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ほっとけーき
3
ざいりょーが残りわずかしかないから、今ので最後にしたかったのに。
「……さっくん、…さっくんー…」
勿論泣き言を零しても、傍にどころか…家の中にも彼はいない。
情けなさやらなんやらで泣きそうになりながら、その体勢のまま何もできずにいる。…というか、なにもしたくない。
けど、しばらくして、…時間制限があることを思い出し、のろのろと床に落としたままの黒いやつを拾い上げた。
もう1回、と気を奮い立たせようとした時、
……ガチャ、とかなり遠くで扉の開く音が聞こえた気がした。
「ぁ、…っ、」
その音が耳に届くより早いぐらいに、手に持っていた黒いひらべったいやつを放り投げて、飼い犬のごとく駆け出す。
実際には走り出した次の瞬間に、床一面の粘液やらドロッとした何かに足をとられてべちゃっと思いきり転んだ。
…と、
「っ、?!ぃ゛、た…っ、」
さっくんが帰ってきた安心感、それか頑張ってずっと身体を動かしていたせいかもしれない。
焼きかけの生地をおとしちゃったりもしたから、それもあるのかな。
全身が、悲鳴を上げたくなるほど熱くやけてズキズキ痛い。
「……っ、夏空様、!」
「…ぅ、…さっく、」
音が聞こえたららしく、血相を変えてキッチンの扉の前に現れたさっくんが駆け寄ってくる。
ひどく動揺し、取り乱した表情でオレを抱き上げる。
どろどろの生地でべちゃべちゃに汚れてるのに、身体に触れる際に躊躇した様子はなかった。
「わ、…っ、ぅ…、」
いつもより歩くのが少し速い。
抱き上げられた身体に自由は許されず、どこかへ運ばれていく。
「ぁ、あの、」
会話をする暇もなく、リビングのソファーにおろされる。
身体中ぐちゃぐちゃに濡れてて、「ソファーが、汚れちゃう、から、」と頑張って起き上がろうとしても、…それをゆるされずに座っている状態に戻される。
有無を言わせない雰囲気にたじろぎ、そんな些細な抵抗は無意味だと思い知った。
ぎこちない身体から力を抜いて、ふかふかの感触に身を預けた。
怪我の確認か、体調の有無を気遣っているのか、頬に添えられる手の平。
ほっぺたを包むような冷たい手が心地よくて、気持ち良い感覚に身を任せて目を閉じれば、少しずつ体の痛みが引いていく気がした。
「何をしていたんですか」
「……っ、」
怒ってる…。
手の温度と同じ、…それ以上に瞳が冷たい。
機嫌の悪さを堪えている声は、身を刺し、氷水を浴びせられたような錯覚に陥らせてくる。
「……ぁ、えと、」
怖くて、うまく呂律が回らない。
小刻みに震える唇は役にたたず、首をふるふると横に振った。
「ケーキなら、俺が作るといつも言っているでしょう。それに、朝作ったデザートも冷蔵庫にあるのに」
続きを言いかけていたさっくんの言葉が中途半端に途切れる。
……言い返さなくても、先程の一瞬でキッチンの散々な現場を見てオレがしていたことは既に把握されていたらしい。
俯いていた顔を上げれば、嘆息に近いため息と、呆れたような表情が目に入って心に刺さる。
「……ここも、火傷してる」
かなり低い温度の指先が撫でるように首筋に触れ、…氷を直にあてられているのかと思うほど冷たすぎる感触に思わず驚きの声が漏れ、身震いした。
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