君の愛に狂って死ぬ

和泉奏

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喪失

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瞼を閉じて、頭の奥深くを探す。

(……やっぱり、思い出せない)

どうして忘れたんだ。


「本当は聞きたくないくせに」

「……そんなこと、ない」


少し伸びた前髪の下。
整った美しい顔に、僅かに痛みを映している。

彼にしては珍しく責めるような、詰るような色の滲んだ声音に、ズキリと胸が締め付けられる。



「知るのが怖いって顔してる」


「顔色が良くない」と、少し心配そうに笑みを零した琉夏に、ゆるゆると首を横に振る。
教えてほしい、と眩暈がするのを堪え、言葉を絞り出す。



「そのままの意味だよ。真白が、俺に名前をくれた」

「……えっと、でも、」



そうなると、時系列がおかしくならないか。
たとえオレが名付けたとして、可能性としては最低でも幼稚園ぐらいとか、言葉が話せる年になってからだろう。


「じゃあ、それまでは、他の名前で呼ばれてたってこと…?…ごめん、混乱してて、…」


だって、オレが名付けることができるはずがない。
本来は生まれた時に親がつける…はずだ。

なら、



「違う」


込み上げた疑問を、彼は否定した。
弱く、はっきりと否定し、ただ、俺を見つめる。



「誰もいなかった。真白だけが、何もなかった俺に全てをくれた」

「……っ、」


無表情なのに、なぜか泣きそうにも見える顔。
彼の真剣な言葉に、縋るような声に、わけもわからずに心臓が震える。

知らないはずなのに、何かを知っているように、身体が反応する。

頬に触れたままの手が、愛おしそうに肌を、髪を撫でる。
びく、と小さく震えれば、ベッドに腰かけている彼が、優しく笑みを零した。

息が触れるほど近い距離に、
彼の完璧に整った顔に、
吸い込まれそうなほど美しい瞳に、鼓動が高鳴る。



「俺の名前を呼んで」

「…っ、…な、」

「呼んで、真白」



魔性の催眠にでもかけられたように、従うことしか考えられないと思うほどの感情が込みあがる。

彼の言うことを聞かないと。
他の何を犠牲にしてでも、彼の言う通りにしないと。

何故かわからないけど、そんな気持ちで胸が占領された。


「……る、か……」


脳が判断する前に言葉が滑り落ち、それに応じて嬉しそうに、満足そうに目を細める。


「うん。もっと」

「…るか、…琉夏」


舌に馴染むまで。
するりと、それが容易に言葉になるまで、呼応する。


「……うん」


彼の名を口にするたびに、彼は幸福を滲ませて、痛みを堪えた泣きそうな顔をする。
まるで、最愛の人を前にしているように。

彼の表情に心が否応なしに震えて、感化されて、どうしようもない感情に意味もなく涙が溢れそうになる。


(……なんで、こんなに胸がぎゅうってなるんだ)


琉夏のことを何も知らないはずなのに、身体はまるでずっと覚えているように彼の行動に、表情に、その一つ一つに反応する。


本当は、色々聞こうと思ってた。
初めて会った次の日に、琉夏は、知ってるって言ってたから。

オレの生まれた場所も、家族がいるのかも。
記憶を失う前にどんな生活をしていたのか、何を考えてたのか、何をしようとして記憶を失ったのか。
どういう人間だったのか。

……帰る家があるのかってことも。

だけど、今はそんなことはどうでもいいと、思ってしまった。

それよりも、


「…琉夏は、オレの友達、じゃないの…?」


乾いた喉を…唇を動かせば、掠れた声が漏れた。

ずっと、何かが変だと思ってた。
どう聞いていいのかわからないから、言葉にできなかった。

看護師さんが教えてくれた。
……琉夏が入院費を払ってくれていると。

明らかに家族じゃないのに、何故そこまでしてくれるのか。

それに、友達の名前を彫るとは思えない。
だけど、麻由里さんのこともあって、他に関係を表す言葉が思いつかなかった。


「……」

「琉夏…?」


不意を突かれたような、珍しく微かに動揺した表情に、目を瞬く。

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