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彼の人の屋敷
23
ゴリッ、
……足裏に、硬い痛みが走った。
逃げ場のない足裏の薄い皮一枚を隔てて、冷たい金属のような硬さが肉に食い込んだ。
柔らかな畳の感触を想定していた脳が、予期せぬ硬質に思わず悲鳴を上げる。
「ッ、!!なん、」
不快感に満ち、一体何を踏んだのかと怒り、感触を振り払うように足を退ける。
と、…コン、と畳の上を転がったのは、――――淡い桃色を滲ませた、金の指輪だった。
「………………これ、は……」
数秒、その現実を認識できなかった。
……何故なら、やや暗い室内の中で鈍く光りながらも床に落ちているソレは、
僕がつい先程穹にプレゼントしたばかりのもののはずだ。
慌てて、障子の傍に佇んでいる穹の左手に視線を移す。
……最初から何も知らなかったかのように、あまりにもなめらかで、何も刻まれていない…真っさらな薬指に目を見張り、
――と、
『会いたかった』
まるで、そう口にして微笑んでいるかのように。
華奢な体を一層引き立て…美しい刺繍が施された着物を纏った穹が、小さく裾を翻しながら、上品な速さでゆっくりとこちらに向かってくる。
透き通るような肌を襟元から覗かせ、温かい体温と共に抱きついてきた。繊細な体の感触と、穹の香りがふわりと漂う。
「風呂に入っている間も、泣き濡れる穹の姿をもう何千回も想像したんだ…。…今、君も幸せだろう…?これからは誰にも邪魔されず、この屋敷で僕だけを見ていられる。……今度こそ、咲人を忘れていいんだよ。……さあ、心ゆくまで僕に溺れてくれ……」
その言葉に応えようとしたのだろう。
僕の腕に抱擁されたまま、腰のあたりの服を掴んでいる穹が微かに身動きをした。
少しして僅かに離れた穹が、僕を見上げる。
ねだるような目つきに辛抱できずに、白い首に顔を埋め、慈しむようにその喉仏を舐め上げた。
微かに頭上から聞こえた漏れるような吐息と、舌触りのよいしっとりとした肌、そしてそそられる汗と穹の官能の味。
勿論、僕の穹に抵抗しようという気配はまるで感じられない。
それどころか、離れた僕の口元にその柔らかな熱を感じるまでに近づくと、わざとなのか視線を泳がせ、目を伏せた。
長く湿った睫毛が影を落とし、薄く開いた唇を震わせる。
そうして、言葉を飲み込むように喉を動かし、ほんの少しだけ、僕の方に上体を傾けた。
穹も、僕が欲しくてたまらないらしい。
そんな露骨な誘いに、…たまらず食らいついた。
むさぼるような口づけとともに、深く重なる穹の幼く未熟な舌の熱。
僕の首に細い腕を絡ませ、穹にしては初めてじゃないかと思うほどの積極的な口づけに神経に杭にでも打たれたような快感で、腰が小刻みに痙攣する。
声帯まで影響されたかのように喘ぎにも似た声が出て、パンパンに膨らんだ陰茎を腕の中にいる穹の着物をかきわけ、股に押し付けてグリグリ刺激する。
じゅるじゅるネチャネチャ湿った粘膜が擦れ合う音を立てながら、穹の口や舌を這いずり回り、湿った糸を引く唾液が顎を汚す。
(……ああ、幸せだ……、僕達の今のこの姿を咲人に見せつけてやれないのがとんでもなく口惜しいが、……しかし、穹がこれほどまでに僕を望むとは、……なんて最高な……)
「………――――ァ゛…ッ、…?」
――その、瞬間
まるで、指先を軽くぶつけた時のような、間の抜けた声が、口から漏れた。
(………?)
ザク……と胸に走った衝撃は、あまりに鋭く、熱い。
いや、違う。
胸?腹?今の僕には、どこかわからない。
わからないが、心臓の奥底に冷たい楔が打ち込まれたような重みが襲う。
それはあまりに鋭利で。
痛みを感じるよりも先に、全身の血がその一点へと凝縮していくような、奇妙な熱狂が脳を焼く。
その場所から、
「――――!!!!!!??」
絶叫を超えるおびただしい激痛が全身を壊す。
浅い呼吸を繰り返すたびに、鳩尾の下あたりが激しく引き攣った。
肺が石になったように動かない。
寸前まで本能剥き出しに僕の”オンナ”と舌を絡めていた僕の声は封じ込められており、鼻から抜ける異様な吐息が穹の頬を掠めるが、何故か気に留めた様子はない。
喉の奥でヒッ、ヒッという乾いた音が鳴り続ける。
腹の中では何かが冷たく硬くなり、心臓の鼓動に合わせて鈍く速く脈打っている。
息を吸い込むたび、その痛みが鋭さを増し、思考が白く霞む。
脂汗が額から流れ落ち、視界がぼやける。
焼けた鉄を突き立てられたような熱が走る鳩尾のあたりに、衝撃で肺の空気がすべて叩き出され、声にならない吐息が僕の喉を鳴らす。
(………ハ、………?)
大分遅れて、思考が回りだす。
なんだ、?なんなんだ、これは、
呼吸の乱れ、大量の冷や汗、体の震えや硬直、吐き気、視界の霞みなど明白に異常をきたしている僕が苦悶に顔を歪め、絶叫を上げようとしても、穹は気づいていないのか僕から身体を離さない。
更に熱を入れるように僕の首に腕をまわしてきて、錯乱と驚愕と激痛と…それら以外にもすべてが雑多になった息が塞がれた唇の間から漏れる。
それどころか、「――ッ?!…ッ゛、…ッ、!」愛を紡いでいた僕の舌を引きちぎろうとするかのようにそのやわらかい肉に歯を思いきり立てた。
喉の奥で弾けた悲鳴と、口の中に広がる熱い鉄の味に震えあがり、
「っ、が、あ……っ!!」
舌を嚙み切られる恐怖に、声にならない叫びをあげながらなりふり構わずに目の前の『穹』の身体を突き飛ばした。
愛おしく抱きしめていたはずの華奢な肩は、化け物を追い払うような力で押せばあっけなく離れた。
自分の血なのか、穹の血なのか判別できないまま口から零れた血に、信じられないと慄く。
……だが、僕は今気づいてしまったのだ。
先程、至近距離でぶつかった視線。
激痛で僕の身体が痙攣しているのを、穹は冷めた目で見ていた。
――――何故、何故、なぜそんなに底冷えする色で、僕を、
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