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雁字搦め
13
***
周囲には人が住む家らしき建物やお店が沢山並んでて、遠くからは人々の笑い声やざわめきが聞こえてくる。
空は薄い青色で、どこまで続くのかと思うほど果てしなくて、遠くには大きな柔らかい雲が漂っていた。
まるで夢の中にいるような、いつもほとんど室内にしかいないあの家の中では見られない眩しい光景。
このまま歩き続けたら世界の端まで行けるんじゃないかと思えるようなこの場所に、少しだけ戸惑いながらも珍しくて多少興味を惹かれる。
「夏空、?」
「……空って、綺麗だな」
公園の椅子に座って、上を見上げていた。
微かにあたたかい風が頬を撫で、青い空を背景にふわふわの白い雲がゆっくりと流れていく様子を眺める。
「そうだね」隣から感じる微かに笑った気配は、「夏空は、家の中でもよく窓から空を見てるもんね」と続ける。
家から出られないからか、…室内でやることに飽きたからか、…たしかに、言われてみればそうしてることが多かった気がする。
なんとなく、青く澄んだ空を見ていると泣きたいような、懐かしいような気持ちになって、…時間を忘れて見入ってしまう。
外にいるからか、少し息を吸うだけでたくさん空気を吸えるから気持ちいい。
(……さっくんと一緒に見たかったな…)
ふいに浮かんだ思考に、無料に寂しくなった。
……あの時、協力してくれるという彼女の手を取った後、「試してみたいことがあるの」と言われた。
「今の夏空なら、出られるかも」って秘密めいた笑みを浮かべて、玄関の扉に触るように言われた。
指紋認証だから、鍵はいらない。それはわかってるけど、扉に触れただけで痛みで泣いた怖い経験を思い出して、嫌だと断固拒否すれば「咲人さんに会いたくないの?」って聞かれて、それに「私を信じて」って強く勧められたら実行するしかなかった。
怖じ気づくオレに対して色々話をした末説得されて、…恐々と扉に手を当てた。
「ッ、ぃ゛、」一瞬痛みは走ったけど、以前に感じたほど酷い激痛じゃなくて、それに、雪華が手助けしてくれたおかげで、肩からぶつかるようにしてなんとか開いた扉の隙間から外に出た。
(………前は痛すぎてだめだったのに、……なんで今回は出られたんだろう)
さっくんが、オレを守るためにしてくれてたはずの仕掛けだったのに。
けど、もう今はそれがない。
その理由を考えると、恐ろしいほど血の気が引いて、胸が締め付けられるように苦しくなる。終わりのない嫌な思考に染まってしまいそうだったから現実から目を逸らした。
居場所を知ってるはずの雪華はどこに向かえばいいかは教えてくれなくて、とりあえず近場を探すことになった。
さっくんが傍にいない状態で知らない景色の中を歩くことに加え、人見知りと外を歩く恐怖と諸々重なった。
そんなに人通りの多い場所を歩いたわけじゃないのに、人酔いに似た感覚で耐えられなくなって二人で一休みしていた。
「どの季節の空が好き?」
「……んー、…夏、かな。雪華は?」
「私は断然冬だなぁ。雪景色と相まって幻想的な感じが好きかも」
ふふってやわらかく笑った雪華の肩が、軽く触れる。
「夏空はどうして夏が良いの?」興味津々な表情で上目遣いに見てくる雪華に、少し考える。…悩んだ末、「生きてる、って感じがするから」と半分だけ意識を向けて答えた。
「そっかぁ。えへへっ、お互いに自分の名前と関係のある季節の空が好きなの、なんだか運命感じちゃう」
長椅子に腰かけたまま、にこーって顔を緩ませた彼女は足をぶらぶら軽く動かしている。
「その素敵な名前を付けてくれた人も、もしかしたら夏の空が好きだったのかもしれないね」
「……」
「ご両親がつけてくれたのかな?」
無邪気なその問いには、答えられなかった。
