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第四話『笑顔を照らせ! カーニバルラバー誕生!』
その3 カーニバルラバーは愛を歌う
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★魔闘少女ハーツ・ラバーズ!
第四話『笑顔を照らせ! カーニバルラバー誕生!』
その3 カーニバルラバーは愛を歌う
teller:星野愛歌
鈴くんが、小枝ちゃんの名前を何度も何度も泣きそうな声で呼んでいる。
懸命に呼びかけるその姿を呆然と眺めていても、あたしはいまいち事態が呑み込めずにいた。
あたしは、さっきまでよくわからない寂しい世界にいた。
教室なんかじゃない。
もっと、もっと怖い所。
あまりにも寂しくて、自分が自分でなくなりそうになった頃。
真っ赤な髪の、ピンク色のドレスを纏った小さな小さな女の子が、あたしに会いに来てくれた。
そういえば、あの髪の色は赤い。鈴くんの色だった。
その時は記憶がぼんやりとしていたからわかんなかったけど、今なら断言できる。
あたしを助けに来てくれたのは、クラスメイトの小枝こずえちゃんだって。
赤い髪の鈴くんと、とても仲の良い、赤いリボンの似合う女の子。
そして、わかってしまう。
あたしを助けたから、代わりに小枝ちゃんが意識を失ってしまったんだと。
「なんで……?」
ぽつりと呟いた声は、教卓に悠々と立つナハトさんに掬うように拾われた。
「なんで? それってどれに対する『なんで』? ねえ、オレにも教えてよ。愛歌ちゃん」
あたしを嘲笑うような声色。
へらへら笑いながら、ナハトさんは悪びれもなく言葉を紡ぐ。
「オレがなんで変な能力持ってんのか気になる? それはまあ、オレにも色々あったんだけどさ。一つ言えんのは、オレは愛歌ちゃんたち にとってはちょっと悪いヤツなんだわ。ごめんな?」
ナハトさんが、悪い人?
じゃあ、どうしてあたしに笑いかけてくれたんだろ。
何で、あたしと普通に会話してくれたんだろ。
あたしの空欄だらけのプリントを見て笑ってくれたナハトさんの姿が脳裏を過ぎって、あたしはいまいちナハトさんを完全に悪いお兄さんだとは思えなかった。
難しいことは良くわかんないけど、何か、もっと、こう――温かいものも、ナハトさんにはある気がするんだ。
「オレがなんで愛歌ちゃんをあんな世界に閉じ込めたのかも気になる? この答えは簡単。オレが君のこと嫌いだから」
はっきりと口に出された『嫌い』にプチショック。
うう、当たり前のことだけど誰かに嫌われるのはやっぱりやだよ。
しかもさっきまで普通に話してた相手に嫌われちゃうと、やっぱりしゅんとしちゃうなあ。
「ブレイブラバーちゃん――ああ、そこのポニーテールの子な? その子が愛歌ちゃんを助けたのは、まあ、その子にも色々あんだろうけど――とりあえずその子が君を助けられたのは、その子に『ハーツ・ラバー』の力があるからだ」
「はーつ・らばー……?」
可愛い響きに、首を傾げる。
ハテナマークに頭の中を支配されるあたしを見て、ナハトさんは苦く笑った。
「つっても、愛歌ちゃんにはわかんないか。いいよ、わかんなくても。もう君に用はないし」
ナハトさんが、一歩一歩、小枝ちゃんに近付いてきた。
それに気付いた鈴くんの身体が強張り、鈴くんはぎゅうと小枝ちゃんを強く抱き締めてナハトさんを睨みつける。
鈴くんの騎士のような姿を見て、ナハトさんは大仰に肩を竦めた。
「んな警戒すんなって。大丈夫だよ、オレはもうブレイブラバーちゃんに興味はない」
そう言って、ナハトさんは視線を移動させる。
ナハトさんの視線の先にいたのは、ぱたぱたと鈴くんの傍らで飛ぶコウモリらしき黒い物体。
何あれ、おもちゃ?
何でこんなところでぱたぱたしてんだろ。
目を丸くしているあたしは、完全に蚊帳の外だった。
ナハトさんは、そのコウモリさんに確かに話しかける。
「ゼロ、意地張ってないでさ。一緒に帰ろ?」
ぜろ。
もしかして、あのコウモリさんの名前?
