手足を鎖で縛られる

和泉奏

文字の大きさ
768 / 842
飼い殺し

18

しおりを挟む





***


ナイフの柄を、握りしめる。

場所は、すぐにわかった。

窓ひとつない、コンクリートで囲まれた薄暗い部屋。

息を、潜める。
自分の呼吸の音が、やけに鼓膜に響く。


「あー、そういうことかよ」


ナイフを持つおれを見上げて、何かを察したように毒づく。
苦々しく苛立ちを隠そうともせず、嗤う。


「久々に顔を拝めたと思いきや、物騒なモン持ってんじゃねーか」


軽口を叩く男はこの状況を理解しているのか、気にも留めていないのか、怯えた様子はない。

それに、ぼろぼろで動ける感じもなかった。

ただ、おれは無抵抗なこの人を殺せばいい。
くーくんがおかしくなったのは、ここに来た後だったから。

おれが、すればきっとくーくんは喜んでくれる。


「それ持ってきたっつーことはそれなりの覚悟で来てるんだろうな?」


覚悟?と問うように床に座り込んでいる男を見下ろせば「お前は知らねーだろうけど、枷は今外れてんだ」と手を上げてそこに繋がる鎖がないことを見せる。


「かなり無茶はすることになるが、そのナイフを取り上げるぐらいのことはできるぜ」

「……っ、でも、動けるはずない、です」


見たところ身体だけじゃなく、頭からも血を流している。
垂れたらしく頬にその跡が残っていた。

「なめんじゃねえよばーか」と罵倒し、びくっと震えるおれに喉の奥で嗤う。


「まぁ、でも事情によっては考えてやらねーこともないかもな。今まさに命を奪われようとしてる哀れな被害者に、理由ぐらい教えてくれても構わないだろ?」


なぁ、と問いかけられ、渇いた唇を動かす。
部屋に充満する血や何かの悪臭が鼻に入ってきて顔を顰めた。


「…くーくんに必要とされるために、お兄さんには死んでもらわないと、いけません」


記憶がなくなる前に何があったのかは知らない。

どうでもいい。
くーくんがもう一度おれを見てくれるなら、いい。

「はは、」と面白がっているような笑い声。


「ガタガタ生まれたてのヒヨコみたいに震えてるくせによく言うぜ」

「…おれは、別に、」


震えてない。
このくらいのこと、おれならできる。
できるんだから。


「おれはくーくんがいないとだめだから、くーくんしかいないから、他にはなにもなくて、記憶もなくて、何もわからない世界で、くーくんしかいないから、…っ、だから、おれは、」


皮がめくれて痛いほど柄を握り、殺すことの言い訳を綴る。


しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 【花言葉】 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです! 【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。 ◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...