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オレだけを愛して
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その右手の薬指に、…彼のものだという印を…指輪を、つけたまま、
服を指が白くなるほど掴み、乱れた呼吸をぶつけながら、彼女は激しく肩を上下させる。
「……ぁ…っ、」
顎に添えた指先が、ゆっくりと”婚約者”の顔を上向かせる。
感情の起伏を見せない…神聖さすら感じさせるほど整った顔が近づいて、結衣の視線が絡め取られていくのがわかる。
目を伏せたまま彼女の言う通りに…再び唇を重ねるさっくんに、結衣は目をとろんとさせながら薄く涙を流し、頬に朱が差した陶酔しきった顔で快感に身体を震わせる。
「……――、(……いやだ、)」
やめて、やめて、やだ、いやだ、やめて、
それなのに、まったく動けない身体は凍り付いているように自由を失くしていて。
熱が滲む喉を詰まらせながらも、わずかに開いた自分の唇から漏れたのは、あまりにも…無意味な喘鳴だった。
だからって、世界は憐れみなどかけたりしない。
そうしている間にも、少し離れた場所でされている行為は、酷いほどに現実を見せつけてくる。
「…ん、んっ、…ハ、ァ…ッ、ぅ、…ッ、んン゛ッ…?!…~~ッ、!!」さっくんに主導権を奪われた口づけの濃さによって、女の喘ぎ声は途中から熱く溶けて甘く濁った呻きに変わり、塞がれた唇の間から行き場を失った唾液が零れて、顎へと伝い落ちていく。結衣の喉元が強烈な快感を必死に嚥下するように、ひどく大きく波打つ。
声にならない衝撃によって、彼女の華奢な肩が小刻みに、激しく振動する。…その震えは遠くから見ているこっちにまで伝わってきそうなほど、生々しい。
絶頂を隠さない息遣いと身体の痙攣に、彼女は膝から崩れ落ちそうに放心して、……ようやく、唇が離れたのも束の間。
耐えきれないといった様子で、上質な生地を頬で撫でるように目の前の胸に顔を埋める。
「…ッ、……あなたを、愛しているの。…私が、絶対に誰よりもあなたを愛しているし、求めているのよ…」
当たり前のように、背中に腕をまわして抱きしめて。
当たり前のように、潤んだ目で頬を赤らめながら幸せそうに笑って。
(……――――、ああ、……☓☓☓……)
文字にはできないような、感覚。
明確に浮かび上がった昏い感情で、頭の中が埋め尽くされていく。
『だから、不安にさせないで』と彼女は取り縋る。
『何故、私の電話にすぐ出なかったの?
何故、約束した定時に連絡をくれないの?
何故、返信ひとつに1時間もかかるの?
何故、私が死にたくなるほど心配になるとは思わなかったの?
私の言いなりになると言ったから24時間の監視も外したのに、あなたの身体も、思考も、吐息一つまでも、すべては私のもので、私だけのものになったのに、だからあなたも私しか必要としないはずなのに、何故あなたは、』
何故、何故、何故、と。
まるで今もまだ”恋人”であるかのように、”彼女”なら当然の、…いや、たとえ彼女とだとしても、異常だと思えるほどの執念を見せている。
最初は比較的穏やかに、次第に興奮したように結衣が涙声でまくしたてている途中、不自然に言葉が途切れた。
「……私を、澪ちゃんみたいにさせないで。好きだからって、あんなふうにはなりたくないと思っていたのに、あれほど溺れたくないと願っていたのに、…」
喉を上下させ、その口紅のはがれた唇を引き攣らせる。
「…だから、あの時の言葉に、嘘はないと言って…。そのために、私は彼を、……っ……何もかもすべて、あなたの望む通りにしたでしょう?……ッ、それなのに、…ね、…ねぇ、…本当は、私じゃなくてまだ」
「心配しなくても、俺の婚約者は結衣だよ」
そう答えるさっくんの表情は、よく見えない。
けど、涙を流して微笑む彼女は、「そう、そうよね、そうに決まってる。だって、あなたはあの日からずっと私のものだもの、…ね、あなたもそう言ってくれたでしょう…?」震える手でさっくんの頬に触れる。
「…自分でもおかしいと思うぐらい、…咲人が好きなの、……好きで好きで、息をするのと同じくらい、咲人を愛することが私のすべてなの…」
結衣の唇から、蜜のように甘く、そして呪いのように重い溜息が漏れる。
愛撫というにはあまりに舐めまわすように執拗的な指先が、血の通いを感じさせない磁器のような白いさっくんの肌を堪能している。
まるで、自分だけの宝物を確かめるように。
その指が動くたびに女の身体は微かに震え、その表情はさらに深く、底なしのぬかるみのように感情を帯びていく。
「こうして目の前にいるだけで、鼓動が速くなって、胸が甘くて苦しくて…。……さっきしただけでは、まだ、まだ、足りないのよ…、咲人…」
不安定な感情を露わにしながら、繋ぎとめるように彼の肌を、その体温を確かめるように触れて、催促するように、…安堵をせがむように目を閉じる。
「……――、て、」
やっとのことで絶叫じみた泣き声を漏らし、震える手を、伸ばす。
だけど、その音は小さすぎて自分の耳にさえ届かなかった。
感情を押し殺そうとしても、身体が拒絶するように震える。
「……――――、………ぁ、……っ」
……気配に気づいたのか、…まさか、…今の、音にすらならない微かな声が、聞こえたのか。
さっくんは彼女の吐息が届く距離のまま、ゆっくりと視線だけをこちらに向けた。
微かに濡れた唇は情事の直後だというのに残酷なほどにいつも通りで、薄く整った形のまま微笑むことさえない。
確かに目があった。
そのはずなのに、…彼からは一切の動揺を読み取れなかった。
微かな呼吸の乱れすらなく、睫毛の先まで完璧な静止を保っているようにその整った顔は感情というものを微塵も見せてはくれなかった。
「……どう、して……」
必死に、懸命に、振り絞る思いで、問いかける。
血反吐を吐きたくなるほど、苦しい。
……喉の奥に、鋭利なガラスの破片でも詰まっているみたいだった。
呼吸をするたびに、言葉を発しようとするたびに、内側から切り裂かれて鉄の味がせりあがってくる。
指の先を動かすことさえ、猛毒を盛られたかのように重く、苦しい。
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