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2【1泊2日の慰安旅行】
2-2 旅の始まり(2)
しおりを挟む楓真さんに続いて集団の元へ向かうと、こちらが見つけるよりも早く、せんぱぁい楓真く~んと呼ぶ聞き慣れた声が聞こえてきた。声の出どころを探すと元気に手を振る花野井くんと隣には瀧川くんが揃って立っているのを発見できた。
「おはよう、2人とも」
「おはようございます」
「おはようございます先輩!楓真くんもおはよ~私服姿も想像通りのイケメンだねぇ」
「ありがと、花ちゃんもかわいいね」
サラッとそう言う楓真さんに見事心臓を射抜かれた花野井くんは、ふらふら瀧川くんにもたれかかりイケメンは罪…と天を仰いで気絶したふりをする。そんな様子に朝から元気だなぁと笑いながら何気なしに辺りを見回す。
相変わらず注目の的だ。
それぞれ親しい者同士が固まって待つこの時間、楓真さんがあらわれてからざわめきはどんどん大きくなっていき、チラチラと送られる視線が十、二十どころの話ではなかった。
楓真さんがこの慰安旅行に参加するという話は社内で瞬く間に広まったようで、たびたび声をかけられている場面を見かけた。
ぜひ一緒に散策しましょう、とか、宴会の時一緒に飲みましょう、とか、仕舞いには夜部屋へ伺ってもいいですか?とまで聞かれている始末。
その都度楽しみましょうね、と当たり障りなく躱す姿はさすがとしか言えず、その場面を一緒に目撃した花野井くんも、わぁ…と絶賛していた。
『楓真くん、ほんと先輩しか眼中に無いですよね、浮気の心配とか無縁そうで安心~』
そう楽しそうに言う花野井くんにその時はなんと返せばいいのかわからず苦笑するしか無かったが、確かに今も僕と自分の旅行鞄を片腕に下げ、もう片方の手は僕の肩に触れている。この2週間で左後ろには必ずと言っていいほど楓真さんがいるこの距離感が当たり前みたいになっていて他の人にそうしている所は全く想像ができなかった。
「あ、つかささん、もうバス乗り込むみたいですよ行きましょ」
わくわくを全面に表す笑顔の彼を見ているとこちらまで笑顔が伝染する。
そして考えるより先に体が動いていたらしい……気づいた時には彼の頭をよしよししていて、またやってしまった、と思うくらいには無意識に楓真さんの頭を撫でるという行動はここ最近できた新たな癖と化していた。
その度に順応力の高い楓真さんは嬉しそうに頭を傾け、撫でやすくしてくれるのだった。
「でた、ワンコと飼い主」
この光景が見慣れたものという証拠のように、いつの間にか花野井くんにもそう呼ばれるようになっていた。
乗るバスは部署ごとで割り振られ、それに乗りさえすれば席は自由となっている。
僕たちが乗るバスの近くまで行くと自然と人波が割れていき、先を譲られる。楓真さんがいるとはいえなぜそんな親切にされるのか不思議に思いながら大丈夫ですと断っても次から次へと言われ、埒が明かないと判断し譲られるがまま前の方まで出ることにした。
後から花野井くんに言われてびっくりした事だが、乗り込む順番を先に譲りそのすぐ後を死守する事で楓真さんが座った座席付近を狙いやすくする一種のバトルロワイヤルが秘かに行われていたらしい。
そんな事が起きているなどつゆ知らず、大きな荷物は途中で係の人に預けバスに積み込んでもらい、身軽な状態でバスへ乗りこむ列へ向かった。
「つかささんは車酔いとか平気ですか?」
「実は、長距離となると少し心配かもしれません…」
「じゃあ前の方に座りましょうか、タイヤの近くだと余計揺れるので」
その提案に頷く僕を確認した楓真さんは前に並ぶ花野井くんと軽く話し、動き出す列の流れに乗る。
花野井くん、瀧川くん、楓真さんの順番で順調に乗っていき僕も続けてバスのステップへ足を掛けようとした。すると、すかさずどうぞと差し伸べられる手。見上げたそこにはニコリと微笑む楓真さんの美しいお顔が僕を待っていた。
それを目撃したのは僕だけじゃなく、すぐ後ろに並んでいた数多くの女子社員にも容赦なく被弾した。
楓真さん、聞こえていますか、後ろの黄色い声……。僕はとても肩身が狭いです。
結局たった数段にも関わらずしっかりエスコートを受けたのだった。
並んでバスに乗り込むと先に行った花野井くん、瀧川くんがここでいいかなーと前後で席を確保して待っていた。位置にすると運転席側の既に埋まっている1.2列目を飛ばした3.4列目。
「大丈夫そうです?」
「はい、僕は大丈夫です」
「花ちゃんそこで大丈夫、前座って」
おっけーと頭上で大きく丸サインを作る花野井くんを確認し、そこに向けて歩き出す。
停車中の車内を歩く時も転倒防止なのか、さりげなく手の届く距離で僕の後ろをキープする楓真さんの徹底ぶり。これは本当に、この先の1泊2日が終わる頃には今朝言っていた箸一本持たない程の介助を受けているのではないか、と内心ひやひやする。
楓真さんが目立つのは仕方がない。
だけどこれ以上、僕に対してやる事で目立つのは勘弁してほしい。
そんな願いも虚しく、この人の本領発揮はまだまだこれからだった。
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