貴方は俺を愛せない

和泉奏

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「…見つけた」

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そういう態度に嫌がる様子もなく、むしろ彼女は満更でもなさそうに口を閉じた。


「…っ、あのね、…私はただ…咲人が電話に出ないから、調べさせたら…あの時の水族館にいるって知って、…心配になって来ただけで、…」


…私たちにとって、大事な場所だから。と小さく続ける。斜め下を向いたことで、 肩にのっていた灰感のある茶色の髪の毛が絹のように垂れ下がった。


「…ていうか、…どういうつもり…なの…。……いつもは、……咲人からしてくれないし、…ここまで…………ううん、…そうじゃなくて、……」

「こんなに想ってくれる婚約者がいるなんて、俺は恵まれてるな」

「……――…」


その言葉を聞いた彼女の肩が、大袈裟なほど跳ねる。


「………そ、そう思うなら、あれほど甘いキスをした彼女に…せめて笑うとか、それぐらいしてくれてもいいと思うのだけど……」


赤らめた頬が、緩むのをこらえきれていない。
諦め半分の抗議の吐息を零しながら、快感を伴う深い感情に引きずられているように、指先で自らの唇に触れていた。

片手に持つ…高級感の漂う端末に一瞬視線を落としたさっくんが、「そういえば」と呟く。


牧仁まきひとさんに連絡したから、少し待てば来ると思うよ」

「えぇっ?!」


足腰に力が入らないのか、「ちょっと、ねぇ、…待って。待ってよ…!」立ち上がろうとしたように見えた彼女の身体はまだかすかに震えていて、意味のある動きになっていなかった。


「ぁ、…その男の子……ッ、いったい、どうなってるのよ…っ、何も話を聞いてないのに、」

「結衣は家に帰って。また電話する」


それ以上の言及を許さないというように、断ち切る声音。

彼女から視線を逸らしたさっくんが、

……今になって、

ようやく…オレの方を振り向い、て


「………え、」


彼の目が、驚いたように僅かに開く。
戸惑い、その喉を小さく上下させたのが見えた。


「…………………――、」


オレは、何も応えることができなかった。
……それどころか、指先一つ動かせない。

靴を床に縫い付けられたように、鉛みたいに身体が鈍く感じた。

雨にでも、濡れているのだろうか。
そう思うほど、…頬に、何度も温かいものが伝っていく。

(……なんで、)

自分の立ち尽くしている場所が屋根の下であることに変わりはないはずだ。

それなのに、震える瞼を閉じることすらできず、頬から顎に伝い、滴り落ちる水滴に、

……喉の奥を震わす、言葉にしようもないほどに熱く締め付けてくる温度に、

全身の感覚を嫌になるほどに奪われて、

いつもみたいに、笑って返したいのに……できない。


「……夏空、様…」


狼狽えている、…それでも…やわらかく優しい彼の声が、鼓膜を揺らす。

……ああ、さっくんだ。

毒に塗れた泥に浸かっているような不快感が、別のものでいっぱいになったみたいに。

ぐらり、と視界が揺れて、
足で身体を支えられなくなるのと同時に、包み込まれるように守られた。


(……息、…が、……できる…)


ひどく、安心する。
暖かい腕の中に身を委ねながら、体に、感触に、香りに、声に、…その、彼のものだとわかるすべてに、安堵する。

なのに、その、はずなのに、
胸が、肚から、込み上げて締め付けてくる強烈な感覚が身体全部を汚染して、喚いて足掻いて泣き叫びたいほど苦しめてくる。

熱く滲んでいて、オレを見下ろしすさっくんの顔も、うまく見えない。
伝えようと…唇を震わす前に、抱き上げられた。

腕を彼の首に回すこともできずに、されるままになる。


「ま、待ってよ…、私、今立てないのよ…っ?…っ、それに、…大丈夫なの…ッ?」


彼女に背を向けて、おそらく駐車場の方に行こうとしているらしいさっくんに、…喉まで出かかった言葉を飲み込む。

放っておいていいのか、とそんな思考は働いて、…彼女の方を振り向こうとした瞬間に「動かないでください」と叱られた。


「ッ、咲人、……まさか、……っ、…まさか…よね…?……あなた、…本当に…その子をゆうか――」

「迎えが到着したようなので、俺達も家に戻りましょう」


遠くから、叫ぶ声を遮るように囁かれる。

まるで、彼女とオレを会わせたくないみたいに、
まるで、彼女の言葉をオレに聞かせたくないみたいに、


彼の目は、優しいのに、笑ってなくて。
……その中に、焦りが滲んでいるような気がした。

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