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1【妊娠】
1-16 不眠症
しおりを挟む病院での一件以来、つかささんの体調は日に日に悪くなっていた。
原因は――
「……つかささん?今日も眠れない?」
音を立てないようそっとベッドを抜け出す寸前の背中に声をかけるとあからさまにビクッと震え、ゆっくり振り返るその表情はとても真っ青だった。
「っ、ごめんね起こしちゃったね」
「んーん、大丈夫だよ。こっちおいで」
「……ごめん、ごめんね」
「謝らないで」
今にも泣き出しそうな表情のつかささんをギュッと抱き締め、安心できるようフェロモンを辺りに漂わせる。
トラウマがフラッシュバックする事による不眠症。それがもう1週間続いていた。
はじまりは病院から帰ったその日の夜中。
ふと目が覚めると一緒に眠るベッドの隣がもぬけの殻だった。眠気まなこのままスマホで時間を確認すると3時過ぎ。起きるにはまだまだ早く、トイレかな、としばらく待ってみても戻ってこず、とっくに人の体温が失われたそこは抜け出してからだいぶ時間が経っていることを告げていた。
一瞬で眠気が吹き飛んだ身体でベッドから起き上がり探しに行くため寝室を出ると、リビングの方から微かに光が漏れていることを発見する。そっと扉を開け中を見渡すと、部屋の照明は消したままソファの端っこでブランケットに包まり無音でテレビを見ているつかささんを発見した。正確に言えばテレビはただ眺めているだけの意味のない鑑賞。
その表情があまりにも生気を感じられず、つい、伺うような小声で声をかけていた。
「……つかささん?」
「!?ぁ、楓真くん…どうしたのこんな時間に」
「それはこっちのセリフです。起きたら隣にいないんだもんビックリした。どうしました?寝れないですか?」
「んー…なんか昼間たくさん寝たからかな、眠くなくて…楓真くんは気にせず寝て?もう少ししたら僕も戻るから」
話しをするつかささんはあまりにも普段通りのつかささんで、一瞬見えたあの表情は見間違いだったのかと拍子抜けしてしまった。だから、寝て寝てと笑顔で促されるがまま、その時はその言葉を鵜呑みにし先にベッドに戻ったのだった。
だけど、次の日も、また次の日も、夜中ふと目を覚ますと隣はもぬけの殻だった。
「つかささん最近寝付き悪いですか?昨夜も起きてましたよね」
「んんー…なんだろ、体温が上がってるのかなぁ暑くて寝苦しいみたい。夜中ゴソゴソしちゃってごめんね気にせず寝てね」
朝、出勤前の何気ない会話の流れでそう聞いてみるが、あまりにも自然な様子で軽く返される返事はそんな大事ではないかのよう。そうなんですね、と納得しかけながらも、それでもつかささんの目の下にはうっすら隈ができていた。
そして、その日の夜、事態はそんな単純なことではなかったのだと自分の目で目撃して初めて知るのだった。
「―――っ、ふ、ぅ…ぁ…」
「……?」
夜中、ふと目が覚めた時、注意して聞いていなければ聴き逃してしまうほど僅かに苦しそうな声が隣から聞こえてきた。
その声の発信源は間違いなくつかささんで、今夜は隣にいた、と安心するのもつかの間、こちらからは背中しか見えない横向きの体勢で小さく縮こまる姿に驚き覗き込めば、その表情は苦しそうに歪んでいた。
「っ!?つかささん?大丈夫?つかささん?」
肩に手を伸ばし控えめに身体を揺する間も、つかささんの眉間のシワは深く刻まれ、お腹を抱える体勢にサッと血の気が引いた。
「つかささん??お腹痛い?ねぇ、つかささん!」
もはや、叫んでいた。
自分がぐっすり寝こけている間に、すぐ隣で番が苦しんでいたなんて……
もし、取り返しのつかないことになっていたら、と考えると怖くて仕方なかった。
つかささんの身体を覆うシーツを剥ぎ取ると、首の下に腕を回して身体を持ち上げ腕の中に引き寄せる。ぐったりと力の入らないつかささんを抱える手が恐怖で、震えた。
「つかささん!!」
「……ぁ、え――…ふ、うまく…?」
何度目かの呼びかけの末、うっすら開く瞳が俺を映し、名前を呼んでくれたことに、一旦ホッと胸を撫で下ろした。
ヘッドライトの照明を弱めにつけ、つかささんの身体を胸に抱えたまま二人で枕に背を預けて並んで座る。握ったその手は嘘みたいに冷えきっていた。
「寝てたのに起こしちゃってごめんね…でも、様子が変だったから……」
「僕、何か言ってた…?」
「言ってたというか、うなされてたというか…それよりお腹かかえてたけど、痛い?」
「……はぁ、ほんとごめん…迷惑かけないようにって思ってたんだけど――」
空いた方の手で顔を覆うつかささん。
いまつかささんが何かを一人で抱えているのは間違いなかった。
「つかささん……何か悩んでる事、ありますか…?一人で抱え込まないって約束、しましたよね?」
「……っ、でも、」
「なんでも言ってください。お願いだから…」
握った手にギュッと力を込め、乞い願う気持ちが伝わるよう、じっと目を見つめた。
「……夢にね、見るんだ」
「夢?」
「あの日、楓真くんが血を流して倒れる姿が、毎晩、毎晩、夢で現れる」
やっと開いた口でポツリポツリと語るつかささんの姿は見るからに憔悴しきり、今にも消えてなくなってしまいそうなくらい、儚かった。
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