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2【子育て日記】
2-37 社交界の花(18)
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どこか遠くで、ぴちょん、ぴちょん、と水の音が聞こえてくる。
それと同時にゆらりゆらりと体を這う温かい感触。
耳からも体感からも、心地の良い何かを感じながらゆっくりと意識が引きずり起こされる感覚に抗うことなくそっと目を開いた。
「………ん…ぅ」
ぼやぁっとする視界で一番にとらえたのは、目前に掛けられた鏡に映る自分の顔とそのすぐ後ろにある楓真くんの顔だった。
「あ、つかささん」
気付かれましたか?とすぐ近くから問いかけてくる楓真くんは僕を自分の足の間に座らせ後ろから抱き抱えるようにして座っていた。
見える範囲で二人とも肌色の露出部分しかない。
全裸――?
全然状況が掴めなかった。
「ここ……は」
「風呂です。気絶しちゃったつかささんの身体を綺麗にして湯船に浸かってます」
「あ……」
「激しくしてしまってごめんなさい…身体、大丈夫ですか…?」
「っ――」
まるで飼い主に怒られるのを恐れる子犬のように僕の肩に顎を置き上目遣いで伺ってくる楓真くんに、さっきまでの行為を思い起こされる。
今は興奮落ち着き、かわいい雰囲気を醸し出し許しを乞う姿だが、記憶の彼は容赦なく僕の快楽を攻め上げ共に絶頂まで迎えていた。
「僕、どれくらい…」
「ほんの少しです、つかささんの意識が無くなってすぐ風呂に運んだので」
そっか…と呟きながら浮かしかけた頭を楓真くんのしっかりした胸板に再び預ける。自然と腹に回った楓真くんの腕の力も強まり、より密着度を感じながら、ふぅ…と吐息をもらした。
事後特有の気だるげな全身を楓真くんに包まれている感覚が落ち着く。
「ごめんね、重かったよね……ありがとう」
「いえ、全然!つかささんとの行為が気持ちよすぎて自分を制御できなくて…無理させちゃいました」
「んーん…」
こう楓真くんは謝ってくるが、僕の身体に残る倦怠感は心地の良いそれ。
「僕も、気持ちよかったから…謝らないで」
項に埋めてくる顔をそっと上げさせ、至近距離でしょげた顔の楓真くんと目が合う。そのあまりにも情けない顔に自然と笑みが漏れ、気付いた時には無理に首を真後ろに回しながらも唇にちゅっと口付けていた。
触れるだけの軽いキスを不意に受けた楓真くんのキョトンとした顔。
「かわいい」という心の声が漏れていたのかどうか自分でも分からない。
最早お互い、理性のスイッチが壊れてしまった。
つい先程まで行為に満たされ落ち着いていた身体が嘘のように再び急激に燃え上がる欲情。激しく唇を塞ぎ合いながら身体の向きを変え、触れ合う箇所が無いくらい密着する。
愛する番に、この身体はいつだって反応する。
自ら腰を上げ、その身に楓真くんを導き入れた。
熱く燃える目で真っ直ぐ見つめられる視線がさらに体を熱くさせる。
「ふ…まく……」
「っ、つかささん」
僕は、愛されている―――
そんなことを、この卑屈な僕が素直に思えるくらい、楓真くんから与えられる熱は本物だった。
欠陥オメガとして生きてきた歳月はそう簡単には消えて無くならない。けれど、それを塗り替えるくらい楓真くんと共に歩み、楓真くんの愛で満たされていく。
今後この先、不安に駆られる時が来るかもしれない……けれど、この気持ちを胸に、楓真くんの隣で堂々と胸を張って立ちたい。
「楓真くん……大好き」
「俺も、つかささんを愛してます」
風呂場から聞こえる水音の中に混ざる淫らな嬌声はある時から寝室へと場所を移し、深夜遅くまで鳴り止まなかった―――
《社交界の花》-END-
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