「姫っちが待ってる。姫っちにはお前が必要だ。それは、お前が一番わかってんだろ?」
「……わかってるさ。わかってるからこそ、俺様は離れたんでぃ」
え、嘘。
びっくりしすぎて、ふにゃ、とか、ほえ、みたいな変な声が出そうになった。
コウモリさんが喋った!
なんでなんで!?
喋るおもちゃ!?
ハイテク!?
それとも異世界から来た妖精さん?
そんなのほんとにあるの?
わあ素敵!
あう……なんて、言ってる場合じゃないかあ。
「ネスは怒ってるみたいだけどさ。ちゃんとオレからも説得するよ。何が不満なんだ?」
「……お前には、言えねえ」
「ふうん。あっそ。でも、もう一緒に帰るしかなくね? ハーツ・ラバーはオレが封印した。お前にはもう、オレらに対抗する力は残ってない。そこの赤髪くんだって、その気になりゃオレは絶望させられる。なあ、諦めちゃえよ。オレもゼロもさ、結局こう生きるしかないんだわ」
少し諦めたようなナハトさんの口調。
何でだろう。
その声に、その声に乗った感情に。
あたしは、どうしようもない痛みを感じた気がした。
『ゼロ』と呼ばれたコウモリさんが黙り込んでしまう。
「ありゃ、だんまり?」
ナハトさんがきょとんとした顔でゼロさんを見つめる。
ゼロさんは応えない。
「そっかあ。じゃ、しょうがねえな。……もうちょっと、苦しめちゃおうか」
ぱちん、とナハトさんが指を鳴らした。
その時、鈴くんに抱きかかえられていた小枝ちゃんの身体がびく、と陸に打ち上げられた魚みたいに一度大きく跳ねる。
小枝ちゃんは苦しそうに呻いていて、その目尻からは今にも涙が零れ落ちそうで。
「こずえッ!」
鈴くんが小枝ちゃんの名前を叫ぶ。
苦しんでるのは小枝ちゃんなのに、鈴くんだって同じくらい苦しそう。
「ほら、いいの? この子、可哀想じゃね? この子がハーツ・ラバーになったのだって、元はお前が原因だろ? なあ、ゼロ?」
「……くそっ……」
ゼロさんが、悔しそうな声を上げる。
鈴くんが顔を上げてゼロさんを睨みつけた。
「おい、アホコウモリ! こずえ、何とかならんのかい! ワイじゃ助けられんのか、どうすれば目ぇ覚ますんや!」
「うるせえエロガキ! ナハトの精神支配から抜け出すには、本人が強い心を持っているか、さっきこずえが金髪のねーちゃんにしたように精神世界に自分も潜って引きずり出すか、しかねえよ! でも精神世界はナハトの支配領域だ。お前が潜ってこずえを助け出せたとしても、今度はお前が取り込まれちまうかもしれねえ。そんなの、堂々巡りだろ!?」
「それでもええ! それでもええわ、好きな子がこないになってんのに何もできへんなんて、男やないやろ!」
鈴くんがゼロさんに怒鳴る。
その姿は、あまりにも必死で。
「青春だねえ。でもさ、オレ別に赤髪くんの心には興味ないんだわ。わりーな。オレの目的は、ハーツ・ラバーの力を完全に封じてゼロの目論みを止めること、だからさ?」
あはは、とナハトさんが笑う。
その姿には、あまりにも余裕があって。
あたし、何してるんだろう。
あたしらしくもなく、すっかり黙り込んでしまった自分が自分で不思議になる。
小枝ちゃんは、眠ってしまった。
あたしを助けたせいで。
あたしが眠ったせいで。
あたしが嫌われたせいで。
あたしがナハトさんと出会ったせいで。
あたしが教室にいたせいで。
あたしが、バカだったせいで。
全部、あたしのせい?
何もかも、あたしが悪いの?
