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奇跡
『ラズ』
『ラズ』
どこか遠くの方から聞こえる僕を呼ぶ声。
応えないとなぁと思いながらも何故かなかなか思うように体が動かない。
『ラズ、そっちじゃないよ、こっち』
うん、この声のおかげで、今にも越えそうなその一歩を繋ぎ止められている気がする。
今度こそ間違えない。
僕の帰るべき場所はそっちだね───
◆◇◆◇◆
「───ズ、ラズ」
ピクっと瞼が痙攣する感覚に、急激に聴覚から覚醒していく。
「今日も外は天気がいいよ。早く目を覚まして、そしたら三人で庭を散策しよう」
視界は暗く覆われているが、ずっと話しかけてくれるこの声がクオーツのものだと脳が認識するやいなや、意識も徐々に覚醒に向かった。
ずっと聞いていたい優しい耳心地のいい声。
「……ラズ?」
うん、聞こえてる。
「!マリン、老先生を呼んで!すぐに!」
「!?ラズ様っ───」
ザワっと騒がしくなる周りに併せ今度は瞼を持ち上げようと試みる。
長い事暗かった視界は突然の光に慣れず、僅か数秒すら瞳を開けておくことは叶わない。それでも細目でなんとか慣れようと瞬きを繰り返しながら調節しているうちに徐々に耐えれる秒数が増えていき、目を開けている事だけはできるようになった。
ぼぉっと眺める視界に映る景色はおそらく天井で、ぼやっとした白一色の視界。
そんな景色に突如として多彩な色が現れた。
それが二人分の人の顔だと判断がつくと、遅れてクオーツとラルドだとわかった。
「クオー……ツ、ラル…ド」
「ラズ!!」
「ラズ様っ」
掠れた声は上手く言葉が発せられない。
それでもなんとか二人の名を呼ぶことに成功すると、感極まって涙を浮かべるクオーツの情けない泣き顔にふはっ、と力が抜けた。
どうやら、僕は生きているみたいだ。
バタバタとやって来た老先生に状態を診てもらっている間、まだぼぉっとする頭で聞いた話によるとローズ様に切りつけられたあの日から一週間、僕は目を覚まさなかったらしい。
クオーツやラルド、マリンにトール、たくさんの人に心配をかけたのだと申し訳なく思う反面、正直そんなに長い事眠っていた実感が湧かずどこか他人事のように聞いている時、不意になんとも無しにここ最近の癖になっていたお腹に手を当ててはじめて気付く、そこにあったはずの膨らみが───無い。
「え……」
掛け布団の上から見ても、お腹はぺたんこだった。
「……クオーツ…ねぇ…赤ちゃん、は?」
なぜ一番に思い至らなかったのか。
クオーツに問いかけながら、一気に血の気が引いていくのを感じる。
もしかして、守れなかったのだろうか……
僕だけが今こうして、のうのうと生き残ってしまったのだろうか───
「ぁ、あっ……」
「ラズ、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」
「っ、赤ちゃん、無事…?」
呼吸が速まる僕の背中を撫でながら僅かに流すフェロモンで落ち着かせてくれるクオーツを縋るように見上げる。
その表情は嘘偽りのない、僕を安心させてくれる笑みだった。
「無事だよ。ラズは自分も赤子も、しっかり守った。守り抜いた。立派だね本当に立派だ」
「───っ、良か……っ!!」
込み上げる涙を止められず、しゃくり上げる僕を抱きしめてくれるクオーツの肩越しにマリンが何かを抱えベッド脇に立つのが見えた。
ピクっと反応する僕に気付いたクオーツが優しく抱擁を解き、背後のマリンへ目配せをする。
マリンの腕からクオーツの腕へとそっと渡される両腕に収まる小さな存在をドキドキしながら見上げていた。
「ラズ、よく頑張った。君が産んだ私とラズの子。元気で健康な男の子だ」
「───!!」
包まれる布ごとそっと腕の中へおろされる軽くて小さな存在。
じわじわと温かく、小さな手足を動かしながら必死に見上げてくるつぶらな瞳から力強い生命力を感じる。
「僕と…クオーツの…」
「ふぇぇっ」
「うっ、ふっ……無事、生まれてきて、くれて…ありがと…うぅっ、はじめまして、っ、僕がキミのママだよ」
「う?」
きょとん、とした表情から一変、僕を認識したのか、ふにゃっと破顔する。
意識を失う直前、最悪の場合は僕の命よりこの子を優先してほしいとクオーツに願ったが、こうして自分も生き残り、かわいいこの子に会えた喜びに胸がいっぱいになる。
「クオーツ、見て……かわいい、ものすごく、かわいいね」
「……うん、そうだね。ラズに似てすごくかわいい」
「はは、なんだそれ」
もう一度ぎゅっと赤ちゃんを抱き締める僕ごとクオーツに包まれる、そんな光景をマリンやラルドに温かく見守られながら今この瞬間の奇跡に再びそっと涙を流した。
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