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彼の人の屋敷
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穹の義理の弟、…今は音海の当主である”音海 京太郎”がどこから嗅ぎつけたのか、何の知らせも寄こさずに屋敷に訪れた。
そもそもここを訪れたことなど、数年前が最後でそれきり顔を見ることさえなかったというのに。
決して通すことはないように使用人に伝えたが、屋敷の扉を叩き割らんばかりの勢いで暴れ、睨みつける男がいては醜聞となり、商売を生業としているこちらとしてはたまったものではない。
結果的に、『穹』には会わせずに別室で対応した。
京太郎は、昔から穹への憎悪、愛欲、肉欲、執着、劣等感やらでめちゃくちゃになっている奴だ。
義弟に、ようやく手に入れた『穹』を奪われてはかなわない。
勘違いだ、穹によく似ている少年を保護しただけだと伝えたが、僕の目前でも遠慮を知らず会わせろと喚いて聞かなかった。
警告する僕を振り切って立ち上がり、止める間もなく穹の名を大声で叫んでは血眼になって屋敷中を駆け巡った。
使用人に急いで取り押さえさせようにも、怒りで暴れる京太郎を止めるのは時間がかかった。
「……………―――――クソ、……」
報告を受けて駆け付けた時には、時既に遅し。
(牢にでも入れておくべきだった)
すぐ片付くと思っていたせいで、最悪の事態が目の前で起こっている。
………穹には来客の対応をするとしか伝えていなかったから、…あまりの騒ぎに気になったのだろう。
数人がかりで床に押さえつけられた京太郎が、部屋から出てきた『穹』に偶然鉢合わせてしまったのは運が悪いとしか言えなかった。
「………マ、…………マジ、……で…………そら、………か………?」
『穹』の姿を見つけた瞬間、目を見開いて硬直した。
わなわなと怒りか、憎しみか、歓びか、身体の中に絵の具をぶちまけられたようにごちゃ混ぜになった顔で、…見定めるように穹を数秒見上げて。
「…ァ゛、…ァ゛ァああ……ッ、………ホントは、……生きて、…た、んだな…?……アレは全部、おれの、…おれの勘違いで、…おかしな夢で、……だから、お前は……」
京太郎は、今でも並々ならぬ感情を穹に抱いている。
それが一目で見て取れるような顔で、べらべらと早口に話しかけながら、馬鹿みたいに口角を上げていた。
「………ハ、……ハ、……?………ッ、………………オイ……、……なんか言えよ…。……いつもみてぇに、うざったいずるい顔で笑えって」
……かと思えば、相手の様子がどこかおかしいことに次第に気づき、…ひく、と頬と喉を引きつらせる。
「………………ァ、……?…な、……なん、だよ…、……なんで、……なんで、……そんな顔で、…………おれを、…………」
爪で擦れたのか皮が向けた血の滲んだ手が、…掴まえようとでもしているように…その目当ての人物の方に向かって、動く。
「なぁ、……そ」
名前を言おうとしたんだろう。
……しかし、それも視線の先にいた相手が僅かに視線を逸らしたことで、不自然に途切れた。
穹が、自分を受け入れなかった。
かつての日常ではありえない事実に、…笑っていた彼の目から光が消えた。
顔面蒼白どころではない、死人のような顔色で、
焦点の合わない目がゆらゆらと、逃げたがっているように地面に向いて、
「……ハ、…アハ…、アハ、ハ……ハハハハハハ…ッ」
……段々と、その顔が歪んでいき、ケタケタと笑いだした。
次の瞬間には歯を食いしばり、怒りと恨みのぐちゃぐちゃになった顔で震え出す。
その形相は、処理しきれない感情という感情が衝突し合った結果の産物だった。
「なんで、いんだよ…ッ、?!!!……おまえ…、……お前は、…穹は、死んだ!!!!死んだんだ!!あの時、死んだはずなのに…!!ふざけんな…ッ!!」
「……っ、」
咆哮、といえるレベルの叫びを、ビリビリと震わせるような大声で、喉を突き破る勢いで思いきり、顔と動きすべてを以てして穹に向けてぶつけた。
「やっと、お前から解放されたってのに…ッ、!!この、むしゃくしゃするクソみてぇに纏わりつく感覚が、ようやくあの時消え…っ、グゥ…ッ、!!」
激しく逆上し、暴れて押さえられながらも掴みかかろうとする京太郎の口を使用人に命令して塞がせる。
穹を怯えさせてくれるのは慰め役になる僕にとって好都合にはなるが、余分なことまでしゃべられてはたまらない。
震える穹の肩を抱き寄せ、…なんという華奢で、繊細な肩のなんだと、こんな時でさえ感嘆する。