……そっか。
そっか。
だったら。
座り込んでいた自分を叱りつけ、がばっと勢い良く立ち上がる。
みんなの視線が、あたしに集中した。
えへ、オンステージみたい。
「何してんの?」
「反省したのっ!」
ナハトさんが不思議そうにこっちを見て来たから、あたしは笑い返す。
ナハトさんは、怪訝そうに眉を顰めた。
「あたしがバカじゃなかったら、小枝ちゃんはこんなことにならなかったんだよね?」
「……んー……ま、ざっくり言えばそうなんじゃね?」
「だったらあたし、小枝ちゃんに謝らなきゃ!」
「謝る?」
「あと、ありがとうも言う! 何回でも言う!」
脳裏で、小枝ちゃんの笑顔をいっぱいいっぱい思い浮かべる。
あの綺麗な声を、何度も何度もリピートする。
「だってあたし、もっと小枝ちゃんとお話ししたい。もっともっと、小枝ちゃんの笑顔が見たい。あたし、小枝ちゃんの可愛い笑顔だいすきだもん!」
ナハトさんが、一瞬呆気に取られたようにあたしを見て。
その後、また呆れたように笑って。
「ほんっとバカだなー、愛歌ちゃんは。この子の意識はオレが封印したの。もう目覚めないの。君ともう言葉を交わすことはないんだぜ?」
「そんなことなーいもんっ!」
にへ、と笑う。
あたしには、不思議な確信があった。
あたし、すっごくバカだけどわかるし信じてるよ。
小枝ちゃんは――。
「小枝ちゃんは、絶対何回でもあたしの声を拾ってくれる! だってこの子、あたしの歌を聴いてくれたんだもんっ!」
――だから、また何回でも歌おう。
この想いを歌にしよう。
眠ってしまった小枝ちゃんの心にも、響かせよう。
グーにした手をマイクのように口元に持っていく。
歌うスタイルは、もうばっちり。
あたしはもう、いつでも歌える。
小枝ちゃんが連れ戻してくれた、この広い素敵な世界で!
「反省したもん、おバカなあたしなんてもう壊れちゃえ! 小枝ちゃんのおかげで生まれ変わったんだから、あたしは絶対小枝ちゃんをもう一度笑顔にしてみせるっ!」
そう、まっすぐな想いを高らかに口に出す。
たったそれだけなのに、不思議と爽快感。
何か、吹っ切れたような感覚。
そうだ。
バカなアイドルでもいいと思ってたけど、それと努力しないのとでは話は別だ。
せめて、『バカ』から『ちょっとバカ』にステップアップしたいよね!
――そう、思った時だった。
「うにゃあ!? ら、ラブセイバーが反応して……!?」
変な声が聴こえた。
多分、ゼロさんの声だ。
視線をやると、ゼロさんの身体が金色に発光していた。
すごい、コウモリなんだか何なんだかもうわかんない。
レアキャラみたい、かっこいい。
ぽーっと眺めていたら、ゼロさんの身体から大きな金色の剣が飛び出してきた。
剣が、吸い寄せられるようにあたしに近付いてきて、あたしの手の中に収まる。
重たい感触にびっくりしたけど、あたしはその輝きの美しさについつい見惚れてしまった。
らぶせいばー?
なんかカッコいい名前だけど、この剣がそうなの?
「じゃあ……お前が二人目のハーツ・ラバー……?」
ゼロさんがぽつりと呟く。
はーつ・らばー。
また可愛い単語だ。
小枝ちゃんはハーツ・ラバー。
あたしも、ハーツ・ラバー?
あたしも、小枝ちゃんと一緒になれるの?
それは、何だか嬉しいことのように思えた。
「おい、金髪のでっかいねーちゃん! お前、こずえを助けたいか!?」
「もっちろん!」
迷う暇もなかった。
あたしはラブセイバーを握って、笑って即答する。
それに、ゼロさんも鈴くんも驚いたようにびくっとして。
「そ、そうか……いいか、お前はラブセイバーに選ばれたんだ。お前には何を口にすべきかもうわかってるだろ? 心が理解してる筈なんだ。その言葉を口にして、そのラブセイバーを自分の胸に突き刺せ!」
「うん、わかった!」
ゼロさんの言う通り、ラブセイバーを構える。
やっぱり、迷う暇もない。
「え、ちょっと、愛歌ちゃん?」
ナハトさんが、声を発した。
ふと見ると、その表情は戸惑いの感情で満ちていた。
「……なんで?」
今度は、ナハトさんがあたしに『なんで』と訊ねる番。
なんでって、どれになんで?
