貴方の隣で呼吸がしたい。

ハリエンジュ

文字の大きさ
19 / 29
第二話『こどものぼうけん』

その8 それはまるでガラス越し

しおりを挟む
★貴方の隣で呼吸がしたい。 第二話『こどものぼうけん』その8 それはまるでガラス越し

teller:京極千歳

「……あ……京極、先生……」

 休み時間に廊下を歩いていると、悲しくなるくらいに最愛の人とばったりと鉢合わせた。
 彼女の青く澄んだ瞳に宿るのは、確かな『警戒』、それと、『恐怖』と『不安』。
 今の小夜さんにとって私はここまでマイナスな感情を向けられる存在なのか。
 そう思うと、本当に心臓を今すぐにでも引き裂かれた方がマシだった。
 私なんかに底なしの愛情を注いでくれていた、以前の小夜さんを想い、懐かしみ――それは『今』の小夜さんを見ていないんじゃないのか、私は彼女に相当ひどい感情を抱いているんじゃないのか、と罪悪感に圧し潰されそうになる。
 今の私が、小夜さんになんて声をかければ良いのか、どう声をかけるのが正解なのか、脳内が廻り始める。
 しかし、沈黙を破ったのは小夜さんの方だった。

「あの……フィーナちゃんとフウリちゃんに、聞きました。昨日、聖くんとフィーナちゃんたちを、一生懸命探したって、助けてくれたって。その……生徒想い、なんですね。京極先生は」

 言葉こそ優しかったが、未だに小夜さんは少しばかりこちらに怯えているようだった。
 それなのに、怯えの対象である私のような男にもこんな温かい言葉をかけてくれる彼女が、私はどうしようもなく愛おしかった。
 私は、なるべく平静を装って、ぽつぽつと言葉を発する。

「……別に、私はそんな大それた存在ではありません。聖くんとは少し……付き合いが、長くて。ろくでもないことをしそうなタイプだとはわかっていたので、大きな問題が起きる前に対処したまでです。フィーナさんに、迷惑をかけるわけにもいかなったので」

 かつての私は、小夜さんに、私が聖くんへ犯した罪の話を知っておいてほしかった。
 それは確かに私のエゴなのだが――小夜さんなら。
 彼女ならば私のことも受け入れてくれるのではないかという期待もあったのではないか、と今なら思う。
 今の小夜さんには、そんな身勝手な願いなんて望めない。
 私と小夜さんには、生半可な力じゃ壊せない確かな壁がある。
 だけど。
 だけど私は、少しでもこの壁を、隔たりを壊したくて。

「……最後に聖くんを守るのは、私だと決めているんです。勿論、他の生徒さんたちも。そもそも教師は生徒を守るべき存在の筈です。私は、生徒をきちんと守れるような教師になりたい。生徒を守りたい。貴方だって……小夜さん、だって、例外ではない」

 名前を呼ぶと、小夜さんが大きく目を見開いた。
 青く儚げな淡い光を宿した瞳が、確かに揺れる。
 『小夜さん』、と彼女を呼んだ。
 彼女が私を警戒していることも、苦手意識を抱いていることも知っている、わかっている、嫌でも伝わってくる。
 だって今の彼女は、私を『京極先生』と呼ぶのだから。
 だけど、私は、私まで呼び方を変えてしまったら、私と小夜さんの繋がりがまた一つ、解けるように消えてしまうのではないかと考えてしまい、それがとても恐ろしかった。
 私は――私だけは、一方通行でも、小夜さんを小夜さんとして愛していきたい。

「……失礼します」

 これ以上、小夜さんと会話を続けられる自信がなくて、私は小夜さんの横を足早に通り過ぎていった。
 少し前なら、簡単に触れられた距離が、今は無性に遠く感じられて。
 一向に縮まらない距離に、私は小夜さんからだいぶ離れたところで長い溜息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

処理中です...