君の愛に狂って死ぬ

和泉奏

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知らない人

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――…泣きそうな、顔。


ぼんやりと、見上げながらそう思う。
けど、きっと今、彼にそういう表情をさせたのはオレだ。


「…すみません」


上辺だけの謝罪をして、視線を逸らす。
唇をそっと噛んでみると痛かった。
自分が横たわっているシーツに、触れる。目に映るものの実態はちゃんとある。声も耳の奥まで届いている。


「…っ、何も、覚えてない…?」

「はい」


形の良い薄い唇が、先ほどのオレの言葉をなぞる。

見た瞬間、わかった。
さっき看護師さん達が興奮したようにこそこそっと話していたのは、この人のことなんだろう。


”愛よね。意識が戻るまで、毎日欠かさずに会いに来てずっと手を握ってるなんて。”

”しかもびっくりするぐらいの超絶イケメンなんだから、私だったら絶対好きになっちゃう。”


やけに、浮足立っているとは思った。
ぼうっとその時のことを思い出し、まだ温度と感触の残っている手を遠くに感じる。


「嘘、だろ…?」


彼が、ふわりと笑みを零した。
怖がっているような微笑を浮かべ、震える声が問いかけてくる。

頬に手が触れて、反射的に体が強張り、避けようとしてしまった。
その反応に傷ついたような表情を浮かべたのがわかって、すぐに後悔する。


「え、あ、あの、ちょ…っ、」


しまったと思って、抵抗をやめて、少し、慌てる。
泣きそうな顔をした彼が、…縋るように首に顔をうずめてきた。


「頼むから、嘘だって言って…」

「…っ、」


余程、以前のオレと仲が良かったのだろうか。
とても愛おしげに、壊れ物のように扱われる。

…こうしていると、…確かに、彼女らが話題にするのもわかる気がした。

サラサラそうな明るい黒色の髪と、特に女性に好まれそうな整った顔立ち。
少し伸びた前髪から覗く…一見冷たい雰囲気を醸し出している瞳は、思わず見惚れてしまうほど美しくて、小さく息を呑んだ。

もし女だったら、この状況を少しくらいは喜べたのかもしれない。

けど、だからこそ更に生じる罪悪感に耐えきれず、視線を下げる。


「………」

「っ、」


今までも何度もしたやりとり。
何度聞かれても、冗談ですよあはは、なんて返せるはずがなくて、俯くだけで何も答えなかった。


「…っ、本当に、俺とのことも、全部、覚えて、な…」


泣きそうな顔が、更にくしゃって歪んで…その直後、

ガタン、と彼が立ち上がった衝撃で、座っていたパイプ椅子が倒れて音を鳴らした。


「…ぁ、あの、待って、」


倒れたソレを気にもせずドアの方に歩いていく彼に、とっさに声をかける。
けど、自分でもなぜ声をかけたのかわからないのに、何か言えるはずもなくて。

続きを言いかけた音が尻すぼみに小さくなる。

…口ごもるオレに、少し立ち止まって、…結局何も言葉を発しないまま部屋を出て行ってしまった。

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