貴方は俺を愛せない

和泉奏

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オレだけを愛して

7





――――その、格好いいのに綺麗で、尋常じゃない可愛さに、グ…ッとキた。


「な…っ、なら、苦いの、それかすーっていい匂いするやつたべてくる、!それなら…っ、」


それならいいだろうと、勝手に結論づけて立ち上がる。

どれだけ今の表情に心臓が破裂しそうなくらいずっっっきゅーーんドキドキしたんだとかどれだけさっくんにキスしてほしいんだよとか自分で思うところがありすぎたけど、そんなことよりやっぱりちゅーしてほしかった。

……というより、今のを見ていつもみたいに、もっとふかくてとろとろになっちゃうめちゃくちゃなのをしてほしくなった。


「……どこに行くんだよ」

「ど、どこって、」


もちろん口の中を爽快にしに、と言いかけて、…引きとめるように手首を掴まれる。

自然とこっちを見上げる角度で、…その、……言葉にできない表情に、また、オレの心臓が激しく狂っていく。

その力強さは見た目の端正さからは想像できないほどで、…ああ、やっぱりさっくんは大人の男なんだなって。

綺麗な男の人ってだけじゃなくて、…そのあまりにも色気とか、肌に伝わる体温とか、そういうので、…生きてる人間なんだって、いまさら、おかしなことを思った。


「嫌だったとは、言ってない」


――吐き出された声は微かに震えていて、伏せられた長い睫毛の下で、彼の瞳だけが異常なほどの感情を滲ませている。

視線が絡み合った瞬間、心臓をぎゅうって鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

骨の髄まで疼き、脊髄が痺れ上がるほど、世界から音が消える。

彼は、視線を泳がせるオレを引き寄せ、…真剣な表情で、目を伏せた。

吸い寄せられるように、…お互いの吐息が触れるほど近づいて、


「……――っ、」

「…………」


あと数ミリ。
熱く混ざり合い、彼のやわらかな唇がオレをとろけさせてくれる瞬間を待った、…その、刹那、

……低く濁った振動音が、耳に届いた。

オレの頬に触れ、髪を梳くようにして絡めていた彼の指先が、わずかに硬直する。

聞こえないふりをしようにもできない雑音が、甘く痺れた空気を無遠慮にかき乱してくる。

(……携帯の、バイブ音……?)

用意してくれた飲み物を置いてある机の上。
高級そうな黒い端末が、執拗なほどに長く振動し続ける。

至近距離で…陶酔し、熱を孕んでいた彼の瞳が、瞬時にして氷のような理性を帯びていく。

わずかに細められたその眼差しは、先程の名残を微かに残したまま、音の方へと視線を向けた。

喉の奥が凍り付くような感覚に陥りながら、その後を追っていくと、

「…っ、」わずかに漏れたのは、溜息よりも鋭く重い、拒絶の音。

空の暗さと対照的にほのかに青白く発光している画面を見れば、おそらく電話をかけてきているのだろう相手の名前が目に入った。


(………『結衣』、)


また、だ。

この人は穹には叶わないと、翠に聞いたのに。
きっと、死んだ穹と同じ見た目をしているオレの方が…有利だってわかっているのに。

……それでも、……それでも、彼女はさっくんから離れようとしない。

いなくなってほしいのに、纏わりつき、へばりつき、付きまとう。

穹には勝てないくせに、そのはずなのに、一時的にとはいえども婚約者という関係性になれた彼女が、憎らしいほどに羨ましい。

――――その証に、婚約指輪をもらえた彼女が、心底疎ましい。

オレがその光景に目を奪われている間にも、一度切れても何度でもやり直すといった執念が感じられるぐらいに、その雑音は止む気配がない。


「……出なくて、いいの…?」


強がりだった。
これだけ鳴らすんだから、緊急かもしれないだろと、そう、震える唇で吐いた言葉は、偽りの優等生の言葉で。

かすかに笑って問いかけたその言葉は、穹のふりができないほど露骨に、オレ自身の声だった。

「……ぁ、」虚しい声が口から零れた。

ゆっくりと、指が離れていく。
彼の体温を、感触を、肌から失っていく。

未練など感じさせない態度で、彼は椅子から立ち上がった。
そのわずかな空白が、数秒前までの熱を奪い取り、肌寒さだけを際立たせる。

さっくんより先に、まだ振動している携帯を取った。


「…っ、これ」


全然へいき、たいしたことないことだというように、彼の目の前に差し出した。

震えそうな手を必死におさえながら、これはオレが望んだからさっくんが彼女が通話するのだと、…さっくんが望んだからするのではないと、そう思い込みたくて、自分で滑稽な傷を心につけて抉る真似をする。

御礼を言って受け取ったさっくんは、…結衣さんと会話をしながら、オレに背を向けて数歩距離歩く。

その後ろ姿も見惚れるほどに綺麗で、けれど触れることは許されないと感じるほどに遠く感じた。


(……ああ、彼女が嫌いだ)


じわりと、黒い炭のようなものが、体内を明確に汚していく。
ここまで他人にこれほど醜い感情を抱いたことなんてなかった。

もういない穹に感じるものとはまた別に、……もしかしたら、それよりももっと、…


「……え、?」


盗み聞くつもりはなかった。
けど、黒い端末から漏れ聞こえてきた…嬉しそうに、はりあげるような彼女の声に、…その、言葉に身体が強張る。

……今、家の前にいるって言った……?

耳を疑う聞き捨てならない現実に困惑していると、

直後、
春の陽光のような音色が室内の方から聞こえてくる。


今はひどく歪に感じる

……来訪を告げる、呼び鈴の音だ。


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