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彼の人の屋敷
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「それと、ついさっき、君の御両親にも連絡がついたよ」
「っ、え、…」
「とても心配している様子だった。君が見つかったと伝えたら、安心して泣いていた。…明日にでも会ってみるかい?」
(…もう、……いやだ、)
ここまでされたら、信じそうになってくる。
こんなにこの人が真剣な顔で言うから、今手にある本物みたいな書類を見せてくるから、
……まさか、もしかしたら、って、それが、本当なのかもしれないって。
ほんの少しでも、さっくんを疑うことなんか、絶対にしたくないのに。
「……オレ、は…、絶対に…だまされたり、しな」
「騙していたのは、咲人の方だ。誓ってもいいが、僕は咲人と違って、何一つ嘘は言っていない」
「……っ、」
だって、それが確定してしまったら、オレの世界のすべてが狂ってしまう。これから何を信じればいい。どうすればいい。さっくんが言ってたこと、何もかもが嘘になってしまう。
これが本当なら、許婚である雪華も嘘をついていたことになる。
二人で、オレを騙してたことになる。
それだけじゃない。
オレの、今まであると思ってた記憶の、生きてきた過去の何もかもが、崩れ――――、
「…っ、雪、華、に、」
(……隣の部屋に、いるなら、)
聞けばいい。
そうしたら、すぐに答えがわかる。
翠が言ってることを、この書類全部を、間違いだと否定してくれるはずだ。
だから、もういい。見たくない。
これ以上は、この人からは何も知りたくないと思った。
怯えと混乱の終わりのない迷路のような現実の中で、更に恐怖に見舞われてくる。
もしこのままここにいれば、紙に書かれていることを認めて、…決定的な事実になってしまったら、そんな想像したくもない。
ただオレが忘れてしまっただけで、オレが誘拐されたという可能性が、皆が言う言葉が本物になってしまうのは、嫌だ。
それに、嘘だと思いたくない。
さっくんに直接聞くまでは、信じたくない。
だって、さっくんに今まで教えてもらったことのほとんどが嘘だなんて、会いに来てくれない両親のことも、さっくんがオレを大事にしてくれてると思ってたことも、全部、全部が嘘だったなんて思いたくなくて、
オレを、他の誰かの”代わりにする”ために、攫っただなんて、
(…そうだ、そんなはずない)
あの、優しいさっくんがそんな酷いことをオレにするはずない。
まだ会ってそんなに知らないこの人の言葉よりも、オレはさっくんの言葉を信じ、
――――くだらない――――
鼓膜に響く、言葉。
最後に会った時の、光景が脳裏に鮮明に蘇る。
――――――貴方に慰められて、何になるというのですか?――――
――夏空様がしていることは、所詮真似事でしか―――
――――――代わりでしかないそんな行為に何の意味もな――
「……ぁ、っ」
息が、止まりそうになる。
そういえば、…『紛い物』だと、さっくんが言っていた。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
これ以上は考えるなと、脳が警告している。
耳鳴りが酷くて、周りの音が何も聞こえなくなる。
もしかして、と思うと止まらなかった。
オレと話しているのに、別のことを考えているような、…他の誰かのことを考えているような、
一緒に行った記憶がない水族館でも、オレと一緒に来たって言ってたこともあった。
それに、…さっくんが怖い夢を見たって言った後、いつもはオレを夏空様って呼ぶのに、夢を見た後は呼び捨てみたいになるときもあった。
そんなはずない、ありえないって思ってるはずなのに、…心臓が、爆発しそうになる。ドクンドクン、と鼓動がうるさくてたまらない。
「まだ疑っているようだから、これを見たら君が代わりにされている事実を受け入れてもらえるかな」
「や、…やめ、」
今度は、数枚の写真を見せつけられた。
これ以上見たくないと、顔を背けようとしても許されない。
身体を起こされた時からずっと肩を抱かれたままで、翠が言う通りに微熱のせいか、ふりほどこうにも全くといっていいほどビクともしなかった。
「僕の婚約者の”おとみ そら”と、咲人の写真だ」
「…っ、」
本能的に、息ができなくなった。
一瞬見間違うほど、”彼”の外見はオレと似ていた。
けど、
身に着けている服がオレが今まで着たことがない着物であること、
控えめな優雅さを感じてオレよりも落ち着いている大人びた空気感であること、
…何よりも、指先でも触れたら消えてしまうんじゃないかと思うほどの儚さを纏い、脆さを感じさせる容貌と雰囲気は、
(……全然、違う)
そこに映るさっくんも、スーツではなく、黒色の着物を着ている。今よりも少し若く、少年のような幼さが残っているから数年前の写真だということの証明にもなっていた。
さっくんの雰囲気はオレが知っているものと違った。
オレといる時のさっくんはいつも微笑んでいるのが多いのに、この写真ではそういう気遣いのようなものは全くない。
見惚れるほど美しい造形をしている青年は笑顔を知らないように無感情に見えるのに、…それなのに、…そのふとした視線の先にいる”彼”への感情を隠しきれていなかった。
そして、
……その数枚の一番後ろに重ねられていた、最後の写真では、
「…――っ、」
”彼”とさっくんが、口づけをしていた。
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