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花筏
1(夏空side)
………
…………………
瞼を持ち上げれば、見慣れた部屋が目に映る。
気づいた時には、誰かの腕の中に抱かれていた。
「……オ…レ、…どうし…」
身体がひどく汗ばんでいる気がする。
ぐったりとした肢体は感覚が鈍く、自分のものとは思えなかった。
苦しいほどに、縋るように、閉じ込めるように強く抱きしめられている。
何も言わずにオレの肩に顔を埋めるようにしてそうされているから、相手の顔は見えなかった。
けど、それでもすぐにわかる。
視界に見える綺麗な黒髪。
オレよりも背が高く、すらりとした体格。
スーツを纏った身体越しに伝わる微かな震えと息遣いに、……ああ、さっくんだと感じた。
「…………あの、さ……」
いっぱい泣いて涙を流した後みたいに、頬がひきつる。
吐いたのかと思うような喉の違和感もあった。
言葉を発するための唇さえも思うように動かしづらくて。
さすがに何か異質で、異様な雰囲気に内心戸惑い、かと思えば何もかもがどうでもいいような気持ちもする。
頭の中がぐちゃぐちゃなのに、清明だった。
それとも、こういうのを空虚、っていうのかもしれない。
「……オレ、…なんか…おかしい…?」
返事までに、少しの時間があった。
……いいえ、と小さく首を横に振るさっくんの言葉には、表情には、普段とは違う重みがある。
こっちからも触れたいのに、ぬいぐるみみたいに抱かれた状態のまま、ぴくりとも指が動かなかった。
自分の意志でできることはない。
「心配要りません。大丈夫です。貴方は何も変わっていません」
「……、変わって……ない、…?」
彼の綺麗な顔がオレを見下ろし、目を細めた。
口元を綻ばせ、薄日が差すような笑みを零す。
「はい。夏空様は、俺の大事なご主人様のままです」
「……そう、か」
と、相手の返答に少しの違和感を覚えながらも、何故だろう。
さっくんのその表情を見ていたら、ぐ、と心の奥深くで何かが揺れた気がした。
何を言う間もなく、目から熱いものが零れる。
「嗚呼、またそんなに泣かないでください。本当に貴方は、俺がいないとどうしようもない人ですね」
(……オレ、泣いてるのか)
それに、まるで少し前までも泣いていたとでも言いたげだった。
「………、?覚えて、ない……」
「俺を呼んで、ずっと泣いていらっしゃったじゃないですか」
「……うん、…そうだった…な」
言われると、ぼんやりと思い出せる気がしてくる。
感覚なく、ぽろぽろと透明の雫が零れているらしい頬に手が触れ、彼は持て余し、困ったような笑みを零した。
拭ってくれようとしているのか、気遣うような仕草にまた涙があふれたのがわかる。
自分では泣こうとしていないのに、身体の意識が足りていないから、止める手段もなかった。
「ずっと、お傍にいます。絶対に貴方を一人にはしません」
「……、ん」
瞼を軽く伏せた顔が近づき、お互いの前髪が、額同士が優しく触れる。
相手の吐息や肌を感じて、うっとりするような良い香りに満たされ、…言葉にできないほど目もくらむような安心感を覚えた。
そんなオレの反応を見て、頬を緩める彼の綺麗な微笑みはいつもと同じ。
……だけど、変だ。
何かを、隠そうとしているように見えた。
「…………あれ、……誰か、の話を、してた気がする、んだけど、……」
不意に浮かんだ疑問。
そうだ。どこにいったのだろうと。
一瞬思い出した人物。
今は誰かもわからないけど、
なんとなく、言葉が零れ落ちた。
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