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重いつわり
人は、物が食べれなくなると途端、みるみるうちに弱っていく。
あれ程好きだった食べ物が、今では匂いを嗅いだだけで気持ち悪くなってしまう。
体が受け付けない。
食べたくとも、食べられない…
これでは出産の前に僕の方がダメになってしまうのでは……そんな恐怖に震えていた。
◆◇◆◇◆
「っう、…ぐ…ごめ、無理、そ……」
「無理しないで、全部吐き出しなさい」
「うぇぇ……っ」
クオーツに背中を摩られながら顔をつっ伏すこの桶とはもうここ最近ずっと手放せず共に過ごしている。
妊娠が発覚したお茶会での強烈な気持ち悪さから数日、心のどこかで覚悟はしていたが、やはりあれはあの時一度限りのものでは無かった。
初めは特定の食べ物、飲み物に「うっ、」と反応を示し一度そう認識したものはそれ以降全く受付けなくなり、次第にその数は増していく。
今では食べれる物を探すのに城中が奔走していた。
「ごめ、クオーツ…汚れる、から…いいよ」
「洗えばいいんだからそんな事は気にしないで。代われるものなら代わってあげたいけど…それはできないから、せめてラズのそばに居させて」
「うぅ…っ、ごめ…ありがと…」
生理的に溢れる涙がボロボロ止まらない。
公務で忙しいはずのクオーツは日に日に僕がこうしてベッドに臥せるようになってからというもの、持ち込める仕事は全て寝室に持ち込み、四六時中そばに居てくれた。
いまこの状態で一人になると、どんどん思考がマイナスな方向に陥ってしまいそうだったから番が常にそばに居てくれるのはとてもありがたい…ありがたいけど、同時に申し訳ない気持ちも膨らんでいく。
めそ…としょげる僕の頭を撫で抱き締めてくれる番の存在すべてが今の僕の拠り所。精神安定剤だった。
「食事下げるね。一度席を外すけどすぐ戻ってくるから、ゆっくり休んでて」
「……ん」
「ん?」
ほとんど手をつけられず終わったトレイを持ち上げたクオーツはそのままマリンに手渡すと、立ち上がろうとしてその動きがピタッと止まる。
どうしたのか、ときょとんと見上げるとクオーツもきょとん、とある場所を見つめていた。
それは、クオーツのシャツの裾をぎゅっと掴んで離さない僕の手。
「……え、あっ、うぅ…」
「ふふ、すぐ戻るよ」
もう一度優しく抱き締められた拍子に濃く香るフェロモンをすぅと吸い込みながら広い背中に手を回す。
こんな状態じゃ、クオーツ無しで生きられない…
そんな情けない自分に出そうになるため息を押し殺し僕の方からそっと離れた。
心地よい力で背中を支えてくれる腕に甘えながら再びベッドに横になる。
最近は食事時だけでなく、起きているだけで気持ち悪くなる事も多く、ここのところ一日の大半を寝て過ごしていた。
「ラズ様、少しでも食べたいって思うものが頭に浮かんだらすぐ言ってね…何でも用意するから…」
「私にも、出来ることがあればなんなりと」
マリンやラルド様にも心配をかけてしまっているのが痛いほどわかる。「ありがとぉ…」と答えた表情は果たしてちゃんと笑えていただろうか───。
消耗していくばかりの体力はすぐに意識を手放していた。
僅かな物音に意識が浮上する。
ぼーっとする視界に映る人影が鮮明になる前に口が言葉を発していた。
「……クオー…ツ?」
「申し訳ありません、起こしてしまいましたか」
その声でパチッと目が覚める。
「……ラルド、様?」
「はい」
ベッドの傍らに立っていたのは番のクオーツではなく、ラルド様だった。
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