蝶は目の前にいる人たちがハーネイトの仲間であることを理解した。

 「そうですか、分かりました。夜之一様にお取次ぎをしてきます。城の前まで案内しますのでついてきてください。」
 「はあ、よかったぜ。どうなるかと思ったが。」

  そうして一行は、お蝶の案内の元天日城に向かうことになった。

  その間にも機士国クーデター&DG軍は北大陸を攻め続け、大陸の約半分を制圧していた。このままでは北大陸制圧も時間の問題であった。はずなのだがそう見込んでいたクーデター軍の幹部とジュラルミンは、北大陸の恐ろしさを満喫していた。

 「ええい!城塞都市の攻略はまだか!」
 「予想以上の抵抗です。しかもナマステ―と叫びながらわが軍を蹂躙する変態がいる模様。」
 「最北端の山脈、レイダザンダ山脈から侵攻を試みている部隊は先住民たちのゲリラ戦法に引っかかり撤退、南方面から攻めようとしていた別動隊も一人の男によって壊滅状態です。もはや通常兵力では歯が立たない模様。といいますかわが軍の兵士たちがろくに動いていません。DGに与えた機械兵や培養した魔獣たちしかまともな戦力がありませぬ。」

  ミリムとガルドランドがそれぞれ戦況を詳細に説明する。予定では半年で南大陸以外の制圧は完了すると見込み、DGの協力も取り付けて事を起こしたジュラルミンは、計画が狂わされていることに酷く憤っていた。

 「ぐぬぬぬ、ふざけた連中だ。なんだ北大陸は。変態の宝庫か?」
 「残念ながら、その様です。」

  彼が憤るのも仕方がない。しかし彼自身も悪いのだ。まず事前の調査が甘く、北大陸の広大かつ様々な気候と地形が変人や超人を多く作り出してきたことを理解していなかった。そして彼らが何よりも痛手を被った計算違いなことは、当初クーデターに参加する予定とみていた20万人もの兵力のうち、ついてきたのがわずか1万5000人程度だったということである。この時点で諦めればよかったものを、後に引けなくなったジュラルミンはDGから大量の武器や兵隊を雇っていた。しかしそれでも各地での抵抗は激しかった。そこでジュラルミンは悪魔の命令を出そうとしていた。

  それは魔獣キメラの投入とゾンビウイルス、大型機動兵器「グラム」の戦線投入である。

 「もうこれで終わりだ。ふっははははは!」

  狂気に満ちた笑い声が部屋中にこだまする。以前の彼ならこんな笑い方はしなかったという。彼はミリムとガルドランドに至急DGに対し研究の数々をすぐさま実戦投入しろと言う命令を下す。それにすぐ従い、2人は部屋を後にする。

 「どうしますかね。」
 「とりあえず適当に、ですかね。はあ、ジュラルミン様を元に戻せる人はいないんすかね。」
 「やはりあの男か?」
 「ダメもとで手紙を書いてみよう。ついでにサインも欲しいね。」

  ミリムとガルドランドはそう言いながら建物の外に出た。この彼らの行動が、早期終結につながる意外に大切な行動になるとはこの2人は予想していなかった。
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