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雪華(せつか)
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何を考えているのか、まったく読めない。
「先日、仰った言葉を覚えていますか?」
「…へ?」
想像していたどの言葉とも違う。
目を伏せ、俯き加減に返された返事に、思わず呆けた声を出してしまう。
「彼女は……『雪華は他の人とは違う』と、仰っていたでしょう」
「うん」
言った、気がする。
こくりと頷くオレに、さっくんは口元を緩め、微かに夕陽に溶けそうな笑みを浮かべる。
「その時に話されていたことを全て、次のデートで彼女に伝えてください」
「そうすれば、…貴方の望む答えを得られます」と続けられる台詞に、言い返せる言葉は存在しなかった。
まるで最初からすべてを用意していたんじゃないかと感じるぐらい、彼の言葉には少しの躊躇いも、言い淀みもない。
その、返答に、表情に、
……今まで一度も頭によぎったことさえなかったかもしれない単語が、ふいに口からこぼれ出た。
「さっくんは、……好きな人…恋人がいたのか?」
普段の何気なく優美な仕草や上品な物腰とか、オレのわがままに対する対応も含めて女性の扱い慣れてそうだな、とか、
多分色々な女の人達に言い寄られたりしただろうけど、そのせいもあるのか時々何故か女性嫌いに感じる時もあったなとか、相反する想像をしてみたら、…そういえば、関心を持ったことがなかったなぁと謎に思った。
その結果、軽い気持ちで問いかけた台詞は、
ほんとうにただ、なんとなく喉から音になって滑り落ちて。
今日の天気の話をする。
それぐらいに、何の他意も、意図もなかったから、
「…はい」
「………っ、」
す、…と浅く息を、呑む。
ビシャ、と頭の上から氷水をぶちまけられた気分だった。
……普通に考えたら、いてもおかしくない。
むしろ恋人がいただろうことはわかっていた前提での問いだった。
そういう…身体の…大人の経験が少なくない…むしろ多い方だろうことは察せられるから、
さっくんが相手を好きだったかは関係なく、『経験人数』や『過去の恋人の人数』に限れば、たかが一人や二人じゃない、そういった返答も想定内で、つまりそんな回答では今更動揺すらしない。
だから、心臓が固まったのはその答えに対してではなかった。
「……………恋人……ってだけ、…じゃなくて、…?」
「はい」
「…………………ぇ、…ほんとに………好きに、なった、…恋人が、いたって、こと…か……?」
僅かに掠れた声音は、少し震えていた。
冷静に考えれば当たり前だろうと、言われてしまうような言葉。
ばかみたいな問いかけをしていることは自覚していた。
”それ”に対して、
「います」
彼の薄く形の整った唇が、酷く愛おしげな声音を吐き出す。
込み上げる感情を堪えられない…、いや…隠すことなんかできないと、それらすべてが伝えてきた。
「他の何にも代えられないほど大事で、…大切で、」
「………さ、」
「……誰よりも、……全てを捨てて、…命と引き換えにしても失いたくない人が」
意味もなく、浮かせた手に触れられるものなど無い。
いつもだったら、そんな無意味な行為でも気づいてくれるはずの彼の美しい目は、オレに向けられてはいなかった。
……もしかしたら、今はさっくんの意識の片隅にすら、オレは存在していないのかもしれない。
(……嗚呼、ひどいな)
真っ先に、今の自分を見られたら、と懸念してしまう。
そして、その瞳に映っていなくて良かったと同時に安堵もした。
家族だからと、
主人だからと、
さっくんは冷めてるところもあるから、好かれはしても好きな人も恋人も作らずに、オレを世界で一番に考えてくれて、その他のことは二番目以降なんじゃないかって勝手に自惚れていた。
傲慢だと気づかされた瞬間にやめられない自己への嫌忌と惨めさ。
だって、そういう行動を…扱いをされてた、と思う。
オレが最優先で、それ以外はどうでもいいと、…そう思っても仕方がないような口調と態度だったと思う。
(それに………もしかして、…オレ、に、…より、……)
比べるものではないと理解はできていても、…比較にすらならない。
否、比較してはならない。
……それほど、だった。
きっと、”そう”なってしまうぐらいに、……さっくんが愛している人。
オレのことも丁寧に、普通で考えれば異常に過保護なくらい大切にしてくれてるってわかってる。
だけど、…違う。
言葉以上に、…痛いほどに、…嫌でも感じさせられた。
『彼女がいた』という事実より、……今まで見たことがない、…彼にその表情をさせることができる人がいるということに衝撃を受けて、言葉を…思考を失った。
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