「なんで、躊躇わねーの……?」
「んー……わかんない!」
「……は……?」
「でも、はっきり言えるのはあたしが小枝ちゃんをだいすきってこと!」
「……大好き?」
「あ、ナハトさんもだいすきだよ?」
「…………はあ?」
「勿論、しぃちゃんも鈴くんもだーいすき!」
完全に虚を突かれた表情になったナハトさんに、笑いかける。
なんか良くわかんないけど、ナハトさんに安心してほしかった。
あたしは大丈夫だよって言いたかった。
なんか、あたしのこと心配してるように聞こえたから。
「あたしはあたしを助けてくれた小枝ちゃんがだいすきだし、そんな人の為ならこれくらいできる! あたしは今、小枝ちゃんを助けたい自分を信じていたい! 信じて前に進む気持ちさえあれば、無敵なんだよ!」
そう、言った瞬間。
ナハトさんの瞳が、ひどく揺れた気がした。
ナハトさんはまだ何か言いたげだったけど、それよりまず小枝ちゃんを助けなきゃいけないことを思い出す。
そして、あたしは頭の中に浮かんだ言葉を叫んだ。
「ハーツ・ラバー! アイ・ブレイク・ミー!」
今までの、バカな自分を壊しちゃえ!
これからは、生まれ変わった――超新星・ニュー愛歌だ!
あたしは、そんなことを考えながら、ラブセイバーを自分の心臓に突き刺した。
◆
気がつけば、あたしはやけにきらきらした空間にいた。
ふわふわ浮いているような感覚。
この素敵な世界は、何なんだろう?
ぴゅんっと髪が何かに引っ張られたような気がしてきょろきょろする。
すると、自分のショートカットがツインテールの長さまで伸びていたことがわかった。
引っ張られたから?
へんなの。
制服が、本のページを捲るようにぺらぺらと剥がれていく。
その下から出て来たのは、黄色とオレンジのきらっきらのアイドル衣装みたいなドレス。
あんまりにも可愛くて、自然と表情が綻んだ。
続いて手袋、靴、と服がどんどん変わっていく。
ほんとに生まれ変われたみたいで、何となく嬉しかった。
◆
とん、と教室の床に爪先が当たった頃。
つまりは着地した頃、あたしの世界は教室に戻って来ていた。
でも、『変身』は完了していて。
その事実に、どうしようもなくワクワクして。
あたしを複雑そうに見つめるナハトさんにまた笑って、頭の中で響く言葉を声に出す。
「はしゃいじゃえ! 楽しんじゃえ! 歌の戦士・カーニバルラバー!」
なるほど、これがハーツ・ラバーになるってことか。
――よくわかんないけど、わかったよ!
第四話『笑顔を照らせ! カーニバルラバー誕生!』
その3 カーニバルラバーは愛を歌う
teller:星野愛歌
鈴くんが、小枝ちゃんの名前を何度も何度も泣きそうな声で呼んでいる。
懸命に呼びかけるその姿を呆然と眺めていても、あたしはいまいち事態が呑み込めずにいた。
あたしは、さっきまでよくわからない寂しい世界にいた。
教室なんかじゃない。
もっと、もっと怖い所。
あまりにも寂しくて、自分が自分でなくなりそうになった頃。
真っ赤な髪の、ピンク色のドレスを纏った小さな小さな女の子が、あたしに会いに来てくれた。
そういえば、あの髪の色は赤い。鈴くんの色だった。
その時は記憶がぼんやりとしていたからわかんなかったけど、今なら断言できる。
あたしを助けに来てくれたのは、クラスメイトの小枝こずえちゃんだって。
赤い髪の鈴くんと、とても仲の良い、赤いリボンの似合う女の子。
そして、わかってしまう。
あたしを助けたから、代わりに小枝ちゃんが意識を失ってしまったんだと。
「なんで……?」
ぽつりと呟いた声は、教卓に悠々と立つナハトさんに掬うように拾われた。
「なんで? それってどれに対する『なんで』? ねえ、オレにも教えてよ。愛歌ちゃん」
あたしを嘲笑うような声色。
へらへら笑いながら、ナハトさんは悪びれもなく言葉を紡ぐ。
「オレがなんで変な能力持ってんのか気になる? それはまあ、オレにも色々あったんだけどさ。一つ言えんのは、オレは愛歌ちゃんたち にとってはちょっと悪いヤツなんだわ。ごめんな?」
ナハトさんが、悪い人?
