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2【子育て日記】
2-16 看病(1)
しおりを挟む「つかささんどうですか?」
「……ん、はぁ…ちょっと熱ある…かも」
「あー…37.8」
顔を赤らめ辛そうな表情のつかささんの頭を撫でながら渡された体温計を見れば、普段平熱が低めなつかささんにしては高めの体温。
やっぱり…と納得し体温計をしまうと、首元までしっかり布団をかぶせ、前髪を横に流しながら汗の滲む額を拭う。
はぁ、はぁ、荒い息を繰り返す弱ったつかささんを見つめながら、この人はこんな時までも自分を優先しないのだ…と、ここに運ぶまでの出来事を考え改めて“橘つかさ”という人物像を実感していた。
それは、いつもと何も変わらない平日の朝。
出勤の準備を終えスーツのジャケット片手にリビングへ顔を出した瞬間、番の様子がおかしい事にひと目で気がついた。
まず違ったのはつかささんから香るフェロモン。
いつもより濃く、揺れていると感じ一瞬発情期かと思ったが、完璧に把握しているスケジュール的にそれは無いとすぐにその説を打ち消した。
次の違和感はそのたたずまい。
キッチンに立つ後ろ姿が、数秒に1回ふらりと揺れていた。
「つかささん?」
「…っ、楓真くん、おはよう。すぐ朝ごはん準備するから座って待って――」
「っ!?つかささん!」
俺が声をかけるまでまったく気付いていなかったのか、びっくりした表情で振り返ったつかささんの頬はほんのり赤く染まり、やっぱり様子が変だと思った瞬間、突如その身体がぐらりと傾いた。
咄嗟に伸ばした腕は何とか間に合い、つかささんを抱きとめたままその場に膝をつくと、その身体の熱さに驚き焦った気持ちで名前を何度も呼んでいた。
キッチンの騒ぎに気付いたのかリビングで遊んでいた双子たちが「まま?」「ぱぱ?」と来る気配を背中で感じながら子供たちにどう誤魔化すか、つかささんは大丈夫なのか、救急車を呼ぶべきか、と頭が同時に色んな事を考える。
すると、結論が出るより先にピクリとつかささんが動く気配があった。
「……っぅ、ん…あ…」
「!つかささん、大丈夫ですか!?」
「ふ、まくん…ごめ、ちょっと目眩がして…」
「無理しないでください、このままベッドに運ぶので腕、俺の首にまわして」
「……や、先に子供たち、落ち着かせてあげて…泣いてる声がする…」
「!」
そう言われ慌てて後ろを振り返れば、俺の背中でつかささんは見えないだろうに、何かを感じとったのかキッチンとリビングの見えない境界線の向こうで手を繋ぎ立ち尽くす小さな2人がそこに居た。
最近は、ひとりで立ち上がり歩けるまでに成長した息子たち。喋れる言葉も増え、その感受性は日々色んなものを吸収していた。そんな2人が不安そうに大きな瞳に涙を浮かべ「ままぁ?」としきりにつかささんを呼んでいる。
親として子供たちを放っておけない気持ちと、番として今すぐ愛する人をベッドに運びたい気持ち、両方が同じ熱量でせめぎ合う。
「ふうま…くん、僕は大丈夫だから、早く2人を…」
「――っ、横たえるのと、壁にもたれるのどちらがラクですか」
数秒間見つめあったのち、つかささんの強い思いに負け、せめてラクな体勢で待っててもらおうと聞くと壁で大丈夫と言われた言葉に従って頭と肩を支えながらそっとその身体を壁にもたれさせた。
「すぐ戻ります」
「……ん」
力なく微笑むつかささんのほんのり熱い頬を撫で立ち上がると、すぐさま双子の元へ向かう。
「「ぱぱぁっ」」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔面の楓莉とつくしは俺が自分たちのもとへ来るとわかった途端両手を伸ばしその場でばたばたと足踏みをしだす。そんな爆発寸前の2人までたどり着くといっきに抱き上げた。
「ぱぁぱっ、ぱぁーーぱぁぁぁっあぁぁっ」
「まま、いたいいたい??つーくんもいたいいたいぃぃぃぁぁっ」
俺と至近距離で目が合い、つかささんが心配な気持ちがマックスまで到達したのだろう、普段あまり泣かない2人が一斉に大声で泣きはじめた。
そんな心優しい子供たちの姿に胸を打たれながら、よしよぉし、と胸に抱く。
「ふぅくんつぅくん、ままを心配してくれてありがとね大丈夫だよちょっと疲れちゃっただけだから、今日はままのお休みの日にしてあげようね」
「まぁまっまぁまぁぁ」
「うぇぇぇぇっ」
一向に泣き止む気配が見えない2人にどうしたものかと、ただ揺さぶり続けていると、不意にとんっと肩に伸し掛る優しい重み。そして――
「ふぅくん、つぅくん、ままは大丈夫だよ~だからほら泣かないで、ね?」
「「まぁまっ!!」」
「!つかささんっ、立ち上がって大丈夫――」
咄嗟に出た俺の心配する言葉は、一見大丈夫じゃないことは明白なそれでも強い笑みで黙らされる。肩越しに見えるつかささんは自分の事より子供たちを優先する、立派な親の顔だった。
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