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飼い殺し
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ナイフの柄を、握りしめる。
場所は、すぐにわかった。
窓ひとつない、コンクリートで囲まれた薄暗い部屋。
息を、潜める。
自分の呼吸の音が、やけに鼓膜に響く。
「あー、そういうことかよ」
ナイフを持つおれを見上げて、何かを察したように毒づく。
苦々しく苛立ちを隠そうともせず、嗤う。
「久々に顔を拝めたと思いきや、物騒なモン持ってんじゃねーか」
軽口を叩く男はこの状況を理解しているのか、気にも留めていないのか、怯えた様子はない。
それに、ぼろぼろで動ける感じもなかった。
ただ、おれは無抵抗なこの人を殺せばいい。
くーくんがおかしくなったのは、ここに来た後だったから。
おれが、すればきっとくーくんは喜んでくれる。
「それ持ってきたっつーことはそれなりの覚悟で来てるんだろうな?」
覚悟?と問うように床に座り込んでいる男を見下ろせば「お前は知らねーだろうけど、枷は今外れてんだ」と手を上げてそこに繋がる鎖がないことを見せる。
「かなり無茶はすることになるが、そのナイフを取り上げるぐらいのことはできるぜ」
「……っ、でも、動けるはずない、です」
見たところ身体だけじゃなく、頭からも血を流している。
垂れたらしく頬にその跡が残っていた。
「なめんじゃねえよばーか」と罵倒し、びくっと震えるおれに喉の奥で嗤う。
「まぁ、でも事情によっては考えてやらねーこともないかもな。今まさに命を奪われようとしてる哀れな被害者に、理由ぐらい教えてくれても構わないだろ?」
なぁ、と問いかけられ、渇いた唇を動かす。
部屋に充満する血や何かの悪臭が鼻に入ってきて顔を顰めた。
「…くーくんに必要とされるために、お兄さんには死んでもらわないと、いけません」
記憶がなくなる前に何があったのかは知らない。
どうでもいい。
くーくんがもう一度おれを見てくれるなら、いい。
「はは、」と面白がっているような笑い声。
「ガタガタ生まれたてのヒヨコみたいに震えてるくせによく言うぜ」
「…おれは、別に、」
震えてない。
このくらいのこと、おれならできる。
できるんだから。
「おれはくーくんがいないとだめだから、くーくんしかいないから、他にはなにもなくて、記憶もなくて、何もわからない世界で、くーくんしかいないから、…っ、だから、おれは、」
皮がめくれて痛いほど柄を握り、殺すことの言い訳を綴る。
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