じゃあ、どうしてあたしに笑いかけてくれたんだろ。
何で、あたしと普通に会話してくれたんだろ。
あたしの空欄だらけのプリントを見て笑ってくれたナハトさんの姿が脳裏を過ぎって、あたしはいまいちナハトさんを完全に悪いお兄さんだとは思えなかった。
難しいことは良くわかんないけど、何か、もっと、こう――温かいものも、ナハトさんにはある気がするんだ。
「オレがなんで愛歌ちゃんをあんな世界に閉じ込めたのかも気になる? この答えは簡単。オレが君のこと嫌いだから」
はっきりと口に出された『嫌い』にプチショック。
うう、当たり前のことだけど誰かに嫌われるのはやっぱりやだよ。
しかもさっきまで普通に話してた相手に嫌われちゃうと、やっぱりしゅんとしちゃうなあ。
「ブレイブラバーちゃん――ああ、そこのポニーテールの子な? その子が愛歌ちゃんを助けたのは、まあ、その子にも色々あんだろうけど――とりあえずその子が君を助けられたのは、その子に『ハーツ・ラバー』の力があるからだ」
「はーつ・らばー……?」
可愛い響きに、首を傾げる。
ハテナマークに頭の中を支配されるあたしを見て、ナハトさんは苦く笑った。
「つっても、愛歌ちゃんにはわかんないか。いいよ、わかんなくても。もう君に用はないし」
ナハトさんが、一歩一歩、小枝ちゃんに近付いてきた。
それに気付いた鈴くんの身体が強張り、鈴くんはぎゅうと小枝ちゃんを強く抱き締めてナハトさんを睨みつける。
鈴くんの騎士のような姿を見て、ナハトさんは大仰に肩を竦めた。
「んな警戒すんなって。大丈夫だよ、オレはもうブレイブラバーちゃんに興味はない」
そう言って、ナハトさんは視線を移動させる。
ナハトさんの視線の先にいたのは、ぱたぱたと鈴くんの傍らで飛ぶコウモリらしき黒い物体。
何あれ、おもちゃ?
何でこんなところでぱたぱたしてんだろ。
目を丸くしているあたしは、完全に蚊帳の外だった。
ナハトさんは、そのコウモリさんに確かに話しかける。
「ゼロ、意地張ってないでさ。一緒に帰ろ?」
ぜろ。
もしかして、あのコウモリさんの名前?
「姫っちが待ってる。姫っちにはお前が必要だ。それは、お前が一番わかってんだろ?」
「……わかってるさ。わかってるからこそ、俺様は離れたんでぃ」
え、嘘。
びっくりしすぎて、ふにゃ、とか、ほえ、みたいな変な声が出そうになった。
コウモリさんが喋った!
なんでなんで!?
喋るおもちゃ!?
ハイテク!?
それとも異世界から来た妖精さん?
そんなのほんとにあるの?
わあ素敵!
あう……なんて、言ってる場合じゃないかあ。
「ネスは怒ってるみたいだけどさ。ちゃんとオレからも説得するよ。何が不満なんだ?」
「……お前には、言えねえ」
「ふうん。あっそ。でも、もう一緒に帰るしかなくね? ハーツ・ラバーはオレが封印した。お前にはもう、オレらに対抗する力は残ってない。そこの赤髪くんだって、その気になりゃオレは絶望させられる。なあ、諦めちゃえよ。オレもゼロもさ、結局こう生きるしかないんだわ」
少し諦めたようなナハトさんの口調。
何でだろう。
その声に、その声に乗った感情に。
あたしは、どうしようもない痛みを感じた気がした。
『ゼロ』と呼ばれたコウモリさんが黙り込んでしまう。
「ありゃ、だんまり?」
ナハトさんがきょとんとした顔でゼロさんを見つめる。
ゼロさんは応えない。
「そっかあ。じゃ、しょうがねえな。……もうちょっと、苦しめちゃおうか」
ぱちん、とナハトさんが指を鳴らした。
その時、鈴くんに抱きかかえられていた小枝ちゃんの身体がびく、と陸に打ち上げられた魚みたいに一度大きく跳ねる。
小枝ちゃんは苦しそうに呻いていて、その目尻からは今にも涙が零れ落ちそうで。
「こずえッ!」
鈴くんが小枝ちゃんの名前を叫ぶ。
苦しんでるのは小枝ちゃんなのに、鈴くんだって同じくらい苦しそう。
