【完結】今日も推しに辿り着く前に嫉妬が激しい番に連れ戻されます

カニ蒲鉾

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いのち


 
 
 寒い
 
 怖い
 
 痛い
 
 
 体の力が抜けていくにつれ、不思議とそんなマイナスな感情も段々と薄れていく。
 
 
 この感覚を味わうのも実は初めてでは無い。
 記憶にあるので、人生二度目。
 
 
 一度目は翡翠としての記憶。
 
 これだけは誰にも話したことの無い、翡翠の最後の記憶だった───
 
 
 
 ◆◇◆◇◆
 
 
 
 翡翠はどちらかというと恵まれた環境で育ってきた部類の人間だった。優しい両親と口うるさい世話係と共に過ごす日々。

『翡翠様』
『蒼唯早くー!』

 長年そばにいた世話係に対する秘めた恋心を完全に封印し、家の為、気後れしながらも何度目かの顔合わせで婚約者とも上手くやっていくと心を決めた日々が、突如として崩れたあの襲撃事件。
 
 
 誰が、何のために我が家を襲ったかはわからない。
 
 
 壁には血飛沫が飛散し、火も各所から上がり逃げ場はどんどん淘汰されていく。
 なんとか外まで脱出できたものの、最後まで翡翠を守って命を散らした世話係蒼唯の亡骸の横で、結局自分も背後から斬られ──倒れた。
 
 
 
 薄れゆく意識の中で、次の人生は幸せに笑いながら好きな人と共に天寿をまっとうしたい、そう思い目を閉じたのを今この時になって思い出した。
 
 
 
 前世翡翠の記憶を持って過ごしたラズの人生。
 
 蒼唯と同じ魂を持つラルドと生まれてすぐ再会できて本当に本当に嬉しかった。このままラルドの幸せを眺めながら過ごせれたら今世は大円満幸せハッピー確定演出万歳。
 
 そう思っていたラズの人生に急激に割り込んできた運命の番クオーツ。
 そして彼もまた前世の関係者──あまり深く関わることの無かった婚約者だった。
 
 もちろんクオーツにその記憶が無い事は、前世の記憶を打ち明けた時のリアクションですぐにわかった。が、やはり戸惑いが大きかった。婚約者とは言えど、直接会ったのは数回のみで相手が自分のことをどう思っていたのかも結局よくわからないまま中途半端な最後を迎えてしまったのだから。
 それでもこうして今世で再び深い縁で結ばれたのはなにか意味があるのか、とじっくり様子見をしたかった僕のペースをとことん無視して詰めてくるクオーツの大きすぎる愛に、いつの間にか絆されていた。
 
 曲がりなりにもやっぱり運命は運命。
 どんどんクオーツに惹かれ求めている自分の気持ちは誤魔化しようがなかった。
 
 
『ラズ』
 
 
 クオーツにそう呼ばれ優しい笑みで見つめられる度、蒼唯への贖罪を忘れ自分だけのうのうと幸せになってもいいのか、と心の奥の翡翠が囁く。
 
 
 そんな中で発覚した妊娠。
 正直、戸惑い半分、嬉しさ半分だった。
 
 本当にこんな僕が人の子を産んで育てていくことができるのか、と。
 
 
 密かに悩んだそれらはすぐに重いつわりで考え悩む余裕も無くなり、生きていくだけでギリギリという状態になってしまったが、ある日珍しくラルドと二人きりで過ごした時間。
 そこで打ち明けてくれたラルドの真実。
 隠された二十数年間。
 初め聞いた時は驚きで言葉が出てこなかったが、共有する記憶を持つ嬉しさがみるみるうちに込み上げ、面と向かってラルドの口から蒼唯の言葉で「おめでとう」と言って貰えたその瞬間、心のしこりが許された感覚に涙腺は崩壊した。
 あの日の涙を僕は一生忘れない。

 
 
 その日を堺に、長年抱えていた気持ちが前を向くと、クオーツをはじめ、優しくて暖かい、心強い人達に囲まれながら過ごす日々が一段と楽しかった。
 さらにそこにもうすぐ生まれてくる子が新たに加われば、もっともっと楽しみがいっぱい広がり、今度こそおじいちゃんになるまでみんなと一緒に笑って過ごしていくんだという期待に胸をふくらませていた。
 

 
 そう、思っていたのに……
 
 今世でも僕の願いは叶わないのかな───
 


 みんなと笑い合う光景が幻想のように崩れ、遠ざかっていく。
 
 ふわり、ふわり。
 現実世界とはまるで違う何も無い空間に僕ひとり。

 ぼぅっとする意識の中、実体を持たない浮遊体のように軽い体は、ふよふよ辺りをさまよいながら暗く深い底の方へゆっくりゆっくり、沈んでいく。




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