【完結】今日も推しに辿り着く前に嫉妬が激しい番に連れ戻されます

カニ蒲鉾

文字の大きさ
87 / 141

懐かしい味


 
「クオーツ様は少々急用で席を外されていますが、何かあれば呼ぶようにと言われております。お呼びしましょうか」
「……いえ、大丈夫です」
 
 
 なんとなく今は気分も落ち着いている。
 ここ数日の間、僕に付きっきりで出来なかった公務の邪魔を少しでもしたくなかった。
 
 体を起こそうともぞもぞしているとすかさずラルド様の手が支えてくれる。
 しっかりした逞しい力がどこか懐かしいと思うのは、幼少期のラズの記憶か、それとも、翡翠の記憶なのか───
 
 
「……相変わらず、自分の気持ちは押し殺して我慢をしてしまうんですね」
「え?」
「いえ。気分は如何ですか?」
「よく眠れたみたいで、スッキリしてます」
 

 「それは良かった」と微笑まれる優しい表情にひょぁっと気分が上がれるくらいには体調はいいらしい。
 推し活は生きる糧と言う言葉はその通りだと強く思う。ぐふふ、と笑いを堪えていると「ラズ様」と呼ばれ、慌てて顔を上げればそこには、何かを言い淀むような歯切れの悪い様子のラルド様。

 珍しい……
 

「ラルド様?」 
「あの、もし大丈夫そうであれば、こちらを召し上がってみてください」
「へ?」
 
 
 ラルド様の背中に隠れるようにして置いてあったワゴンから何かを準備する動作に興味が惹かれる。
 どうやら目を覚ます時に聞こえた小さな物音はこれだったらしい。
 
 
「そもそも私が作った物なのでお口に合うかどうかも…ダメだと思ったらすぐにやめてくださ───」
 
「ラルド様の手作りですか!?」
 
 
 ここ数日どん底まで落ちていたテンションが一気にぎゅいんっと爆上がりする。
 推しから頂けるものは空気でも嬉しいのに、手作りとなるともはや金山を掘り当てたレベルの喜びだ。
 何がなんでも食べるっ、とわくわく待っていると照れくさそうに出されたお皿の上に乗った四角いつるんとした形状の食べ物にポカンと言葉を失った。
 
 
「……これ」
「さっぱりしたものでしたらラズ様もお口にできるかと思いまして」
「たまご…どうふ…?」
 
 
 パッと見、その外見から想像するのは味もシンプルでさっぱりした玉子豆腐。
 
 玉子と出汁で作るシンプルで冷たいこの料理が僕は大好きだった。……しかし、この世界では出汁という和食の文化は存在しない。基本、コンソメやブイヤベースなどの洋食ベースの味付け。
 
 
 ラズとして生まれてこの方、この料理を目にしたのは初めてだった。
 
 
 お家柄、こういう料理が出てこなかっただけで、この世界にも玉子豆腐は存在したのだろうか───
 
 僕が知らなかっただけ……?
 
 
 お皿と共にスプーンも手渡され受け取るが、なかなかその先に進めず、じっとそれを見つめ続けていた。

 ひとりでにバクバク暴れ始める心臓。
 
 そんな僕に何かを確信したのか、ひとつ小さく頷くラルド様は目線を合わせるようにベッドサイドの床に膝をつく。
 一度渡されたお皿を再びワゴンの上に戻され、あ…と視線で追っていると、空いた手をそっと握られる。
 
 
「あなたは昔から、体調を崩され食が細くなってもこれなら食べてくださりましたから」
「なん…で…それ…」
 
 
 もう一度言う。この世界で僕はこの料理に出会ったことも食べたことも無い。
 
 最後に口にしたのははるか昔、今と違って病気がちな体質だった翡翠はよく熱を出しその度に何も食べたくないと臥せっていると前世のラルド様──蒼唯が作ってくれた、それが最後。
 
 それを偶然にも、蒼唯と同じ魂を持つラルド様が作ってくださった。
 これが意味する事は───
 
 
「知ってます。ずっと見守ってきましたから」
「何を…言って……」
 
 
 目を見開き、震える口は上手く言葉を紡げず、言いたい事がすんなり出てこない。
 混乱する頭の中にはもしかして…と抱く淡い期待と、いやそんなはずは無いと打ち消す否定が激しく入り乱れる。


 そんなパニック寸前ながらも、そうであって欲しいという隠しきれない期待を浮かべてしまう僕の表情を真っ直ぐ見据えたラルド様は、はっきり肯定するように頷くと確信的な言葉を口にした。
 

 
「ずっとあなたを見守っておりました───」

「……」

「翡翠様」

「───っ!あお…い…」
 
 
 ふっ、と微笑むその表情に懐かしい付き人の面影がピッタリ重なり、考えるより先に動く体は勢いよく目の前の首元へ覆い被さるように抱き着いていた。
 
 
 
感想 43

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました

こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」