「ほら、いいの? この子、可哀想じゃね? この子がハーツ・ラバーになったのだって、元はお前が原因だろ? なあ、ゼロ?」
「……くそっ……」
ゼロさんが、悔しそうな声を上げる。
鈴くんが顔を上げてゼロさんを睨みつけた。
「おい、アホコウモリ! こずえ、何とかならんのかい! ワイじゃ助けられんのか、どうすれば目ぇ覚ますんや!」
「うるせえエロガキ! ナハトの精神支配から抜け出すには、本人が強い心を持っているか、さっきこずえが金髪のねーちゃんにしたように精神世界に自分も潜って引きずり出すか、しかねえよ! でも精神世界はナハトの支配領域だ。お前が潜ってこずえを助け出せたとしても、今度はお前が取り込まれちまうかもしれねえ。そんなの、堂々巡りだろ!?」
「それでもええ! それでもええわ、好きな子がこないになってんのに何もできへんなんて、男やないやろ!」
鈴くんがゼロさんに怒鳴る。
その姿は、あまりにも必死で。
「青春だねえ。でもさ、オレ別に赤髪くんの心には興味ないんだわ。わりーな。オレの目的は、ハーツ・ラバーの力を完全に封じてゼロの目論みを止めること、だからさ?」
あはは、とナハトさんが笑う。
その姿には、あまりにも余裕があって。
あたし、何してるんだろう。
あたしらしくもなく、すっかり黙り込んでしまった自分が自分で不思議になる。
小枝ちゃんは、眠ってしまった。
あたしを助けたせいで。
あたしが眠ったせいで。
あたしが嫌われたせいで。
あたしがナハトさんと出会ったせいで。
あたしが教室にいたせいで。
あたしが、バカだったせいで。
全部、あたしのせい?
何もかも、あたしが悪いの?
……そっか。
そっか。
だったら。
座り込んでいた自分を叱りつけ、がばっと勢い良く立ち上がる。
みんなの視線が、あたしに集中した。
えへ、オンステージみたい。
「何してんの?」
「反省したのっ!」
ナハトさんが不思議そうにこっちを見て来たから、あたしは笑い返す。
ナハトさんは、怪訝そうに眉を顰めた。
「あたしがバカじゃなかったら、小枝ちゃんはこんなことにならなかったんだよね?」
「……んー……ま、ざっくり言えばそうなんじゃね?」
「だったらあたし、小枝ちゃんに謝らなきゃ!」
「謝る?」
「あと、ありがとうも言う! 何回でも言う!」
脳裏で、小枝ちゃんの笑顔をいっぱいいっぱい思い浮かべる。
あの綺麗な声を、何度も何度もリピートする。
「だってあたし、もっと小枝ちゃんとお話ししたい。もっともっと、小枝ちゃんの笑顔が見たい。あたし、小枝ちゃんの可愛い笑顔だいすきだもん!」
ナハトさんが、一瞬呆気に取られたようにあたしを見て。
その後、また呆れたように笑って。
「ほんっとバカだなー、愛歌ちゃんは。この子の意識はオレが封印したの。もう目覚めないの。君ともう言葉を交わすことはないんだぜ?」
「そんなことなーいもんっ!」
にへ、と笑う。
あたしには、不思議な確信があった。
あたし、すっごくバカだけどわかるし信じてるよ。
小枝ちゃんは――。
「小枝ちゃんは、絶対何回でもあたしの声を拾ってくれる! だってこの子、あたしの歌を聴いてくれたんだもんっ!」
――だから、また何回でも歌おう。
この想いを歌にしよう。
眠ってしまった小枝ちゃんの心にも、響かせよう。
グーにした手をマイクのように口元に持っていく。
歌うスタイルは、もうばっちり。
あたしはもう、いつでも歌える。
小枝ちゃんが連れ戻してくれた、この広い素敵な世界で!
「反省したもん、おバカなあたしなんてもう壊れちゃえ! 小枝ちゃんのおかげで生まれ変わったんだから、あたしは絶対小枝ちゃんをもう一度笑顔にしてみせるっ!」
そう、まっすぐな想いを高らかに口に出す。
たったそれだけなのに、不思議と爽快感。
何か、吹っ切れたような感覚。
そうだ。
バカなアイドルでもいいと思ってたけど、それと努力しないのとでは話は別だ。
せめて、『バカ』から『ちょっとバカ』にステップアップしたいよね!
