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私の名前はシトリン・ハーヴェイ。
ハーヴェイ辺境伯の五人いる子供達の長女である。
三人の兄と一人の妹がおり、長男は辺境伯の跡取りとして、次男はその補佐として、三男は近衛として王子の警護につき、妹は現在王都にある学園に通っている。
ほんの数日前まで私も通っていた学園だ。

建国以来細々と辺境の地を守ってきた我がハーヴェイ家は、何代か前には当時の王女様が下賜された事もある由緒正しいお家柄。
とはいえ貴族ならば貴族らしくなんて我が家には全くなく、兄達も私も妹も幼い頃は領民達と混ざって走り回り遊び回りいたずらをしてはその場にいた大人達に叱られ、全く貴族らしくもなくのびのびと自由に育てられた。
13歳で学園に通うようになると流石に多少の貴族らしさは求められ、上部だけを何とか繕う日々。
そんな中15歳の時に私の婚約者が決まった。
グリー伯爵家の一人息子、パーシー・グリーだ。
年は私の二つ上で、三番目の兄と同い年。
グリー伯爵家の方から是非にと望まれての婚約だった。

学園を18歳で卒業した今、結婚式は目前。
婚姻後は私がグリー伯爵家に入り二人で伯爵家を支える予定だった。
その為に伯爵家が治める領地の事も勉強したし、どうすればみんなが幸せに暮らせるのかを日々考えていた。
だがしかし、パーシーはこの婚約が気に入らなかったようだ。

理由は単純。
単に私が彼の好みでなかったらしい。
プロポーズを受けている彼女は金髪の長いストレートの髪に青い瞳をしているからそういうのが彼の好みなのだろう。
茶色い癖毛の私などお呼びでない。
それを言うなら私だって金髪碧眼よりも、黒髪黒目のシュッとした人が好みだからお互い様だ。

婚約当初から苦い顔をされていたが、如何せん外面の良いこの男は父達には良い顔をしていた。

私が告げ口してしまえば良かったのだろうが、私にはある野望があり口を噤んでいた。

私の野望、それはグリー伯爵領の名産品である葡萄だ。
私は一も二もなく葡萄が大好きなのだ。
今は朝だけで我慢しているが、本音を言えば三食ともに葡萄を出して欲しい。
しかし我が辺境伯には葡萄畑がない。
他の領地も栽培はしているが、グリー伯爵領程大規模ではない。
グリー伯爵家に嫁げば毎日葡萄が食べ放題。
おまけに葡萄を育てられるしジュースやワインの加工もあわよくば手伝える。
葡萄を食べ、葡萄酒と葡萄ジュースを飲み葡萄に囲まれる生活。
最高としか言いようがない。

もちろんグリー伯爵家にも利はある。
むしろ利しかない。
葡萄や葡萄の加工品の輸出や国内外の販売ルートの紹介やそれに伴う輸送で優遇されるのはもちろん、職人や人手の確保もしている。
ざっくり言ってしまえば『葡萄を作る土地と経営者』はグリー伯爵家の物だが、それ以外の実務営業販売その他
それに加えて私の輿入れに際しての持参金もある。
おまけに私が婚家で不自由しないよう、少しでも楽に楽しく暮らせるよう、且つ私の大好物の葡萄を通年確保出来るよう我が家は毎年多額の援助をしているのだ。

それをパーシーはどう勘違いしたのか、元はグリー伯爵家から懇願されての婚約だったのに我が家が、というよりも私が望んだから無理矢理に婚約を結ばされたのだと勘違いをしていた。
父に対しては身分の違いを弁えているのか良い婚約者を演じ、私と二人の時にはモラハラの嵐。

『俺の婚約者になれただけで感謝しろ』
『俺を一秒でも待たせるな』
『何故俺がお前の都合に合わせなければならない?』
『俺に愛されようなどと思うなよ』
『全く、どうして俺がお前のエスコートなんてしないといけないんだろうな』
『おいもっと離れて歩け。必要以上に近付くな』

私も言われっぱなしで泣き寝入りするタイプではないので都度言い返すか無視していたのでそれも気に入らないのだろう。
最初からこちらには向いていなかった彼の気持ちは更に離れていった。
所詮政略結婚だし、彼からの愛情なんて最初から望んでいない。
万が一、仮に、100%ありえないが彼に恋をしていたとしてもあんな事を言われ続けていれば100年の恋も醒めるというもの。
断れない立場ならば色々と策を講じなければならないだろうが、こちらが優位の婚約なのだからその内さくっと引導を渡してやろうと思っていた。

そんな中での公開プロポーズである。
頭がおかしいとしか思えない。

「……お嬢様、消してきますね」
「待ちなさい待ちなさい、早まらないの」

従者のカルが『消しましょうか?』でも『消して良いですか?』でもなく消してきますと断言して手袋を直しながらすぐに彼らの元へと行こうとするのを止める。
カルは大袈裟でも自惚れでもなく私の事になると沸点が非常に低くなる。
パーシーが私に対して酷い態度を取っていた時に手を出しそうになる彼を宥めたのは当然一度や二度とではない。
いちいちこんな小物を相手にする必要がないと思って止めていたのだが、その分の鬱憤は彼の中で溜まりに溜まっている。

「お嬢様、さすがにこれは看過致しかねます」
「わかってるわ。何も消してはダメとは言ってないでしょう?」

そう、何も彼らを消すのがダメな訳ではない。
むしろ大歓迎だ。
だがただ消すだけでは今までの鬱憤が晴らせないし彼らにとってとても楽すぎる罰ではないだろうか?

「というよりも今日の段取りちゃんとわかっているでしょう?何の為に今日のこの日、この時間にお父様達とわざわざ外で待ち合わせたと思っているの?」

パーシーが毎日のようにこの時間に彼女に会いに来ているのはとっくに調べがついていた。
もちろん看板娘の彼女との関係も調査済み。
私の目を盗み……もせず、日々堂々と逢瀬を重ねていた二人。
パーシーはバカみたいに私に『俺には愛する人がいる。お前なんかとは違って可愛くて綺麗で、親にも俺にも依存せず自立している素晴らしい女性だ』なんて語ってくれていた。
顔の事はともかく、親にも男にも依存、と言われて何を言っているんだこの男と顔面に拳をめり込ませなかった私を誰か褒めて欲しい。
お父様はともかくパーシーに依存した事など一度もない。
カルは言わずもがなブチ切れだった。

「俺とした事が、申し訳ありません」
「ふふ、良いのよ」

怒りで先走ってしまった事を素直に謝るカル。

実は今日、学園の卒業祝いにとみんなと待ち合わせをしているのだ。
みんな、とはお父様とお母様、三男と妹の四人。
長男次男は父の代わりに領地を守っている。
来たがっていたけれどこればかりは仕方ない。

あとは役者が揃うのを待つばかり。

「消すのは、身の程をわからせてからじゃないと」
「!」
「ね?」

唇に人差し指を当ててニヤリと口の端をあげる。
意図に気付いたカルが、私と同様ニヤリとした笑みを浮かべばきぼきと手を鳴らし始める。

「そうですね、そうでした。ただ消すなんて、俺とした事があんな奴らに情けをかけてしまうところでした」
「そうよ、何の報復もしないで存在を消すなんて勿体ない。ちゃーんとされた事も言われた事も返して身の程をわからせて差し上げないと」
「お嬢様の御心のままに」

さっと従者の礼をとるカルに微笑む。

「そろそろお父様達が……って、あら、もう着いていたのね」

ふと見ると抱き合いキスしそうなくらい顔を近付けていた二人の元へとお父様達が突撃している所だった。
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