306 / 369
「…見つけた」
15
そういう態度に嫌がる様子もなく、むしろ彼女は満更でもなさそうに口を閉じた。
「…っ、あのね、…私はただ…咲人が電話に出ないから、調べさせたら…あの時の水族館にいるって知って、…心配になって来ただけで、…」
…私たちにとって、大事な場所だから。と小さく続ける。斜め下を向いたことで、 肩にのっていた灰感のある茶色の髪の毛が絹のように垂れ下がった。
「…ていうか、…どういうつもり…なの…。……いつもは、……咲人からしてくれないし、…ここまで…………ううん、…そうじゃなくて、……」
「こんなに想ってくれる婚約者がいるなんて、俺は恵まれてるな」
「……――…」
その言葉を聞いた彼女の肩が、大袈裟なほど跳ねる。
「………そ、そう思うなら、あれほど甘いキスをした彼女に…せめて笑うとか、それぐらいしてくれてもいいと思うのだけど……」
赤らめた頬が、緩むのをこらえきれていない。
諦め半分の抗議の吐息を零しながら、快感を伴う深い感情に引きずられているように、指先で自らの唇に触れていた。
片手に持つ…高級感の漂う端末に一瞬視線を落としたさっくんが、「そういえば」と呟く。
「牧仁さんに連絡したから、少し待てば来ると思うよ」
「えぇっ?!」
足腰に力が入らないのか、「ちょっと、ねぇ、…待って。待ってよ…!」立ち上がろうとしたように見えた彼女の身体はまだかすかに震えていて、意味のある動きになっていなかった。
「ぁ、…その男の子……ッ、いったい、どうなってるのよ…っ、何も話を聞いてないのに、」
「結衣は家に帰って。また電話する」
それ以上の言及を許さないというように、断ち切る声音。
彼女から視線を逸らしたさっくんが、
……今になって、
ようやく…オレの方を振り向い、て
「………え、」
彼の目が、驚いたように僅かに開く。
戸惑い、その喉を小さく上下させたのが見えた。
「…………………――、」
オレは、何も応えることができなかった。
……それどころか、指先一つ動かせない。
靴を床に縫い付けられたように、鉛みたいに身体が鈍く感じた。
雨にでも、濡れているのだろうか。
そう思うほど、…頬に、何度も温かいものが伝っていく。
(……なんで、)
自分の立ち尽くしている場所が屋根の下であることに変わりはないはずだ。
それなのに、震える瞼を閉じることすらできず、頬から顎に伝い、滴り落ちる水滴に、
……喉の奥を震わす、言葉にしようもないほどに熱く締め付けてくる温度に、
全身の感覚を嫌になるほどに奪われて、
いつもみたいに、笑って返したいのに……できない。
「……夏空、様…」
狼狽えている、…それでも…やわらかく優しい彼の声が、鼓膜を揺らす。
……ああ、さっくんだ。
毒に塗れた泥に浸かっているような不快感が、別のものでいっぱいになったみたいに。
ぐらり、と視界が揺れて、
足で身体を支えられなくなるのと同時に、包み込まれるように守られた。
(……息、…が、……できる…)
ひどく、安心する。
暖かい腕の中に身を委ねながら、体に、感触に、香りに、声に、…その、彼のものだとわかるすべてに、安堵する。
なのに、その、はずなのに、
胸が、肚から、込み上げて締め付けてくる強烈な感覚が身体全部を汚染して、喚いて足掻いて泣き叫びたいほど苦しめてくる。
熱く滲んでいて、オレを見下ろしすさっくんの顔も、うまく見えない。
伝えようと…唇を震わす前に、抱き上げられた。
腕を彼の首に回すこともできずに、されるままになる。
「ま、待ってよ…、私、今立てないのよ…っ?…っ、それに、…大丈夫なの…ッ?」
彼女に背を向けて、おそらく駐車場の方に行こうとしているらしいさっくんに、…喉まで出かかった言葉を飲み込む。
放っておいていいのか、とそんな思考は働いて、…彼女の方を振り向こうとした瞬間に「動かないでください」と叱られた。
「ッ、咲人、……まさか、……っ、…まさか…よね…?……あなた、…本当に…その子を誘か――」
「迎えが到着したようなので、俺達も家に戻りましょう」
遠くから、叫ぶ声を遮るように囁かれる。
まるで、彼女とオレを会わせたくないみたいに、
まるで、彼女の言葉をオレに聞かせたくないみたいに、
彼の目は、優しいのに、笑ってなくて。
……その中に、焦りが滲んでいるような気がした。
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
【花言葉】
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。
◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた
時
BL
「はい、じゃあ二人組作って」──あまり人付き合いが得意ではない夏稀(なつき)にとってそれは地獄の言葉。
けれど高校ではちがう。なぜなら新しくできた友達と『二人組』協定を結んだから。
もう二人組なんて怖くないと思っていた矢先、その友達が風邪で欠席。
ほかに組む相手が見つからず、先生と組むことも覚悟する夏稀だったが、そこで声をかけてきたのは美形の転校生──緒川聖夜(おがわ・きよや)だった。
「俺と二人組にならない?」
その一言をきっかけに聖夜は夏稀との距離を急速に縮めてきて──。
執着美形攻め×平凡受けのちょっと不穏な学園BL。
約九万字、全三十話+αの物語です。