相変わらず体調が悪く、熱を出している穹をはやく避難させなければならないなと自分に言い聞かせ、勿論京太郎と反対の方向に連れて強制的に誘導する。
「早く追い出してくれ」と使用人に指示を下した。
「あべ…っ、待て…っ、!!待てって言ってんだろ、が…!!…ッ、頼むから…っ!!待ってくれ…!!おれのこと、忘れるわけ、ねェだろ…っ、?知らないふりすん、」
使用人達も一応暴れている相手が他の当主であるからか動きが鈍く、それが猶更愚か者の強硬に拍車をかけている。
暴れながらも情けを求めるように泣く声に、穹が振り向こうとしているのか足を止めようとする。
「穹」と低い声で折檻時と同様に釘を刺し、肩を抱く指で柔肌に爪を立てながら引きずるようにして前に進ませる。
「ォイ…ッ!!待て、…よ…!ジャマすん、な…!!オイ…って、!待てよ!!戻ってこい…!!そらァ゛…っ、!」
「何をモタモタ馬鹿みたいに手こずってる…!!はやくしろ…!一秒でもはやく、追い出せ!!!!」
僕の罵声に穹が震えたことに気づいたが、構ってなどいられない。
再度警告じみて追い出すように指示した僕に、今度はようやくまともな仕事をする気になったらしい使用人達が拳を振り上げる。
しかし殴られ、蹴られ、捕縛されて羽交い絞めにされて口を覆われながらも、京太郎は醜く無様に目からも鼻からも水を出して泣き、呼び止めることをやめようとしなかった。
よほど穹に未練があるのか、ゴミの分際で剝き出しの執着心が甚だしい。
数人の使用人達を相手にしながらでも、抵抗をやめる気はないようだった。
聞く側にもわかる絶望感と涙声で喉を詰まらせながらも、穹に浴びせる言葉は後を絶たない。
「…が、!!お前のせいだ…ッ、…お前のせいで、おれは、……っ、ァ゛ァ…お前が、優しくするふりなんかして、見下してくるから…ッ、お前がおれのモノに、ならないから…っ、…ァ゛ァア…ッ、…そうじゃ、ねぇ、…あが…っ、…ちげぇ、…ちげぇんだ……っ、…ちへえんだよ、おへ、…っ、おへら、こんら、つもりじゃ、……おへは、…っ、ホン、ドッ、…た、…あのひ、お前、に――っ、」「殺れ!!!」
ガツンッ、!!
反射的に叫んだ僕の言葉と、使用人の行動はほぼ同時刻だった。
殴打の音が聞こえた瞬間、最後の方は受けた暴行の末に聞き取れない言葉になっていた金切り声は唐突に途切れ、……糸が切れたように廊下が静まり返った。
使用人に囲まれながら、床に倒れている京太郎。
その頭から血が落ちているのを確認して安心しながら、顔を前に戻す。
これで、煩いのが消えた。
「―――――……ハァ………穹……そら、…こっちに、…来るんだ………はやく、…………そら……?」
しかし、あのゾンビみたいな男がいつまた起きて余計なことを喚き散らし始めるかと思うと気が気でなかった。
走ったわけでもないのに、心臓がバクバクと喚き、息が切れる。
前だけを見て、はやくこの場から穹を引き離さないといけない。
だというのに、心配でもしているのか動きを止めようとする穹に、そろそろうんざりしてくる。
煮えくり返る腹の内を必死に誤魔化しながら、立場を思い知らせようとして隣を振り向けば、
「………穹、………どうしたんだ…………」
………何故か、その人形のような美しい頬に涙が流れていることに気づいた。
驚いたが、すぐに状況を鑑みて納得する。
余程、京太郎の醜い狂言と正気とは思えないキチガイな暴れ方が恐ろしかったのだろう。
恋人の僕が慰めてやらなければ、と思惑通りの状況に頬を緩める。
「…そうか。君は本当に些細なことで、動揺しやすいんだな。しかし、だからこそ繊細で儚く美しい…まるで天使のような人だ」僕ならあんな愚図な男のために涙は流せない、と褒めてやった。
何度見ても性別を超越した神秘的な美しさを体現したような穹が僕のものであることに、恍惚とした優越感を抱きながら、今から更に穹を僕に依存させる算段を心の中で巡らせる。
最近の穹は当初と比べられないほど自分から僕に縋ってくるし、甘えてくるし、表情も態度も本当の恋人としか言いようがない愛らしさで溢れている。
……そうだなぁ。今優しくしてやれば、今後は更に僕を求めるようになるだろう。
涙を拭い、キスでもしてやるか。
絶対に目を潤ませて喜ぶに決まっている、とその濡れている真珠のような頬に触れようと手を伸ばし、笑ってみせる。
蘇る高揚感と、今目の当たりにしている現実の不可解さ。
その桜のように可憐で、小さな薄い唇が、
………………僕ではなく、別の男の名を形作った。
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