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第40話 三つ目と繰返し
しおりを挟む大殿の部屋の外が騒がしくなった。
皆が振り向いた。
海星の涙の龍が好むという高い鈴の音が大殿の手の元で震えていたのだ。
明丸はびっくりしたけど、大きなお目目で大殿を見て近寄ろうとする。
「おお、こりゃぁ。いかんの。だいぶ、入り込んでおる。」
大殿は目を閉じ、鈴の音が伝えるこの城に害意のあるモノ達の居場所を探る。
「おお二人ほど、気を吐いておるモノがおるな。一人は若く尖って活発じゃ。知らん子じゃな。もうひとりは・・・ああ、こりゃグンカイじゃな。余裕をこいて歩きおるわ。周りから奴どもがまとめて消えてはいるがの。ああ、これはシロウか。こっちに向かっているのか。・・・どちらにしろ、頃合いじゃな。みな、傷つきすぎておる。」
明丸がハイハイで大殿の膝にたどりつき鈴に触れようとする。
「うーあぃあいっ」
「ああ、この辺一帯はもうク海じゃな。なるほど。やはりな。目が霞むわ。」
大殿はゆっくりと鈴をさげて明丸に触らせると、ゆっくりその頭を撫でヨウコを見た。
ヨウコは深くうなづいた。
「お祖母様、これを。」
ナツキが裏紙を剥がした正方形の貼札をヨウコに差し出す。
「おお、ありがとうよ。」
するとナツキの帯に挟んでいた包みが思わず落ちた。
「笛が落ちたわよ。」
「申し訳ござりませぬ。」
何事もなかったようにナツキが笛を帯びに戻すとヨウコは受け取った貼札の後ろのノリついた部分を左手の親指にくっつけてつまむと明丸ににじり寄る。
「ささ、明丸殿。」
鈴を興味津々でペタペタ触る明丸を抱き起す。
「ひゃぁーい。」
明丸は邪魔するなと言っているのであろう。抱っこされながら両手を懸命に振る。
「ちょっとのご辛抱を。痛くありませんからね。」
ヨウコは膝の上に仰向けに明丸を抱くと、右手で明丸の額をゆっくり撫で、柔らかい、まだ栗色の髪の毛を上の方へ押しやる。
「髪の毛を挟まぬように・・・」
そして、左手の親指にあった貼札をピッとはがすとそのかわいいおでこに貼り付けた。
ヨウコはそっと大殿の前に用意していた座布団に明丸を座らせた。
明丸は最初、不思議そうな顔で辺りを見回していたが、やがてその頭の揺れは止まった。
高い金属音のような音が鳴り響いたかと思うとおでこの貼札が光りだす。
その銀色に光る貼札の真ん中には、
目があるのだ。
人間の目と寸分変わらぬ、目だ。しかし大人のものだ。
本来の明丸の二つの瞳は閉じている。
「久しぶりだな。現太、新三、陽弧。」
声が響く、若い青年の声音だ。
「はっ、現太郎ここにおりまする。」
大殿が畏まる。
「同じく、新三郎。」
ジカイが深々と頭をさげる。
「陽弧にございます。よぉう戻られました。」
ヨウコ婆は満面の笑みだ。
「世話をかけたみたいだ。あれからどのくらいたった?」
目覚めて間もないようだ。
「六年ほどにございます。」
ヨウコ婆が返答する。
「このナツキが、あなた様をク海よりお連れした時は僥倖だと思いましたぞ。」
大殿が後ろに控えるナツキを紹介する。
「ああ、あの時の姉さまか。世話になりました。」
明丸が頭を下げる。ナツキは両の手をついて頭を垂れる。
「して、現太。六年前、私を呼んでいたか?」
三つ目の明丸は大殿を現太と呼ぶらしい。
「はい、お願いしたき儀がありお呼びしておりました。」
大殿こと現太郎、いや現太は切り出す。
「ああ、そなたの探信音が決まった間隔でク海に鳴るのでな。」
「この海星の涙の呼びかけ、分かっていただけると思っておりました。」
現太は満足そうだ。
「そうだな、何かを探るでもない。決まった時刻に鳴る鈴の音。思わず浅瀬に彷徨い出たわ。」
三つ目はしてやられたわという笑い方をした。
「そこで、ナツキと出会われたと。」
ジカイこと新三郎、いや新三が聞く。
「そうだな。アダケモノに襲われておった。なんとか助けることはできたのだが、モモとはぐれてな。」
「モモなら後で自分でやってまいりましたよ。」
陽弧が袂で口を隠して笑う。
「のんびりとしたヤツだな。」
「まぁ亀ですからな。」
「現太、して願いとはなんだ。」
明丸の三つ目が現太を見据える。
「我が命、長くはありませぬ。どうか海星の涙を剥ぎ取り、この世に残していただきたい。」
「そんなことをせずとも、宝として残るではないか。」
「それでは、宝は人を選び、いつになってそれを扱える者が現れるかわかりませぬ。」
現太は畳に両手を勢いよくつき首を振る。
「私にそなたの手元の二人の娘を囲わせるというのか?戻せなくなるぞ。」
この場合、取り込むということを意味するのかもしれない。
「海星の涙は納得してくれております。この国はク海に呑まれる。私は力をこの国に残したい。」
これが現太こと大殿の本当の願いなのだろう。
「私にこの国を守る者を見つけ、託せと?」
三人の老人は諸手をついて懇願する。
「平にお願い申し上げまする。無名丸様はこれから大きくなりあそばせれば・・・」
「その名はよせ。今は明丸である。・・・しかし出会った時は私が爺様だったのにな。」
昔を思い出しておかしいらしい。
「そうでしたな。お師匠様。五十年ほど前のこと、今では逆じゃ。」
「どんどんお若くなられるから。」
陽弧は袂で目頭を押さえる。
「言うな。伯父上が仰せになったのだ。繰り返せと。」
青年の声には、深く重い悲しみの振るえがあった。
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