――そう、思った時だった。
「うにゃあ!? ら、ラブセイバーが反応して……!?」
変な声が聴こえた。
多分、ゼロさんの声だ。
視線をやると、ゼロさんの身体が金色に発光していた。
すごい、コウモリなんだか何なんだかもうわかんない。
レアキャラみたい、かっこいい。
ぽーっと眺めていたら、ゼロさんの身体から大きな金色の剣が飛び出してきた。
剣が、吸い寄せられるようにあたしに近付いてきて、あたしの手の中に収まる。
重たい感触にびっくりしたけど、あたしはその輝きの美しさについつい見惚れてしまった。
らぶせいばー?
なんかカッコいい名前だけど、この剣がそうなの?
「じゃあ……お前が二人目のハーツ・ラバー……?」
ゼロさんがぽつりと呟く。
はーつ・らばー。
また可愛い単語だ。
小枝ちゃんはハーツ・ラバー。
あたしも、ハーツ・ラバー?
あたしも、小枝ちゃんと一緒になれるの?
それは、何だか嬉しいことのように思えた。
「おい、金髪のでっかいねーちゃん! お前、こずえを助けたいか!?」
「もっちろん!」
迷う暇もなかった。
あたしはラブセイバーを握って、笑って即答する。
それに、ゼロさんも鈴くんも驚いたようにびくっとして。
「そ、そうか……いいか、お前はラブセイバーに選ばれたんだ。お前には何を口にすべきかもうわかってるだろ? 心が理解してる筈なんだ。その言葉を口にして、そのラブセイバーを自分の胸に突き刺せ!」
「うん、わかった!」
ゼロさんの言う通り、ラブセイバーを構える。
やっぱり、迷う暇もない。
「え、ちょっと、愛歌ちゃん?」
ナハトさんが、声を発した。
ふと見ると、その表情は戸惑いの感情で満ちていた。
「……なんで?」
今度は、ナハトさんがあたしに『なんで』と訊ねる番。
なんでって、どれになんで?
「なんで、躊躇わねーの……?」
「んー……わかんない!」
「……は……?」
「でも、はっきり言えるのはあたしが小枝ちゃんをだいすきってこと!」
「……大好き?」
「あ、ナハトさんもだいすきだよ?」
「…………はあ?」
「勿論、しぃちゃんも鈴くんもだーいすき!」
完全に虚を突かれた表情になったナハトさんに、笑いかける。
なんか良くわかんないけど、ナハトさんに安心してほしかった。
あたしは大丈夫だよって言いたかった。
なんか、あたしのこと心配してるように聞こえたから。
「あたしはあたしを助けてくれた小枝ちゃんがだいすきだし、そんな人の為ならこれくらいできる! あたしは今、小枝ちゃんを助けたい自分を信じていたい! 信じて前に進む気持ちさえあれば、無敵なんだよ!」
そう、言った瞬間。
ナハトさんの瞳が、ひどく揺れた気がした。
ナハトさんはまだ何か言いたげだったけど、それよりまず小枝ちゃんを助けなきゃいけないことを思い出す。
そして、あたしは頭の中に浮かんだ言葉を叫んだ。
「ハーツ・ラバー! アイ・ブレイク・ミー!」
今までの、バカな自分を壊しちゃえ!
これからは、生まれ変わった――超新星・ニュー愛歌だ!
あたしは、そんなことを考えながら、ラブセイバーを自分の心臓に突き刺した。
◆
気がつけば、あたしはやけにきらきらした空間にいた。
ふわふわ浮いているような感覚。
この素敵な世界は、何なんだろう?
ぴゅんっと髪が何かに引っ張られたような気がしてきょろきょろする。
すると、自分のショートカットがツインテールの長さまで伸びていたことがわかった。
引っ張られたから?
へんなの。
制服が、本のページを捲るようにぺらぺらと剥がれていく。
その下から出て来たのは、黄色とオレンジのきらっきらのアイドル衣装みたいなドレス。
あんまりにも可愛くて、自然と表情が綻んだ。
続いて手袋、靴、と服がどんどん変わっていく。
ほんとに生まれ変われたみたいで、何となく嬉しかった。
◆
とん、と教室の床に爪先が当たった頃。
つまりは着地した頃、あたしの世界は教室に戻って来ていた。
でも、『変身』は完了していて。
その事実に、どうしようもなくワクワクして。
あたしを複雑そうに見つめるナハトさんにまた笑って、頭の中で響く言葉を声に出す。
「はしゃいじゃえ! 楽しんじゃえ! 歌の戦士・カーニバルラバー!」
なるほど、これがハーツ・ラバーになるってことか。
――よくわかんないけど、わかったよ!
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