5 / 8
私は…これ以上貴方に心をかき乱されたくない!
しおりを挟む
4年生の冬。Aクラスにアクアローズが転入してきたらしい。らしいというのは、私はまだ実際に彼女の姿を見たことがないからだ。ただ、時季外れの転入生の噂はBクラスでも持ちきりだ。
転入生で男爵令嬢という立場でありながら、ミランと肩を並べるほど成績優秀。ミランとも話が合うようで…。まあ、彼の持ち前の社交性から話が合わないという人の方が少なそうだが、彼のそばにいることが多いようだ。
と、いうわけで私の心の中でガッツポーズを決め込んだ。ようやく、ようやく女たらし大魔王ミラン・ティタスから解放されるときがきた。物語の中でも、アクアローズとミランはほぼ恋人のような関係だったように思う。
いつものように図書館にやってきた彼に私は声をかけた。
「最近、仲の良いお友達ができたみたいね」
「ああ、アクアローズのことかな?」
「ええ、私のクラスでも噂されてるわ。もしその方が好きなら、すぐに教えてね。私のことは気にしないで」
「…本気で言ってるのか?」
いつもは誰もが虜になるような柔和な笑みを浮かべているミランが、真剣な瞳でシルビィを捉えてきた。その瞬間、まるで時間が止まったかのような静寂が広がった。普段とは違うミランの雰囲気に、シルビィは何と言うべきか困ってしまった。
だって、彼は私のことが好きではないはずだ。原作のシルビィは彼に愛されなくて間違いを犯してしまった。
今の私は、彼が好きか嫌いかと問われれば、好きだと答えるほど、彼に心を許してしまっているのも事実。でも、原作のシルビィほどの愛ではない。そうはいっても、彼に心をほだされるのも時間の問題だ。
「本気よ。私は…貴方を愛していないから」
たっぷりの静寂の後、震える声を必死で落ち着かせて出した言葉だった。彼の反応が怖くて、俯いてしまう。ガタンと音を立てて、ミランが立ち上がった。普段礼儀正しい振舞いをする彼とは想像ができない。ミランはそのまま無言で図書室から出ていった。彼がどんな表情をしていたのか、俯いていた私にはわからなかった。
あれから、しばらく彼と会うことはなかった。5年生になって、ミランの第一王子としての勉強が王宮で始まったのだ。毎日、学園と王宮を忙しなく行き来している彼に、私はかける言葉が見つからなかった。でも、毎日忙しい彼が心配で、時々机にお菓子を置いていた。まあ、彼の机の上には常に先客がいるようで。私のお菓子は、数多の差し入れの一つとなっている。
***
それは偶然だった。学園の庭園は、あまり人が来ない。いつも図書館で勉強しているが、偶には気分転換でもしようと初めて庭園を訪れた。勉強道具を持って、人がいないテラスを探す。庭園には人がまばらで、これならすぐに席が見つかりそうだと頬が緩む。
すぐ近くで聞き覚えのある声がした。ちょうど植木の陰で男女が仲睦まじくおしゃべりしている。相手はこちらに気が付いていないようだ。楽しそうな会話の後、男は自然な流れで腰を浮かすと、女の頬に手をあて、顔が重なった。
(やっぱりそうなのね)
シルビィはそっと踵を返した。見間違うはずがない、あれはミランとアクアローズだった。
馬鹿だ馬鹿だと自分を責める。彼はそういう人だ。分かっていたのに、なぜこんなにも心が乱れてしまうんだろう。私は馬鹿だ。やっぱり彼を愛してしまうんだから。
じわり、と視界がゆがんだ。
次の日の放課後、誰にも知られないようにミランを呼び出した。いつもの図書室ではなく、誰もいない空き教室を選んだ。これは誰にも聞かれてはいけない話だから。
ガラッと教室のドアが開いてミランが入ってきた。この後、彼は王宮に戻らなければいけない。手短に済まそうと口を開きかけたとき、彼は開口一番に言った。
「なんか変じゃないか?」
「何も変ではございません」
「敬語に戻っているし」
「…では言いますが、もう関係を終わりにしませんか?」
「というと?」
人の感情を読みとるのに長けている彼のことだ。私が意図することなど絶対に分かっているはずだ。なのに何も知りませんという風に首をかしげる彼が憎らしくなった。もう、私を縛らないでくれと切実に思った。
「私は貴方にはふさわしくありません。どうか貴方が一番愛している人をそばにおいてください」
「俺は君を一番愛しているよ」
(まだいうかこの男!!)
