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2【子育て日記】
2-27 社交界の花(8)
しおりを挟む美樹彦さんの大きく見開かれた目には信じられないという感情がありありと見え、みるみるうちに涙が浮かんでいく。それは見ていてとても可哀想になってくるほどに。
おそらく僕は当然のこと楓真くんよりも年下であると予想できるような子を泣かせてしまった罪悪感はずしんと胸に響き、考えるより先に楓真くんへ声をかけていた。
「ふ、楓真くん、僕は大丈夫だから」
「俺が大丈夫じゃないです」
「!」
なだめようと見上げたその顔にはてっきり怒りが浮かんでいるかと思われた……が、そんな僕の想像は大きく外れ、そこにあった傷付いた表情で悔しいと物語っている楓真くんの意外な表情に咄嗟に言葉が出なかった。
どうして、楓真くんがそんな表情……
「楓真く―――」
「美樹彦、真樹彦」
自分の番の悲しそうな表情にその他大勢など考える余地もなく全ての優先順位がガラッと楓真くんに向くと、なんと声をかけようか戸惑いながらも口を開こうとしたその瞬間、突如腹にビリッと響く低音ボイスが目の前のふたりの名前を呼んだ途端、この場の空気がシンっと引き締まるのを感じた。
全員の視線がその声の持ち主へ集中する。
「何をしている、お前たちは今日のホストだ。場を弁えろ、騒々しいぞ」
「父さん」
「パパァ…」
わあぁぁんと泣きつく美樹彦さんをため息をもらしながら受け止めるのは先程この二人と共に階段を降りる姿を眺めていたあの一柳代表だった。
遠目からでも感じた迫力は、近くで見るとよりそのオーラに圧倒されそうになる。
楓真くんや楓珠さんとはまた違う種類の頂点に立つアルファの威厳を感じていた。
「息子たちが悪かったな、楓珠」
「いえいえ。……ですが、つかさくんも私の大切な息子ですから、悲しませないでやってください」
こんな業界の大物からも名前で呼ばれる関係性なのか、と数年楓珠さんの秘書をしながら未だ知らない情報に内心驚いていると、あろう事か楓珠さんは僕を庇うような発言をする。
そんな事を言って楓珠さんの立場が悪くなってしまわないかと顔面蒼白になりながらオロオロしていると楓真くんも僕を守るように半歩前に出て一柳代表を見据えている。
そんな御門親子の様子を何を考えているのか読めない表情で眺めた一柳代表は不意に視線を僕に向けた。そして、その視線がわかりやすく品定めするかのように上から下まで動き、再び顔へと戻って来たかと思えば、ダンディでハンサムな顔だからこそ余計冷ややかに見えていた整った顔が、突然薄く笑みを浮かべた。
それがまたなんと捉える事のできる笑みなのか僕なんかでは計り知る事はできなかった。
「そうか、キミが楓真の……興味深いね。橘くん、と言ったか?息子たちが不快な思いをさせてすまなかった」
「い、いえっそんな、私は何も……」
「詫びをさせて欲しい。また後日ゆっくり時間を作ろう楓真との事も聞かせてくれ」
「ちょっとパパ!?なんでそんなオメガに時間なんて作るの!?だったら僕とショッピングデートしてよ!」
「だから美樹!言い方!」
一柳代表の腕にしがみつきながら、ギャンギャン騒ぐ美樹彦さんにすかさず楓真くんの叱責が飛ぶ。
「まぁぁぁた楓真はその人の味方するんだ!そんな楓真は嫌い!」
「美樹、お前に勝ち目は無いから諦めなって」
「真樹にぃうるさい!」
「騒々しくて悪いな、少々甘やかして育てすぎた。息子たちには私からよく言い聞かせておく。遅くなったが、今日はよく来た。心ゆくまで楽しんでいってくれ。それでは―――お前たち、行くぞ」
「はい」
「……はぁい」
嵐のように突進してきた美樹彦さん達三人は揃って踵を返しホストとして颯爽とパーティへ戻っていった。
その際キッと鋭く睨みを残していくのも忘れずに。
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