……なんとなく、違うような気がしたけど、…記憶に残っている限り、一度も家族と関わりのないオレにはそれを明確に否定できる材料を持ち合わせていない。
今日、…見た夢はぼんやりとしか覚えてないけど、…上にある空よりもっと鮮やかで、…不思議な雰囲気だった。
夢だから、オレの作り出した想像かもしれない。
その時にいた場所は今のさっくんの家じゃなかった。…元々住んでた家なのかな。多分、風景が全然違った…気がする。
時間が経つと、どうやっても薄れる夢の中の記憶に想いを馳せる。
と、少し離れたところから、「あの子、生きてるお人形さんみたい」「わわっ、ほんとだ。…すっごい綺麗…。本物…?ぁ、…っ、一瞬、本気で造り物だと思っちゃった…」今日歩いている時にも、通り過ぎる人たちから何度か聞こえてきた囁き声。
その方向に視線を向ければ、彼女達の頬が赤くなり、謎の悲鳴のような声とともにお互いを押しあうようにして足早に去っていった。……今のは結構傷ついた。
「もう、夏空には立派なカノジョがいるんですから。私だけの彼氏なんだからっ。見惚れちゃダメなんだからねっ」
「………」
隣でぷんぷんと怒った雪華が、外で人目があるにもかかわらず、ぎゅって抱きついてくる。肩に顔を埋める彼女の背中に手で触れて、元気づけようとして、…うまく動かない。
……どうしてだろう。
元々身体が弱かったけど、猶更酷くなっている気がする。
雪華と二人になった後から考えても、何度調子が悪くなったか数えられない。
何故か異様に身体が怠くて、うまく歩けない。
身体が、うまく機能していないような、…そんな違和感に、戸惑う。
「さっくんがどこにいるか、まだ…教えてくれないのか…?」
「言ったでしょ?咲人さんは、夏空が自分で見つけないといけないの」
眉尻を下げた雪華に、「…うん」と頷きながらも、…これだけ世界は広いのに、どうやってさっくんを見つけたらいいんだとうなだれるしかない。
雪華の話から考えれば、きっと婚約者と一緒にいるんだろうけど、…オレはあの人のことを何も知らない。だから、家に行こうとしてもお金も持ってないし車もなくて移動手段も何もないから、ただひたすらに歩くしかなかった。
今までずっと家の中での短い距離でさえさっくんに抱き上げて運ばれていた。だから、そんなオレが行ける範囲なんか、たかが知れているわけで。
数十メートル…いや、数メートル歩く度に休憩しているのに、この様だ。
よくこんな頼りない姿を晒している彼氏に愛想が尽きないなと雪華を見るが、…「夏空だーいすき」となんでだ、かなり楽しそうでご機嫌麗しい様子で春らしいワンピースで身体をくっつけてくる。
「そういえば、さ」ぽつり、と。雪華が思い出したように、語りかける。
「あの家に住みついてる白猫を、どうして『にゃんこ』って言うの?」
「…え…?」
「にゃんこは猫だからってだけの呼び方でしょ?夏空が最初につけた名前は?」
腕に彼女の身体の感触と体温を感じながら、尋ねられた言葉の意味を反芻する。
(……名前…?)
どう、だっただろうか。
ずっと、にゃんことしか呼んでなかった気もする。
けど、…記憶の奥深くを探るように思考を巡らせる。
と、
「おいおい、誰かと思ったら。久しぶりじゃん」
素っ頓狂な、驚きを含んだ声が耳に届いた。
いつの間に目の前にいたのか、考え込んでいて気づかなかった。
茶色い光沢を放つ革靴を履いた足元から上に視線をあげると、……見知らぬ男性がいた。
「俺だよ、俺!高校の時一緒だったろ?」
髪は短く整えられ、笑顔を浮かべながら自信をもった表情で顔を近づけてくる。
仕事帰りか、その最中なのか、片手にそれらしいバックを提げている。
「うへー、お前、びっくりするぐらい全っ然変わってねーのな」
(……だれ……?)
会ったこともない人に無遠慮に間近でジロジロ見られて、さすがに気分が悪い。
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