私は昨日、ミランとアクアローズが庭園でキスをしていたところをはっきりと目撃した。何も知らない女だと思って、からかっているのか。言葉にならず唇をぐっと真一文字に噛みしめる。
「私は昨日、アクアローズさんと貴方がキスをしていたところを見ました」
咎めるように彼を睨む。彼も心当たりがあるのか、僅かに目を見開いた。
「もう私を解放してください!私は…これ以上貴方に心をかき乱されたくない!」
涙が出ないように必死にこらえていたのに、ぽたりと涙が頬を伝った。心からの本心を伝えた。こんなにも感情的になることは初めてだった。
「昨日、君も庭園に来ていたんだね。でも勘違いをしている。昨日はアクアローズの目に埃が入ったようだから見ていただけ。神に誓って君の思うようなことはしていない。そして、神に誓おう。俺が心から愛しているのは君だけだ」
ミランの手がゆるりとこちらに伸びてきて頬に触れる。
流れるような動作でちゅ、と互いの唇が触れ合う。いきなりのことで咄嗟に反応することができない。顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせるシルビィを見て、ミランは意地悪をする子どもみたいな表情で言った。
「俺から逃げたいなら逃げればいいよ。俺は君を離さないけど」
その日から、ミランがシルビィを追いかけて、シルビィがミランから逃げ回る光景を学園内で度々目撃されるようになることを、シルビィはまだ知らなかった。
転入生で男爵令嬢という立場でありながら、ミランと肩を並べるほど成績優秀。ミランとも話が合うようで…。まあ、彼の持ち前の社交性から話が合わないという人の方が少なそうだが、彼のそばにいることが多いようだ。
と、いうわけで私の心の中でガッツポーズを決め込んだ。ようやく、ようやく女たらし大魔王ミラン・ティタスから解放されるときがきた。物語の中でも、アクアローズとミランはほぼ恋人のような関係だったように思う。
いつものように図書館にやってきた彼に私は声をかけた。
「最近、仲の良いお友達ができたみたいね」
「ああ、アクアローズのことかな?」
「ええ、私のクラスでも噂されてるわ。もしその方が好きなら、すぐに教えてね。私のことは気にしないで」
「…本気で言ってるのか?」
いつもは誰もが虜になるような柔和な笑みを浮かべているミランが、真剣な瞳でシルビィを捉えてきた。その瞬間、まるで時間が止まったかのような静寂が広がった。普段とは違うミランの雰囲気に、シルビィは何と言うべきか困ってしまった。
だって、彼は私のことが好きではないはずだ。原作のシルビィは彼に愛されなくて間違いを犯してしまった。
今の私は、彼が好きか嫌いかと問われれば、好きだと答えるほど、彼に心を許してしまっているのも事実。でも、原作のシルビィほどの愛ではない。そうはいっても、彼に心をほだされるのも時間の問題だ。
「本気よ。私は…貴方を愛していないから」
たっぷりの静寂の後、震える声を必死で落ち着かせて出した言葉だった。彼の反応が怖くて、俯いてしまう。ガタンと音を立てて、ミランが立ち上がった。普段礼儀正しい振舞いをする彼とは想像ができない。ミランはそのまま無言で図書室から出ていった。彼がどんな表情をしていたのか、俯いていた私にはわからなかった。
あれから、しばらく彼と会うことはなかった。5年生になって、ミランの第一王子としての勉強が王宮で始まったのだ。毎日、学園と王宮を忙しなく行き来している彼に、私はかける言葉が見つからなかった。でも、毎日忙しい彼が心配で、時々机にお菓子を置いていた。まあ、彼の机の上には常に先客がいるようで。私のお菓子は、数多の差し入れの一つとなっている。
***
それは偶然だった。学園の庭園は、あまり人が来ない。いつも図書館で勉強しているが、偶には気分転換でもしようと初めて庭園を訪れた。勉強道具を持って、人がいないテラスを探す。庭園には人がまばらで、これならすぐに席が見つかりそうだと頬が緩む。
すぐ近くで聞き覚えのある声がした。ちょうど植木の陰で男女が仲睦まじくおしゃべりしている。相手はこちらに気が付いていないようだ。楽しそうな会話の後、男は自然な流れで腰を浮かすと、女の頬に手をあて、顔が重なった。
(やっぱりそうなのね)
シルビィはそっと踵を返した。見間違うはずがない、あれはミランとアクアローズだった。
馬鹿だ馬鹿だと自分を責める。彼はそういう人だ。分かっていたのに、なぜこんなにも心が乱れてしまうんだろう。私は馬鹿だ。やっぱり彼を愛してしまうんだから。
じわり、と視界がゆがんだ。
次の日の放課後、誰にも知られないようにミランを呼び出した。いつもの図書室ではなく、誰もいない空き教室を選んだ。これは誰にも聞かれてはいけない話だから。
ガラッと教室のドアが開いてミランが入ってきた。この後、彼は王宮に戻らなければいけない。手短に済まそうと口を開きかけたとき、彼は開口一番に言った。
「なんか変じゃないか?」
「何も変ではございません」
「敬語に戻っているし」
「…では言いますが、もう関係を終わりにしませんか?」
「というと?」
人の感情を読みとるのに長けている彼のことだ。私が意図することなど絶対に分かっているはずだ。なのに何も知りませんという風に首をかしげる彼が憎らしくなった。もう、私を縛らないでくれと切実に思った。
「私は貴方にはふさわしくありません。どうか貴方が一番愛している人をそばにおいてください」
「俺は君を一番愛しているよ」
(まだいうかこの男!!)
私は昨日、ミランとアクアローズが庭園でキスをしていたところをはっきりと目撃した。何も知らない女だと思って、からかっているのか。言葉にならず唇をぐっと真一文字に噛みしめる。
「私は昨日、アクアローズさんと貴方がキスをしていたところを見ました」
咎めるように彼を睨む。彼も心当たりがあるのか、僅かに目を見開いた。
「もう私を解放してください!私は…これ以上貴方に心をかき乱されたくない!」
涙が出ないように必死にこらえていたのに、ぽたりと涙が頬を伝った。心からの本心を伝えた。こんなにも感情的になることは初めてだった。
「昨日、君も庭園に来ていたんだね。でも勘違いをしている。昨日はアクアローズの目に埃が入ったようだから見ていただけ。神に誓って君の思うようなことはしていない。そして、神に誓おう。俺が心から愛しているのは君だけだ」
ミランの手がゆるりとこちらに伸びてきて頬に触れる。
流れるような動作でちゅ、と互いの唇が触れ合う。いきなりのことで咄嗟に反応することができない。顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせるシルビィを見て、ミランは意地悪をする子どもみたいな表情で言った。
「俺から逃げたいなら逃げればいいよ。俺は君を離さないけど」
その日から、ミランがシルビィを追いかけて、シルビィがミランから逃げ回る光景を学園内で度々目撃されるようになることを、シルビィはまだ知らなかった。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
20
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる